宋翰祥 株式会社カーボンサイファーCo-Founder
サステナブルな社会のために 知恵を授ける華僑企業家

春は桜が咲き誇り、秋は銀杏が黄金に耀く。年々歳々めぐる四季のなか、数多くの学生たちがアジア第一の学府——東京大学を目指して世界各地から集まってくる。自己の価値を証明するための、未知なる人生への挑戦である。宋翰祥もそんなごく普通の東大生の一人であった。ただ、彼は科学技術のイノベーションによって祖国に報いることを己の責務と考え、産学研の連携によって社会に幸福をもたらすことを理想に掲げていた。

全国人民代表大会および中国人民政治協商会議の期間、本誌記者は、株式会社カーボンサイファー(Carbon Cipher)の宋翰祥Co-Founderと話をする機会を得た。二酸化炭素排出量の削減やサステナビリティ、あるいは産業構造の改革といった問題について議論を交わし、科学技術イノベーションの第一線に立つ者の本音に耳を傾けた。

上下水処理から炭素排出へ

小我から大我へ

宋翰祥氏は東京大学に入学すると、かねてからの希望通り、佐藤弘泰教授と味埜俊教授のもとで環境工学分野の上下水処理に関する研究をはじめた。

両教授はこれまでに多くの水処理分野における論文を発表しており、とりわけ味埜教授が執筆した生物学的リン除去プロセスに関する研究は、権威ある雑誌『Water Research』によって、過去四十年で当該分野における最もグローバルな影響力がある論文十本の一つに選出された。彼の研究成果はほとんど全世界の上下水道システムにおいて広範に利用されているほどである。味埜教授の研究における後半生はサステナビリティの研究へとシフトしており、これが宋翰祥氏の興味と図らずも一致した。この巡り合わせに後押しされ、宋翰祥の研究の重点もサステナビリティ実現のキーポイントである地球温暖化対策へと転換していった。

「地球温暖化問題を案ずる声が日増しに高まるにつれて、誰もが近年頻発している自然災害にも目を向けるようになりました。ただの自然現象でしかあり得ない悪天候も、人々の生命が危険にさらされたり、あるいは重大な財産の損失に至ったときに、いわゆる自然災害となるのです。」宋翰祥氏の言葉を言い換えると、危害や損失の発生を避けることができさえすれば、われわれが遭遇する多くの自然現象は大気圏における生態環境の多様な装飾に過ぎない。それが実現できれば、人類社会はより文明的で調和の取れた新たな段階へと進むことができる。科学技術のイノベーションがどのようにして社会に力を与え、人類を幸福にするのか、宋翰祥氏はサステナビリティに対する取り組みを通じて、より深く認識するに至った。

宋翰祥氏は研究分野においてサステナビリティに着眼するという方針と社会に立脚するという姿勢を持っていたのみならず、後輩たちが自分の経験を学びに来ると、試験の準備や研究の助言など惜しむことなくすべて伝えてきた。そうしたことを続けているうちに、氏の周りには東京大学や東京工業大学の理工科で最先端の研究をする中国人留学生たちが集まってきた。そうして彼らは手を取り合い、新たな時代の科学立国の可能性を模索したのである。

国として豊かになった新時代の中国人留学生は、先人と比べてより恵まれた研究環境に身を置き、自分たちは大きな使命を背負っているのだという自覚と、中華民族の復興をさらに推し進めようという信念を持っている。祖国が科学技術の最先端をリードするという共通の理想を実現するため、宋翰祥氏は後輩たちとともに産学研の連携を図り、国際的なイノベーションとその交流および共有を深化させようと考えた。そうした情況のなか、株式会社カーボンサイファーは東京で産声を上げたのである。

排出ピークから

カーボンニュートラルへ

世代における歴史的使命

世界的に見て多くの先進国はすでにCO2排出ピークアウトを迎え、目下、カーボンニュートラルへの取り組みを進めている。長きにわたって発展途上国であった中国は、まず2030年にピークアウトを実現し、カーボンニュートラルに向かって舵を切ることになる。中国の責任が大であることは言を俟たない。中国はCO2排出ピークアウトからカーボンニュートラルまでわずか30年という厳格なタイムリミットを自らに課したのである。

