アジアの眼〈63〉
「素材はボーダレス、それが作品自体に力を賦与する」
――杭州在住の彫刻家 林崗(Lin Gang)

アフターコロナに久しぶりに東京で林崗氏(以下、林氏と略す)に再会した。コロナ前に進めていた大地の芸術祭の中国地方都市での開催プロジェクトがコロナで延期を余儀なくされ、その再開のためある地方の主催者の方に同行して来日した。北川フラム氏に会いに来ており、打ち合わせの後に訪れてくれた。私がコロナの期間中にデザインしプロデュースした原宿のスペースで林氏及び友人の方々といろいろな話しができた。

林氏は杭州生まれで、中国美術大学彫刻学部で学び、杭州に地縁を持つ生粋の杭州人だ。1990年の卒業後も杭州でアトリエを構えて創作活動を続けている。現在、杭州彫刻院院長及び中国彫刻学会の副秘書長も務めている。それ以外にも、美術彫刻界の重責を多数担っているが、このコラムでは主に作品をメインに書きたいため、省くことにする。

素材としては、木材、石材、金属、ガラス、ステンレス等多種の材料を組み合わせて現代彫刻作品を制作するが、その中でよく使う題材は楽器や伝統的な典拠を踏まえた故事から得られたストーリー性あるいはポエティックな情緒溢れる作品たちだ。しかし、それだけではない。楽器の東洋的詩情に、産業革命の工業デザインの象徴とも言える歯車と楽器の組み合わせにより東西の要素が作品に融合されている。

【大天使】2020、木材 大地の芸術祭出品作品 アトリエ提供

彫刻家として活躍している林氏は、杭州のみならず、中国各地の巨大で醜いパブリック・アートが氾濫していた現状の改善にも貢献したと言える。

彼は、1982年に中国美術大学(当時は「浙江美術学院」だった)附属中学に学び、その後1985年に中国美術大学に進学し、彫刻学部で彫刻の勉学を続けた。中学時代に恩師である馬玉如(Ma yuru)先生にプレゼントされた二つの彫刻刀がこの道に進んだきっかけになった。ぼんやりとした憧れが実際手元で現実と繋がり、自信と励ましに変わったという。

【青崗】2019、ステンレス アトリエ提供

【大音希声】作品5号、2008年、金属
アトリエ提供

大学時代も彫刻の勉強を続けた林氏にとって、客員教授であったブルガリア人壁画家であるワンマン氏との出会いは、林氏の作品制作に大きな影響を与えた。ワンマン氏の壁画研究室は彫刻学部の研究室に隣り合わせていた。

コンセプチュアル・アーティストであるワンマン氏の作品は、麻、シルク等ソフトな素材を使いソフト・スカルプチュアを製作し、直接の先生ではなかったものの、何よりも彼に新鮮感と衝撃を与え、大きくインスパイアされた。

80年代の中国の美大生にとっては、画集やカタログもあまり手に入らずほとんど情報がない時代だった。その時代の自分の心に違うドアを開けてもらった気がしたと当時を振り返って語る。

ある夜、ワンマン先生の作品制作を手伝うことになったが、麻や他の異素材の縄っぽいものを一つの大きい桶に入れ、そこに金属を溶かした材料を流し込み、最後に桶を潰す作業をしていた。FRPの透明な材料の中に様々な素材が絡み合い柱状の立体作品が出来上がる瞬間は今でも鮮明に覚えていて忘れ難い。ただ、素材が飛んで目に入ったりした時はびっくりした。夢中になって作品に取り組み、達成感を得ることを初めて味わった瞬間だったという。

ワンマン先生の影響はそれだけではなかった。従来の彫刻とは彫刻刀でブロンズや決まった材料を扱って作るのが普通だと教わったことに対し、日常生活に点在している全ての材料が素材として使えるという材料の垣根の突破は後の彼の作品制作に大きな影響を与えた。

「琴」という中国伝統の東洋楽器を様々な異素材、鉄、ブロンズ、石、木材等で作り上げ、中国の都市のあちらこちらにパブリック・アートとして点在させた、その「琴」の彫刻は林氏のトレードマークになったと言っても過言ではない。

東洋楽器のイメージと西洋の歯車を融合させた作品は、2008年北京オリンピックの「鳥の巣」があるオリンピック公園に設置され、2010年上海万博の際には江南造船工場の跡地に船の廃材をいろいろと組み込んだ「琴」を制作した。

以後、2011年には北京にある国家オペラハウスにて「凝固したリズム」という彫刻作品で彫刻展に招待され、展示会後に国家オペラハウスにより永久収蔵される運びになった。

その2年後にも「聴松(松を聴く)」という古木とステンレスで作られた作品が永久収蔵される。2012年、「聴雪(雪を聴く)」が国家博物館に、2016年には南京博物館に「空谷幽冥」が収蔵され、2017年には浙江博物館に「九霄雲佩」という作品が収蔵される。

【仁者楽山】2019、金属 アトリエ提供

「聴松」「聴雪」等は中国語の「聴雨」からの文学的な表現である。中国語表現の中でも大好きな言葉の一つだ。その昔の中国の古き良き時代の文人墨客が愛した風情漂う杭州が生んだ彫刻家、その気質の中には現代アートの反骨精神と優雅な文人の気質がフリークされている。

廃材を活用された素材のリサイクル化は、世間でまだSDG’sが謳われる遥か前に始まっており、近年では北川フラム氏が総合プロデューサーを務めている大地の芸術祭で作品を発表した。大地の芸術祭の中国館を作った孫倩(Sun Qian)氏の功績も大きい。

最近では、海外の作家さんとの二人展やグループ展も多くなってきた。なお、企業コレクションでは大手のHUAWEIが彼の作品シリーズを収蔵するなど注目の立体作家の一人だ。

コロナ禍で時間が一時停止されているような世相の中でもバンド18号の久事美術館で二人展を開催するなど、精力的に作品制作と展示会に臨んでいる。どこかで一緒に有意義な仕事ができる予感がしてやまない。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。