新井一 順天堂大学学長
日本と中国の先進的な医学交流を推進

順天堂大学は、江戸後期の設立から今日に至るまで、常に社会や時代の要請に応えながら、医療、看護、スポーツを通じ、日本の近代医学教育の普及と人々の健康に寄与できる人材の育成に努めている。国際交流も活発で、中国の主要な大学・研究機関と協定を結び、積極的に交流を深めている。先頃、脳神経外科の権威であり、日本と中国の医学交流を推進する公益財団法人日中医学協会(理事長は小川秀興・順天堂理事長)の常務理事でもある新井一・順天堂大学学長を訪ね、中国との医学交流や医療の国際連携の必要性などについて伺った。

「健康総合大学」として

人々の健康を支える

―― 日本には著名な医学系の大学が数多くありますが、その中で順天堂大学が誇る特徴とは何ですか。

新井 順天堂には東京に3カ所、そして埼玉、千葉、静岡に合計6つの大学付属病院があります。全病床数は3500を超え、日本の医学部付属病院の中ではトッブを誇り、この「圧倒的な臨床力」が本学の特徴であると自負しています。

東京・本郷の順天堂医院を中心に、6カ所それぞれで特色のある高度な医療を展開していますが、研究推進のエンジンとなる大学院生の総数も日本でトップクラスです。そういう意味では、臨床と研究の両方を強力に推進していくバックグラウンドが十分に備わっていると言えます。

さくらキャンパス(千葉県印西市)にはスポーツ健康科学部がありますが、駅伝や体操のメダリスト、また後にスポーツ庁長官になった水泳の鈴木大地選手といった金メダリストを輩出するなど、スポーツ系の学部としてもトップクラスです。そこでは、「スポーツを科学する」中で、トップアスリートの育成だけでなく、一般の人々の健康維持のためのスポーツも研究しています。

本郷・お茶ノ水キャンパスには医学部、国際教学部、診療放射線技師とリハビリなどの理学療法士を育成する保健医療学部があり、浦安キャンパス(千葉県浦安市)に医療看護学部、三島キャンパス(静岡県三島市)に保健看護学部という二つの看護系の学部があります。

昨年4月、浦安・日の出キャンパスに臨床工学士と臨床検査技師を育成する医療科学部、さらに本年4月、健康データサイエンス学部が設置され、明年4月には薬学部を新設する予定です。

毎年一つの学部を新設しているわけですが、「健康総合大学」として、医療・医学を周辺分野からも支えるような体制をつくっているのも本学の大きな特徴だと思います。

 

日本と中国の先進的な

取り組みを学び合う

―― 2022年12月、順天堂大学は、中国リハビリテーション研究センターとMOU(基本合意書)を締結しました。これまで順天堂大学は、中国と活発な医学交流をされていますが、中国の医療レベルをどのように見ていますか。

新井 中国の医療レベルについてですが、北京や上海などの大都市は非常にレベルが高いと感じており、新しい機器もどんどん導入され、先進的な医療が提供されていると思います。

中国リハビリテーション研究センターは北京にある約1000床を有するリハビリ病院ですが、この規模は日本では考えられない大きなものです。先ほど申し上げましたが、本学は4年前にリハビリ技師を養成する保健医療学部を設置し、本年3月に初めての卒業生を送り出したばかりですが、国家試験の合格率は100%と順調な滑り出しでした。今後この保健医療学部を世界に通用する学部に育てたいとの思いから、ぜひ中国と交流をしたいと考え、本学の学部長が昨年、北京を訪問して同センターを視察させていただきました。そこで、非常に先進的な取り組みをしていることに驚き、ぜひ提携を結びたいと先方に打診したところ、それなら大学間のMOUを結びましょうということになり、今回の締結に至りました。

実はつい先日も、先方のトップの方々が本学を訪問され、病院・施設を視察されました。彼らは我々が試験的に行っているロボットを使った先進的なリハビリやVR(Virtual Reality )を活用したリハビリに大変興味を示され、今後もお互いに交流を重ね、より科学的なアプローチでリハビリを進化させ、実のある成果を出していこうと話し合ったところです。

 

海外の学生との交流で

国際性を養う

―― 医療の国際連携についてどのようにお考えですか。

新井 国際性をいかに涵養していくかということは日本の大学の大きな課題でもあり、国全体の課題でもあるとも言えます。今後は、日本の医師が海外に行って活躍するとか、中国の大学を卒業した医師が日本に来て医療を行うといったような、双方向性の国際交流を進めていかなければいけないと思います。