省エネとCO2排出量削減の道のりは険しくかつ遠い。中国政府による排出量と排出強度のコントロールの徹底という指示に基づくならば、エネルギー変換効率の低い化石エネルギーについての供給側からの管理と抑制、および再生可能エネルギーの使用量の増加を進める必要がある。むろん需要側にある各企業や産業も、エネルギー消費の削減目標を達成し、エネルギー効率と環境保護を追求していかねばならない。しかし、人口の密集と都市の発展は、環境問題とエネルギー危機を引き起こすであろう。一定区域のCO2排出量を正確に把握し、CO2排出によって浮かび上がるであろう課題や重要なポイント、あるいはその困難さなどを明確にする。そうしてはじめて有効なCO2排出削減の計画を策定できるのである。目下のところ、宋翰祥氏率いる株式会社カーボンサイファーは、日本国内ですでにこの分野で手を広げはじめており、太陽光発電やエコロジカルな電力変換といった方法を通じて、企業が政策や規制をクリアするためのCO2削減および高効率なスマートソリューションを提供している。

中国は2021年7月から炭素排出権取引の市場を再開し、企業のCO2排出権を交易可能な商品として扱うことになった。また、この動きは国内の認証排出削減量(CCER)取引市場の再開をも呼びかけることにつながる。しかし、認証排出削減量市場は、データの信憑性や基準のばらつき、監査システムの不備や非科学的な排出量の割り当てなどに問題があるという理由から、2017年以降、一時的に強制停止されている。

これらの問題に対して、宋翰祥氏はいくつかの提案を出した。まずは、CO2排出量に関する具体的なデータの把握である。この問題を解決するためにはデータ化、つまりCO2排出量の可視化が必要不可欠であり、それを実行するには、主観的要素と客観的要素の両面からのアプローチが必要になる。主観的には、CO2を排出する企業が科学的なシステムを早急に立ち上げて排出量のデータを把握することである。そしてエネルギーの安全は国家の安全保障に関わるため、客観的には、化石エネルギーのデータ保護が必須となる。つまり、エネルギー分野における可視化の過程は、エネルギーの安全とデジタル的な経済面のセキュリティという二つの困難な課題に直面しているのである。国家レベルでみれば、万全な監督管理下において、革新的な技術力と資質を有するコンサルティングサービスがCO2排出のビッグデータを共有できるように、国内の関連部門と主立ったCO2排出企業とが協力して、そのデータにアクセスできるシステムを立ち上げるべきであろう。また同時に、わが国は多国間の協力体制を率先して構築し、「一帯一路」の対外的発展戦略に基づいて、国際関係の新たな枠組み作りを積極的に主導していくべきである。

次には、CO2排出量の分布状況を精確に把握することである。排出強度の削減対策を総合的に検討し、わが国の産業構造の調整をすみやかにおこなう必要がある。国民一人当たりのGDPの増加は、国の豊かさを示す重要な指標の一つである。省エネとCO2排出削減のためにGDPを犠牲にすることはできないし、逆もまた然りで、GDPの増加を目指すあまりに環境を犠牲にすることもあってはならない。いかにしてバランスよく成長とCO2排出削減を進めるかは、中華復興という新たな道筋において避けることのできない問題である。したがって、CO2排出の定量化と可視化を普及するという共通認識のもと、中国という国の状況に照らし合わせて、CO2排出削減あるいは抑制の計画、排出権取引の市場の整備、またその規則の制定、さらにはCO2排出削減目標を達成した企業に対する表彰と目標不達の企業に対する制裁を、社会全体で進めなければならない。そういったカーボンインクルージョンの動きを加速させ、地域別の試験的な実施を促進することが重要であろう。

革新、協調、グリーン、開放、共有をすべて内在し、バランスよく発展を促進することは、第二十回全国代表大会が開幕した2022年から2023年を初年として国家が公布した包括的なグリーン消費政策であり、また、閉幕したばかりの全国人民代表大会および中国人民政治協商会議において打ち出されたいっそうエコで低炭素な発展を目指すというシグナルなのである。「エコな発展へのモデルチェンジ」というのは、今年の政府活動報告にも含まれる八つの重要課題の一つである。エコな発展という号砲のもと、宋翰祥氏は、シンクタンクのサポートを提供することでトップレベルの計画を支援し、産業構造の調整やCO2排出権取引市場の制度導入などを進めることで、「ダブルカーボン」の達成に尽力することを望んでいる。

人材育成、技術革新で

祖国に報いる

その過程では、人材とスキルのギャップに対処することがきわめて重要である。いわゆるバタフライ効果を仮定するなら、海を隔てるだけの中日両国の生態環境はもっと緊密であり、互いに依存し合っている。両国の人々が共通の関心事に取り組み、問題解決による恩恵をそれぞれに実感することは、両国の関係を建設的に安定させるための重要なステップとなるであろう。

