日中の平和友好への鍵を探る(1)
「以民促官」で 原発汚染水処理を!

「中国脅威論」が高まっている。とはいえ、中国に対する警戒感を持ってはいても、できれば日中関係を好転させたいと願っている人々は少なくないだろう。ましてや、中国を敵視する現状に問題を感じる人なら、なおさらだ。ただ、いずれにせよ、いったい何ができるのかとなれば、途方に暮れてしまうのではないか。かくいう筆者も、確かな解決策を見出せているわけではない。

他方で、具体的な中国の現実に直接かかわっていたり、日中交流の現場にいるような人々は少し違う。自分の目で直接見て、触れた中国に向き合っているため、日本の政府やメディアが振りかざす中国イメージに必ずしも左右されないところがある。シンプルだが、そこに日中の平和と友好を生み出す鍵を見出せるのではないだろうか。45周年を迎えた日中平和友好条約に込められた平和への願いを、私たちの手に取り戻すための連載にしたい。

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さて、仮にいま、日中関係が平和と友好に満ちているとしたら、私たちの眼の前には、まったく別の「現実」が現れているのではないか――そんな想像力をかき立てられる取り組みを紹介するところから始めてみたい。

福島県いわき市を拠点とする五十嵐義隆氏とそのチームはいま、目前に迫っているといわれる東京電力福島第1原発の汚染水海洋排出の阻止に取り組んでいる。彼らは、2011年3月の原発事故の後、地元にとどまって地域社会の復興に取り組み続けてきた人々である。汚染水排出反対の運動は各地で起きているが、同氏らの取り組みの特徴は、“地球レベルの海洋環境の保護”を“日中友好”と結び付けて実現しようとしている点にある。この二つがどう結び付くのか、イメージし難いだろう。

原発汚染水の海洋排出は、その放射能を十分に処理しきれないところに問題がある。世界の共有財産である海に、予測困難な長期的影響をもたらす可能性を否定できない。他方、中国ではごく近年、放射能の除去や原発廃炉に関する新たな技術が開発され、その効果が検証されたという。それを活用できれば、海洋放出という方法に頼らずに済む可能性が出てきたことに、五十嵐氏らは着目した。中国や韓国など周辺国では、海洋放出に対する強い懸念が表明されているだけに、中国の関係者からも理解と協力が得られるのではないかと考えた。

しかし、その妨げとなった要因の一つが、現在の日中関係である。踏み込んでいえば、日米による中国敵視が障壁となっている。核関連技術は原発だけでなく、軍事転用される可能性を持つだけに、技術提供には慎重にならざるをえないことは十分理解できる。逆にいえば、平和友好条約の精神が両国間に根付いていれば、原発事故への対処という世界共通の重要課題を、国際協力と核技術の平和利用へと発展させられる余地があった。

とはいえ、五十嵐氏らの取り組みは、こうした国際関係の壁の前に立ち止まってはいない。国家間関係に困難があるなら、民間で先取り的に可能性を模索し、それに政府を巻き込んでいこうと取り組んでいる。このアプローチは、日中間に国交がない時代に突破口となった「以民促官(民間が政府の動きを促す)」という歴史的経験から学んだ。同氏らはその可能性を深めるため、まず「一般社団法人 李徳全研究会」を立ち上げた。李徳全女史は、中国紅十字会総会(赤十字に相当)の会長として、1954年に日本の民間平和団体に招かれて来日し、日本人戦犯や残留日本婦人らの帰国実現に道筋を付ける上で大きく貢献した。現在の日本政府も当時と同じように中国敵視を鮮明にしているが、同じアプローチが有効だと考えたのは、中国の平和主義は一貫しているという洞察からである。(写真1)

原発事故後の福島が直面している課題は、廃炉や汚染水処理だけでない。人口減少、各種産業の衰退による経済停滞が深刻となっている。地元で震災復興に携わってきた五十嵐氏らは、地域振興のためには政府の補助金頼みではなく、地域経済の自立的な発展が不可欠であると感じていた。そこで見出された活路が、日本政府や財界が不信感を持ち続けている「一帯一路」である。中国から世界各地へと拡がるオープンな経済協力ネットワークに連なることで、中小企業を含めた地域経済が活性化したという事例は、多くの協定国から報告されている。バブル崩壊後の日本は30年にわたって賃金が上がらず、むしろ下がっている。所得水準を向上させるには、閉鎖的な国内経済網から抜け出す必要があるという“草の根の叡智”がそこにあった。一帯一路は政府間協定が先行するとはいえ、実際には民間企業同士の経済活動が主体となる。その活動基盤として同氏らは昨年、新たに「一般社団法人 日中共同市場促進会」を発足させた。日中友好が堅固であったなら、一帯一路を介して経済の再生が既に始まっているかもしれない“現在”を考えずにはいられない。

一帯一路の背後にある基本理念「人類運命共同体」についても、日本社会では懐疑的に取り上げられるばかりである。グローバル化した現代世界では、国益や社会体制を越えた人類益の次元で取り組まないと解決できない問題が多い。同氏らは、それを実践しているのが、西側諸国ではなく中国だという現実を世界各地で目の当たりにしてきた。だからこそ、汚染水排出の問題についても地球環境問題として共同で取り組んでいける可能性が十分にあると考え、今年6月末には「一般社団法人 CJ国際原子力被害総合対策機構」を発足させるまでに至っている。(写真2)

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ここまで、戦争責任や贖罪意識をベースにした伝統的な日中友好運動とも、貿易や投資などビジネスに特化した経済交流とも異なる、ユニークな取り組みの一端に触れてきた。日中間の「躓きの石」となっている歴史問題に触れないわけではない。むしろ歴史的な積み重ねの上に新たな可能性を見出している。また、利益・利害だけの結び付きは情況に左右されがちで脆いことも経験してきた。だからこそ、戦後の中国が日本に対して投げ掛けてきた平和共存への願いを確かな基盤に据えた、新たな交流を紡ぎ出そうとしている。

日中関係が平和と友好を基調とするようになれば、訪れるかもしれない別様の“未来”の視点から、現在の日本と中国がいかに歩むべきかを引き続き照らし出していきたい。