アジアの眼〈67〉
アートは人類が作った最も善意的な創造物
――美術館の黎明期を担った国際派館長 木島俊介

今年の7月1日付で神奈川県箱根町に立地しているポーラ美術館の館長を退任した木島俊介氏を取材した。植物で覆われた入口から置物一つ一つがお洒落な自宅にお邪魔した。

2019年、文化村ザ・ミュージアムにて

木島氏は、2014年7月以来9年間にわたりポーラ美術館を率いてきた。彼の国際的なネットワークと美術評論家としての豊富な知見のもと、新たな作品収集活動や印象派展「ピカソとシャガール」展、「モネとマテイス」展など、コレクションの魅力をより高める展覧会企画に関わり、ポーラ美術館の10年間にわたるブランド形成に大きく貢献した。印象派の巨匠クロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワール、ポール・セザンヌ、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、パブロ・ピカソやレオナール・フジタ(藤田嗣治)のコレクション展は、箱根町の地理的立地やアクセスもさることながら、「箱根の自然と美術の共生」というコンセプトのもとで2002年に開館したポーラ美術館は、ススキが揺らぐ仙石原の景色ととけこむように自然豊かな森の遊歩道が整備されており、上記の印象派など西洋絵画を中心に約一万点の絵画を収蔵し、その企画展及び常設展を開催してきた。同美術館が箱根に来る人たちに豊かな体験を提供してきたことは、企業美術館として大きく評価されている。

木島氏は日本の美術史家、美術評論家であり、共立女子大学名誉教授、元地中海学会副会長でもある。鳥取県生まれの木島氏は、1964年に慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻を卒業し、同大学大学院修士課程を修了したのち、フィレンツェ大学、ニューヨーク大学大学院で学び、同大学の美術史研究所に学ぶ。

photo by Hirari

共立女子大学文芸学部の教授を務め、初期のBunkamuraザ・ミュージアムの設立等に関わり、プロデュースを担った。2009年に共立女子大学を定年退任し、名誉教授になる。美術館の仕事は群馬県立近代美術館館長、群馬県立館林美術館館長を歴任した。1992年に地中海学会常任委員・副会長、日本美術評論家連盟常任委員を務め、2014年よりポーラ美術館の館長に就任した。

若き学生時代、ヨーロッパとアメリカで学び、広い国際的視野で日本の美術館と生涯関わってきたと言っても過言ではない。

著書としては、『ミステリアス、ピカソ―画家とそのモデルたち』(福武ブックス、1989年4月)、『女たちが変えたピカソ』(改題、中公文庫)、『アメリカ現代美術の25人』(集英社、1995年1月)、『美しき時祷書の世界 ヨーロッパ中世の四季』(中央公論社、1995年11月)『クリムトとヴィーン』(六曜社、2007年12月)等多数あり、取材時にサイン本をいただいたのはタペストリーの分厚い著書だった最新作だ。

1970年代に共編著、『ファブリ世界名画集92 エドワール・ヴュイヤール』(平凡社、1972年)、『ファブリ研秀世界美術全集「18」マティス、マルケ、デュフイ、ルオー、ボナール』(研秀出版、1976年)、『世界美術全集13 ターナー』(山崎正和共著、小学館、1977年9月)等がある。

1980年代に共著、『現代世界の美術 1 モネ』(集英社、1985年8月)、『少年少女名作絵画館 2 ミケランジェロ 神へのあこがれ』(サンケイ新聞写真ニュースセンター、1986年10月)等がある。

1990年代には、『アメリカ絵画200年展 テイッセン=ボルネミッサ・コレクション』(中村隆夫共編、東京新聞、1991年)、『モダンアートの魅力 20世紀、アートの時代を眺望する』(同朋舎出版「グレート・アーティスト別冊」、1992年1月)、『女像』(亀倉雄策共編著、講談社、1994年6月)、『神と人のおはなし 神話・伝説』(島田紀夫共著、サンケイ新聞写真ニュースセンター(西洋名画コレクション)、1995年)がある。1970年代から90年代にかけて共著した著作は日本の美術教育の教科書的な役割を果たした。

2018年頃、視察先のイタリアにて

アメリカ留学やヨーロッパ留学を経験した人も少なかった時期に、ヨーロッパとアメリカを両方とも経験し、学んだ木島氏の国際的な視野はとても稀有な存在だったと思われる。

彼が歴任した美術館の企画展、常設展、及びコレクションの形成に国際的な知見は確実に大きな役割を担った。

もちろん、60年代から90年代にかけて美術著書の翻訳も行われた。『ピエール・ボナール』(Andre Fermigier 美術出版社、1969年)、『ヨーロッパの装飾芸術 全3巻』(中央公論新社、2001年)など多数の訳著も美術教育の普及に貢献した。

若桜(わかさ)という名前を持つ山間の小さな城下町に生まれ、二度の災禍によって消滅した街から世界に旅立ち、自分を支えてくれたのは、自然は美しいという感性と、諸芸術は最も善意に満ちた人間の創造物だという信念だったこと、そして館長就任は天恵だと述べた2014年のポーラ美術館館長就任挨拶は、今でも心に響くカッコいい挨拶ではないだろうか。

厳しいコロナ禍を経験した今日この頃、アフターコロナに海外出張を再開した自分が目にしている「元に戻れない」諸現象、厳しい「冷戦構造の再来」及び戦争。確かにアートは木島氏の10年前の館長就任挨拶のように、善意的な創造物である。そして、厳しい現実の前でもアートはせめてもの慰籍になるかもしれない。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。