日本はエネルギー問題を抱える先進国として、グリーンエネルギーの開発や省エネおよび高効率化の分野において、技術力と研究レベルの面で世界の最前線に立っている。それゆえ宋翰祥氏は、中日両国は省エネとCO2排出削減について広範な協力体制を築けるものと非常に前向きである。2022年、宋翰祥氏は浙江省に碳訳科技有限公司を設立した。そうして彼が率いる科学技術チームの国内における足場を固め、一歩先行く日本の優れた技術力を借り、政府や企業のためにシンクタンクによるコンサルティングや研修、科学教育、あるいはインテリジェント・デジタル・ソリューションを提供した。具体的に言うと、ビッグデータやクラウドコンピューティング、人工知能といった技術を用いて、企業には持続可能な発展のための新たなシステムを導入し、消費者に向けては省エネとCO2排出削減といった生活習慣の定着を助け、資源を節約して環境に優しい社会作りのために尽力したのである。

近い将来、CO2排出はある企業や業界だけが解決すればよい問題ではなく、ありとあらゆる産業やサプライチェーンが手を取り合って取り組むべき問題になる。たとえば、ある企業が合理的な計画に基づいて省エネとCO2排出削減を進めたとしても、関連する企業が基準を超過するCO2排出をしてしまえば、その企業自体も割を食って環境に優しくない企業というレッテルを貼られるであろう。そうした状況下では、企業はパートナーの責任を追及することを余儀なくされ、過剰なCO2排出をする企業は構造的な再編を求められることになる。CO2排出削減という目標を達成するためには、排出量の可視化とその調整計画を策定できる企業の知恵が必要とされる。つまり、市場におけるコンサルティングサービスの需要はきわめて大きいのである。

歴史的な責任、あるいは民族的な使命を認識している企業はますます増え、エネルギーや環境といった分野に取り組んでいるが、CO2排出削減のために体系的かつ全面的な施策を提供できる国際的で革新的な企業といえば、カーボンサイファーただ一社であろう。宋翰祥氏の見立てによると、デュアルカーボン分野では、CO2排出権取引やCO2資産管理に関する資格を持つ専門家の需要が日増しに高まっており、国内の認証排出削減量(CCER)取引市場が再稼働したことを受け、温室効果ガスインベントリや炭素会計に関わるような人材の需要は、2025年までのあいだに100万人規模にまで急速に拡大するという。そのため宋翰祥氏は自らのチームを率い、国のデュアルカーボン政策が円滑に実施されるよう、それをサポートする専門家育成のトレーニングや講義プログラムを開発したのである。

炭素取引の市場は紆余曲折を経たが、社会の発展や時代の進歩、また全国人民代表大会および中国人民政治協商会議における専門家の強い呼びかけにより、カーボンファイナンスは今後より大きな役割を果たすことになるであろう。だからこそ、できるだけ早く認証排出削減量取引市場を再開し、炭素排出権の先物取引を推し進め、健全なスポット市場と先物市場を確立しなければならない。そして炭素取引システムを充実させ、これを標準化し、炭素取引市場の拡大を図る必要がある。さらには民間による自発的な取引をも奨励し、グリーンファイナンスによって社会の発展を促し、人々の生活をより豊かにする。これこそが宋翰祥氏の希望であり、氏の推進する開発目標でもある。

発展途上国のスケジュールに照らせば、中国はいち早くCO2排出のピークアウトを達成するであろう。その歩みは、発展途上にあるインドなどの大国にとって参考となり、非常に重要な意義を持つ。したがって国際間、とりわけ発展途上国間における協力体制のさらなる緊密化や、生態系、大気、水などの管理における双方の経験からの学び、そしてCO2排出量などのデータを共有する方法や手段の模索、それらが産学研の一体化を目指す宋翰祥氏の次なる課題なのである。

取材後記

かつては三刀流(包丁・裁ちばさみ・かみそり)で世界を股にかけ、いまや世界トップレベルのラボに上り詰めた。中国人民の自信はもはや砂上の楼閣ではない。その自信はどこから来たのか。科学技術のイノベーションから、新たな技術革命でトップを走る実力から、そして、報国の誠実さと結束からにほかならない。宋翰祥氏の後ろには真摯に学び、困難を恐れない若いチームがある。サステナブルでスマートな未来は、彼らによってもたらされるに違いない!