例えば順天堂では中国医科大学や北京大学の卒業生を受け入れていますが、日本で医師として活躍してもらうためには医師国家試験に合格しなければならないので、一年間の実地修練を経て国家試験を受けていただいています。

また中国の方のなかには、一年程度日本に来られて語学を学び、日本語能力試験のN1、N2レベルの学力を得て本学を受験し、医学部の1年生からスタートするといった方も結構います。彼らは中国語に加え、日本語、そして英語も話せますし、医学についてもよく勉強しますので、将来国際的に活躍してもらえるものと期待しています。

中国以外にも韓国やシンガポールなどいろんな国の学生が本学医学部に入学されており、日本の学生にとって彼らとの交流は、国際性の目が開かれるといったいろんな効果が期待できると期待しています。

グローバル化が進む現代社会において、リーダーシップを発揮できる国際性ある人材をさらに輩出できるよう、さらに国際交流を進めていきたいと思います。

 

元気で生きられる社会を

日本と中国でともに構築

―― 「人生100年時代」と言われています。少子高齢化は日本と中国共通の課題になっています。

新井 今、日本人の平均寿命は約82歳ですが、健康寿命は72歳くらいで、そこに10年のギャップがあります。そのギャップをいかに埋めるかが、今後大きな課題になってくると思います。100歳でも元気で生きられる社会をつくっていかなければいけません。

最近では、アルツハイマー病を含め、高齢者の認知症が大きな社会問題になっています。江東区に順天堂大学医学部に附属する6病院の一つとして、「東京江東高齢者医療センター」があるのですが、ここは高齢者に特化した病院で、認知症の治療も行っています。

本学を訪問される中国の医療関係者は必ずここを視察されます。中国も高齢者、認知症、そして介護の問題は非常にシリアスだと伺っており、高度先進医療も重要ですが、高齢者医療も非常に重要だとよく理解されていると感じます。これらはまさに日本と中国共通の課題だと思いますので、今後も双方の医学交流を深め、元気で生きられる社会の構築にともに取り組んでまいりたいと思います。

海外から日本を見る視点を

養うことが大事

―― 先生に影響を与えた人物は誰ですか。

新井 父ですね。父が医者だったことが、私が医者を志すきっかけになりました。医者になってからは脳神経外科医になることを目指して師事した教授が、順天堂の前理事長で石井昌三いう方で、私の医師人生に非常に大きな影響を及ぼしました。卒業後1年くらい経って、石井先生がアメリカ留学を仲介してくれました。米国のNIH[National Institutes of Health 国立衛生研究所]で研究をする機会をいただき、日本から海外に出て、研究だけでなく海外から日本を見るという非常に貴重な経験を積むことができました。

 

―― 日本の若者の海外留学は減少傾向にあります。米国留学経験のあるお立場から、海外留学の重要性について、若者へメッセージをお願いします。

新井 確かに、今の日本の若い人は、海外に行く熱気が少し少ないような気がします。それは、日本の社会が非常に成熟していて、日本にいても充分満足な生活を送ることができますし、またインターネットを使えば海外の情報も瞬時に得ることができます。そういうこともあって、やはり留学熱が下火になっているのかなと感じます。

しかし、実際に現地に行って、そこで生活をし、そこの人々と交流を持ち、そして日本の外から日本を見るという、そういう視点を養うことは非常に重要です。

医師としてのキャリアを積むにしても、2、3年の留学は人生にとって大きなこやしになることは間違いありません。そういうことをぜひ理解してもらいたいし、若い人には英語力を是非磨いて欲しいと思います。例えば我々が中国に行っても、向こうのドクターとの会話は英語で行います。米国はもちろんヨーロッパに行っても英語です。英語を使って外国の人とコミュニケーションをとることは非常に重要ですし、留学するとそういう経験が積めますので、ぜひ海外留学に挑戦して欲しいと思います。

 

編集後記

 取材終了後、別室に案内され、「妙手回春」と書かれた李鴻章の扁額を特別に見せていただいた。下関条約締結時に暴漢に襲われた際、佐藤進・順天堂第3代堂主に助けられたお礼として、名医の尊称を込め贈られたものだ。順天堂と中国との長い交流の歴史に思いを馳せながら、新井学長に今後の訪中予定を伺うと、7月に日本財団、中国国家衛生健康委員会、日中医学協会の共催による日中国交正常化50周年の記念事業が北京・人民大会堂で開催される予定で、その際、北京大学を訪問するなど、中国との医学交流をさらに深めていくと話された。さらなる中国との友好交流を願うものである。