張林峰 ZTEジャパン株式会社 元社長
6G時代の到来に当たって

私自身はそうは思っていないが、付き合いの久しい友人たちの間で、私は読書好きで通っている。出版社の先輩が、気に入った著作や著名な学者の新著をたびたび差し入れてくれる。私の書棚に欠けている書物を挙げるとしたら、科学技術に関するものだろう。それは、私の得意分野とはかけ離れているためだ。

机上に、ZTEジャパン株式会社の張林峰元社長の新著『通信簡史:伝書鳩から6G+まで』(清華大学出版社、2022年11月第1版)がある。まだインクの香りが漂っているが、繰り返し読んでいるうちに本の背は変形してしまった。率直に言って、私のような門外漢が夢中になれるような、情報技術のみを論じた書籍に出会えることはなかなかない。読後の充足感と好奇心に駆られるままに、著者である張林峰氏を弊誌編集部に招き、本書を著すに至った経緯などについてうかがった。

前人の失敗を教訓に

前人を凌ぐ

「言語は『自己』と『外界』の関係を表現するためのツールである」。張林峰氏は著書『通信簡史:伝書鳩から6G+まで』の序章で、簡潔に人類文明史を総括し、初期のホモ・サピエンスのコミュニケーション方法やコミュニケーション効率の特性や特長から、言語と文明の起源を辿っている。プロローグは型破りであるが、要所を押さえており、論理的で興味をそそる。インタビューのトピックもそれに沿ったものとなった。火薬と羅針盤を発明した中国が、400年前から世界四大文明のトップの地位を徐々に失っていったのはなぜなのか、中国あるいは東洋文明が、再び西洋文明に先んじる可能性はあるのかといった話題に及んだ。

張林峰氏は、大学院生時代には、日本とアメリカのインターネット普及率には天地雲泥の差があることに気付いていた。2000年代初め、彼はソフトバンクでブロードバンドにおける動画付加価値業務の責任者を務めていた。当時、日本の多くの家庭は、通信速度が非常に遅いナローバンドすら備えておらず、彼自身、日本の通信技術の遅れを深刻に受け止めていた。1979年、NTTはアメリカの技術を導入し、世界で初めて無線通信サービスを始めた。「ところが、1990年代以降、日本は通信技術の開発において大きく後れをとるようになりました。私は来日当初、4000名以上の従業員を抱える日本のソフトウェア会社で働いていましたが、ひとつの電子メールボックスを皆で共有していました。海の向こうのアメリカでは、大学生がそれぞれに電子メールボックスを使っていました。日本人が郵便やクロネコヤマトで書類を届けたり、ファックスでやり取りしていた頃、アメリカ人は当たり前のように電子メールでやり取りをしていました」。数字がそれを明確に物語っている。また、日本の通信業界は外資系企業の市場参入を厳しく制限し、技術と資源は日本の大手企業のコントロール下に置かれていた。さらに、日本の電話料金は高止まりしたままで、当時の趨勢であったダイヤルアップ接続も、庶民にとっては高嶺の花であった。アメリカでは1990年代に、誰もが無料でダイヤルアップ接続ができるようになったが、日本では、その10数年後にやっと、ソフトバンクがIP電話を開設した際に通話料を無料とした。1990年から2020年の30年間をインターネット時代の30年とした場合、アメリカは初めから終わりまでインターネット技術の恩恵を享受したことになる。ところが、日本のそれは、2005年から2020年の間のわずか15年である。隣国の経験は、中国にとっての戒めとなった。

産業革命、そして4G以前の技術も西洋から東洋に伝播したわけであるが、5G、6Gの技術は、再び東洋が西洋に先駆ける可能性を秘めている。張林峰氏の認識はこうだ。「これからはAIの時代です。AIはビッグデータの収集と通信技術の急速な発展がもたらす新しい技術であり、応用です。AI技術に関しては、中国は東洋の英知を発揮し、目覚ましい成果を上げており、アメリカと並んで世界の最前線にあるといえます。さらに、この分野における革新的な論文の数はアメリカを上回っています」。

 

科学技術は全人類を

益する中立のもの

『通信簡史:伝書鳩から6G+まで』において、著者は多くのページを割いて、中国の通信技術の発展の歴史を振り返るとともに、今日、社会で広く使われている5G技術の優位性、現状、役割について詳述している。漢字の出現によって5000年の歴史を有する文化の古国・中国は、東洋でその存在を高く示すことができたのである。21世紀に入ると、5G技術の急速な発展によって、再び世界から注目を集めるようになった。張氏は、世界が広く関心を寄せる、アメリカと日本の中国の5G技術に対する排除措置についても、自身の考えを率直に述べている。

