アジアの眼〈61〉
「音楽は、社会問題をある意味 解決できると信じたい」
――韓国が生んだ世界的バイオリニスト ウオン・ヒョンジュン

コロナ禍の中、音楽ワクチンという概念を打ち出し、様々な病院に出向き、バイオリンの演奏を試みたバイオリニストがいる。韓国の有名な音楽家、ウオン・ヒョンジュンだ。

6歳の幼い時に偶然出会ったバイオリン、親におねだりして買ってもらった楽器に彼は夢中になった。寝る時以外はほぼ手放すことはなかったという。10代の頃から国内外の数多くの賞を受賞した経験を持つ彼は、名門ジュリアード音楽院(The Juilliad School)でバイオリンを専攻する。その後、スイス音楽院ではティボール・ヴァルガ国際音楽アカデミーで学ぶ。

受賞歴としては、韓国日報コンクール・特別賞、イーファ(梨花)コンクール・グランプリ、ジュリアード音大・グランプリ、キングスビル国際コンクール・グランプリ等を受賞した才能の持ち主だ。1990年には「東西ドイツ統一」をテーマに主催されたスイスの世界経済フォーラム・ダボス会議に招待され、韓国を代表して演奏した10代の最年少奏者であり、アジアで招待されたただ一人の音楽家だった。

彼は、音楽は社会問題を解決するパワーがあると信じているという。2009年、国際的に有名な指揮者シャルル・デュトワと共同でリンデンバウムフェスティバルオーケストラを創設し、リンデンバウム音楽祭を企画、さらにDMZ(非武装地帯)で平和コンサートを開催した。その後、2013年には、中立国監督委員会を招待し、板門店演奏をした。2015年には、韓国復興独立70周年独立門平和コンサートを、2017年には国連において韓国人初のジュネーブ会談の演説をした。2019年にはMITメデイア融合技術研究所とSymphony Kの協力プロジェクトを展開し、同年、済州島で平和ワークショップ及びコンサートを開催した。彼は、音楽を通して一民間人として、朝鮮半島平和外交を展開している。

彼が板門店で開催したコンサートはドキュメンタリー映画になり、2018年にはニューヨークトライベッカ映画祭で招待上映された。翌2019年には北朝鮮のソプラノ歌手・キムソンミ氏との南北共演が、上海の指揮者・曹鵬氏の指揮で実現し、ストックホルムを合わせた二カ国での南北共演の実現が評価され、グッゲンハイム美術館でフエアサターデイ財団アワードを受賞する。

それ以外にも、米国のハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学、ジョージワシントン大学、オックスフォード大学、スイスのオリンピック博物館、フランスOpen Diplomacy,ベルリン文化外交協会、ジュネーブ国際大学、パリ政治学院TED等、世界中の名だたる大学や研究機構で演奏と講演を重ね、朝鮮半島の平和の価値を広く知らせる役割を果たしている。

音楽と科学の融合にも興味がある彼は、2015年にヨーロッパ物理研究所の後援を得て、ACCELERATEプロジェクトを立ち上げ、スイス工科大学チューリッヒ校(ETH ZURICH)の科学誌「社会芸術に関する科学(2015)―革新的な人物たちのインタビュー」に紹介された。

彼は現在、リンデンバーグ音楽祭オーケストラの音楽監督で、ハーバード大学カークランドハウス名誉委員であり、ドイツの人権団体Cinema for Peace Foundationの国際委員も歴任してきた。

最近では、現代自動車との「Continue to move」キャンペーンを現代自動車スタジオで、音楽監督としてコラボ参加し、MITのマルクス・ビュラー(Markus Buehier)教授と共同でサウンドウイズ社を創立し、コロナ禍の「コロナ19 ワクチン音楽」を完成させ、音楽を通して人々を治癒したり、ウイルスの退治や症状緩和に繋がるエビデンスを考察してきた。

コロナの期間中、隔離病棟にいるコロナ患者のためにロビー・リレー音楽会を行い、無観衆演奏をYou Tubeで配信し、無観衆ロビーコンサートを様々な都市で20回以上も開催した。その演奏曲は「祈り」だったり、アベ・マリアだったり、みんなが熟知している曲だったが、海外で突然隔離病棟に閉じ込められ、家族に会えない人たちの癒しになった。

南北青少年オーケストラを創設するのを夢見るウオン氏の夢は、いつか実現されるだろうと思う。

コロナも終焉を迎えている今、白い服に白いマスクでバイオリンを演奏する彼の姿は誰かに記憶されていたはずだ。

同時に、アートギャラリー及び美術館で同時に演奏するキャンペーンも15年前からオーガナイズしている。上海のM50のギャラリーでチャリテイ・オークションをし、四川省の大地震の子供達を支援する際に画廊のスペースで演奏してもらった記憶がある。

長い年月が過ぎたようだが、北京の798の友人のスペースで私が企画した個展の会場でも演奏してくれた。東京スペースの個展現場、ひいてはドバイのアート・フェア現場でも縁が続いた。

トルコとシリアでは地震が起きていた。彼はトルコ大使館の官邸に出向き、被災地のみんなのために演奏した。震災の現場に行く予定は、余震が続くため中止になったが、バイオリンの音色は届いたことだろう。

社会的使命感のある音楽家に敬意を。執筆中に教授(坂本龍一)が亡くなった。音楽には国境がないことを再度確認できた気もする。

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。