アジアの眼〈56〉
「日本国内を良く理解し、アフターコロナの世界に活かす」
――日本を代表する世界の建築家 隈 研吾

photo by Taku

南青山の隈研吾建築都市設計事務所(KKAA)に出向き、隈研吾氏(以下、隈氏と略称)を取材した。取材には、庭園デザイナーの石原和幸氏にも同行していただいた。前々回のコラムで取材した石原和幸氏はチェルシーのフラワーショーで11年連続してゴールド賞を受賞している庭園デザイナーで、来年のチェルシーでは隈氏と茶室をコラボする話しが進められている。取材をした部屋は隈氏の出版された本が壁一面に飾られており、中には韓国語や中国語など多言語バージョンに訳された著書も目立った。

隈氏は1954年生まれの建築家。いま世の中で最も多忙な建築家の一人といっても過言ではない。

 photo by anni sun

20世紀に続いていた「コンクリートの箱」の時代の終焉と同時に、21世紀の「木の時代」が始まったと隈氏はいう。20世紀は、人間は情報のない時代に超高層ビルを作り続けたが、究極的に言えば、隈建築には「人間と自然の関係性」に対する思考、あるいは自然への畏敬の念が込められている。

隈氏は、部分から全体を作り上げ、部分を誤魔化して行くと粒子になる、いわゆる磯崎新氏の逆をやっていると自称する。

2002年、中国の万里の長城の麓につくられた中国竹屋Bambooという竹のホテルがある。竹を使ったその建物は、その後2008年の北京オリンピックの総合プロデュースを務めた張芸謀(チャン・イーモー)監督がこの場を背景にP R画像を作り、一世を風靡した。

素材に対する彼のこだわり、20世紀の「お化粧建築」に対する抵抗から、「木」と「石」、あるいはその「場」の素材をどんどん建築に使っていくという地域文化を大事にする丁寧な仕事が、世界中から依頼が殺到する理由だと私は思う。隈氏は、仕事の多かったバブル時代の30代から、90年代にバブルがはじけ仕事が急になくなるというギャップを経験するが、その時に東京より地方都市に「興味深さ」を発見したという。その地方都市、あるいは「里山」に対する理解の深まりは、今回のコロナ禍で三年近く海外に行けない時代にあっても研究が深まっていった。そのことが、きっとアフターコロナに世界での発信を強め、活かせると思っている。

竹屋 Great Bamboo Wall(Commune By the great wall)
©Satoshi Asakawa 淺川敏

建築の一部を川の中にはり出すように建てたヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアム(ロンドン)の分館など、2020年11月にグランドオープンした角川武蔵野ミュージアムの建築に共通する、正面がどこかわからない破天荒な建築の数々。川と町を繋ぎなおす、そして「地域の素材」を使いながら「風」を感じる建築、「木漏れ日」や縁側のような日本的情緒の援用を「都市へのラブレター」というふうに表現している隈氏はまさに「建築する詩人」であり、魅力ある息をする建築を生み出し続けている。

角川武蔵野ミュージアム
Photo Forward Stroke inc. / Provided by: Tanseisha

2020年の元旦に無錫で中国美術大学の沈烈毅氏を取材した際に、隈氏の建築に「光の形」を見つけた覚えがある。重複する素材を組み合わせ、光がその素材を通り越して室内の空間に眩しい影たちを映しだす恍惚感が、「体に響く」建築がそこにはあった。

飛騨高山に伝わる木製の玩具に発想を得て、木を組むことで生まれた梁のない「木の建築」、梁がない10階建の建築を可能にする建築への進化。そこには釘はいらない。そのままバラしてトラックで運べる。決して飽きさせない「ワクワクする」少年のような楽しい建築はいつも期待を裏切らない。

施主から依頼を受けた時から始まる設計プランから建築までのプロセス、アイデアがぶつかり合う様々な拮抗もありながら、相手へのリスペクトから説得と信頼に繋げていき、究極的には「おもしろい建築」が出来上がっていく。

「上下(Shang xia)」という中国のブランドがある。フランスのラグジュアリー・ブランド、エルメスと中国の伝統工芸を継承するデザイナー・蒋瓊耳(Jiang Qiong Er)氏とのコラボで生まれ、話題を呼んだ高級ブランドで、隈氏がデザインした現代アートの作品ともいえる上海と成都のショップには、来客が殺到した。ブランド商品もさることながら、隈氏のデザインを見にいく人が増えた。

Shangxia 上海、成都 KKAA 提供

Living Room for the City (都市のリビングルーム)をコンセプトにヴィクトリアの美術館がつくられ、ところざわサクラタウンに角川武蔵野ミュージアムがつくられたことも、それぞれが起爆剤になって近隣地域を活性化し、町おこしに貢献していると言えよう。

家具やスニーカー等とのさまざまなコラボレーションの案件も増え、東京、パリ、北京、上海などの各事務所は所員300人以上の大規模な建築設計事務所として成長し続けている。

最近では、メタバース等、Web3関連の最新技術への取り組みにも力を入れ始めており、東京大学を退官後も特別教授として、積水ハウスのプロジエクトでSEKISUI HOUSE-KUMA LABを主催している。

石原和幸氏とコラボする茶室は、2023年のチェルシーでの発表を控えているが、いまからワクワク感が止まらない。コロナ禍を経験したわれわれは、自然との関係性を再考する必要に迫られている。そして、隈氏デザインのさまざまな建築は「先見の明」があるだけではなく、正面玄関がどこか分からず、いつも嬉しい驚きを与えてくれる。裏切らない建築、それが隈氏建築の未来であり、持続可能な夢のある建築の未来である。

北京の嘉徳アートセンター、東京の国立近代美術館等重要な美術館でも巡回展や個展が続く。周りには隈氏への憧れから建築を目指している友人もいるほどだ。自然を見つめ直し、柔らかい建築を未来に繋げるには、隈氏の建築哲学が必要だ。

V&A
Photography by Ross Fraser McLean

 

 

 

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。