こうした状況も、張氏は楽観的に捉えている。アリは引越しをする時、障害物に遭遇しても、すぐに新しい進路を見出す。勤勉で勇敢な中国人にそれができないはずはない。中国政府の強力な支援と積極的政策によって、中国は5G技術の分野において目覚ましい成果を上げている。振り返ってみれば、3G技術では世界から大きく後れを取り、4G技術での巻き返しを図った中国は、力を十分に蓄積し、5G技術で飛躍的な発展を遂げた。中華民族の不屈の精神が、反転攻勢を可能にしたのである。

張林峰氏はさらに、技術は中立のものであり、人為的に色彩や立場や主義が付加されるべきではないと訴える。「まず、中国の5G技術の発展がアメリカの進歩に影響を与えることはないでしょう。同時に、アメリカがいかなる妨害措置を講じたとしても、中国の発展を阻止することはできないと思います。技術そのものは、全人類が未来を探求し夢を追求した果実なのです。アメリカ人、中国人、日本人の違いはありません」。

 

情報交換は人類進歩の

永遠の原動力

張林峰氏の話題は、大学院時代の専攻である、ビッグバンによる素粒子生成に及んだ。氏が指導教諭に「人類はなぜこれほどまでの人的・物的資源を費やして、この研究に取り組むのでしょうか?」と尋ねると、教諭から「好奇心だよ!」と回答され、得心したのだという。原始的な生活をしていた人類は、この好奇心によって、火をおこし、文明を開化させ、時空と戦ってきた。そして、遥かな未来に向かって歩みを続けるのである。

「三人で行動すれば、必ず自分の手本となる人がいる」と諺にある通り、コミュニケーションによって、人類社会は蒙昧無知から文明へと向かったのである。通信技術がさらに進歩すれば、人と人、人と電子端末のコミュニケーション効率は数十倍から百倍千倍向上し、それに比例して新たな技術が生まれる可能性も高まるであろう。張氏が著書の中で構想を述べている通り、人類は6G技術を実現した後も、7G、8Gの領域へと前進を続けるであろう。

将来は人間の脳と機械が結合したり、人間の脳が(ハードウェアでもソフトウェアでもない)ウェットウェアやコンピューターを介してシームレスにつながることで、より速く、より効率的にコミュニケーションが図れるようになり、同時に、触覚、味覚、視覚、聴覚、嗅覚もインターネットを介して伝えられるようになるだろう。「五感がインターネットにつながれば、人類のコミュニケーションのレベルは大きく向上し、正確性と適時性が高まります」。技術が進歩し、社会が効率的になると、人間はものぐさになる。現在各方面で取り沙汰されている「寝そべり主義」についても、張氏は楽観視している。人間社会は本質的に多種多様である。ゆっくりしたいと思う人もいれば、走り続ける人もいる。それは、いつの時代も、いずこの地も同じである。

執筆のきっかけと

なった会食

張林峰氏の華やかな経歴は、つとに知られている。ソフトバンク、中興通訊という日中の通信大手で20年間、情報技術サービスに携わり、目覚ましい業績を残し、常に技術開発及び普及の第一線に身を置いてきた。多忙な仕事の傍ら、かくも奥深く簡明で、豊富なデータと詳細な事例を有し、通信史あるいは大衆科学に関する書籍とも、高等教育機関のテキストとも成り得るような著作を著すことになった動機とは一体何だったのだろうか。記者はインタビューの最後に、この質問を投げかけずにはいられなかった。

本書が出版されるに至った経緯は、実に興味深いものだった。「2021年の冬、日本の無線通信事業に携わる会社役員と会食した際、『最近も忙しくしているの?』ときかれ、わたしはストレートに答えました。『日本の5G制限のお陰で、弊社は最近、めずらしく暇です。時間があれば大学や業界団体に出掛けて行って講演したりしています』と。すると、思いがけないことに『講演の内容を本にまとめて、出版してみては』と勧められたのです」。

決して気のすすむ会食ではなかったが、この思い入れのある著作が誕生するきっかけを与えてくれたことに感謝すべきであろう。本書は「壁に立ち向かい、壁を打ち破った10年」の集大成であり、20年の経験が凝縮された知恵袋であり、グローバルな視点で物事を映し出し、科学技術発展の真理を集約した、読むに値する名著である。

 

取材後記

科学技術は盲目的に追求するものではなく、人類への恩恵を考えるべきである。イノベーションは俗世間からかけ離れたものであってはならず、人びとの暮らしに寄り添うものでなければならない。張林峰氏の新著『通信簡史:伝書鳩から6G+まで』を読んで、その思いは、より揺るぎないものとなった。そして、取材を終えたいま、読者の皆様に、自信をもってわたしのイチオシの本としてお薦めしたい。読後の感想はさまざまであろうが、決して期待は裏切らないはずだ。