屠 英傑 東京エステート株式会社社長
東京の不動産を席巻する ウーマンパワー

2018年8月、人々の注目を集めていた台東区上野に位置する大型商業ビル「ハトヤビル」は、23.4億円という巨額でいちごオーナーズによって購入された。この記事が日経不動産マーケット情報のホームページに掲載されると、東京の不動産業界を情報が飛び交った――こんなに大きな売買を成立させたのはどこの不動産会社だ?

瞬く間に東京エステート株式会社の名が、屠英傑という名前とともに広まると、今度は誰もが好奇と羨望をもって四方八方に探りを入れた――屠英傑とはいったい何者だ?

いま記者の目の前には一人の美しい女性がいる。口調は柔らかく、立ち居振る舞いに品がある。この女性が東京の不動産業界にその名を轟かせた辣腕の社長であるとは、にわかには信じがたい。

2000年初頭、屠英傑社長は両親とともに上海から移住してきた。東京女子大学文理学部の経済コースに学び、2011年には日本の三大不動産の一つ、住友不動産販売本社法人事業部に就職する。

深淵の竜が頭角を現すというべきか、その年、日本全国で住友不動産販売に応募した新卒50,000人のうち、最終の審査を経て採用されたのはわずか200名で、屠社長はそのうちたった5名しかいない女性の一人である。いかに狭き門を突破したかがわかる。彼女はスポンジのように知識を吸収し、日本人の先輩に謙虚にアドバイスを求め、強い責任感を持って一つひとつの業務をこなし、心底不動産業界を好きになった。

2014年、住友不動産販売は海外顧客と港区の富裕層を対象に、渋谷区広尾で麻布コンサルティングを新たに設立した。ほかの社員の追随を許さない売り上げ実績と余人をもって代えがたい存在となった屠社長は、設立メンバーとして、まっさきにこの部署に配属され、中国大陸・香港・台湾・マカオ及びシンガポールなどの華人顧客を担当してきた。

俗に、寄らば大樹の蔭というが、屠社長の考えは違った――世界的に名高い住友不動産といえど、やはり日本の企業に伝統的な年功序列があり、思うがままに活躍することはできない。

風雲起こり竜が天に昇るというべきか、2018年、屠社長は一旗揚げ、東京エステート株式会社を設立した。そして、その年の8月には前出の大型商業ビル「ハトヤビル」を売り出し、東京の不動産業界に輝く新星のごとく現れ、業界の視線を一身に集めたのである。

屠社長が独立起業すると、日本の大手不動産会社を定年した大先輩たちが屠社長の背中に付き従った。そのなかには課長や部長クラスの人もいる。そのため記者の目には、東京エステートという会社は一人の「80後」が日本の「60後」、「70後」を率いているように見えたのも事実である。長年の経験を活かし、まだまだ活躍する場所があると屠社長は彼らに示したのである。

近年の円安により、中国資本がどんどんと日本に流入し、東京の市場を席巻している。屠社長は多年にわたって構築してきた人脈とルートにより、観光ビザを持つ中国人が70%の融資を受けられるようにすることができる。たとえば、1億円の不動産を購入するのであれば、購入者は3000万円の頭金を支払うだけでよく、残りの資金は35年ローンを組むことができる。こうすることで、中国人の購入者はより多くの資金をその他の投資に回せるのである。

屠社長の会社では、常時20件以上のビジネスが同時に進行している。一般的な日本の不動産会社が手を出せない、あるいは手を出そうとしない物件や、相続人が巨額の相続税を支払えない物件から、老舗の温泉旅館から大型ホテルまで、多くの物件が屠社長の名義を求めて集まってくる。

仕事のほかに、屠社長は中日両国の文化交流や公益事業にも関心を持っている。2008年、20年間にわたって中国の技能研修生のために環境保護技術の学習機会を提供し続けてきた広瀬工業株式会社の服部崇社長は、中国で「光育英会」という奨学金制度を設立し、貧しい山岳地帯や少数民族の青少年が大都市で学べるようサポートした。これまでに100名近くの若者が支援のもとで大学を卒業した。服部氏はそういった学生の便を図るため、上海静安区の威海路に学生寮を購入した。そしていま、お年を召された服部氏は、学生寮の売却は、「彼女を敬服している」という理由から、中日双方の学生支援で高い評価を受けている屠社長に託されたのである。

2022年4月18日、日本の不動産経済研究所は、首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)における新築住宅の2021年度の平均価格を公開した。それによると、前年同期比で6.1%上昇しており、1990年度以来、31年ぶりに過去最高を記録した。売り上げの面から見ると、新築住宅は前年同期比で13.2%増加しており、2年連続で前年の実績を上回っている。また、販売価格の相場にせよ住宅購入の動向にせよ、いずれもプラスに推移しており、今年5月の最新の住宅価格調査によると、首都圏における中古住宅の予想販売価格(70㎡ベース)の平均は前月より11万円上昇した。さらに、首都圏の中古住宅の価格は13か月連続で上昇している。この点について屠社長は、「日本の不動産は海外の投資家にとって依然としてよい投資先と言えるでしょう」と分析する。

日本全体の人口が年を追って減少していくのとは対照的に、東京都の人口は1996年以来、増加の一途をたどっている。そして、その増加分のほとんどは各地方から上京してきた人か海外からの移住者である。

日本の戸籍制度は中国と異なり、人々は居住地を自由に移すことができる。したがって、東京都民の頭の中に、戸籍や福利厚生の面で「東京人」という感覚は特にない。だからこそ他府県や海外からの移住者でも、東京で違和感や疎外感を感じることはないのである。そしてここには世界的にも優れた大学、メジャーな文化、先進的な科学技術、強大な企業、優秀な人材が集まってくる。「北京・上海・広州から脱出」というのは聞いたことがあるが、「東京脱出」という論調はこれまで耳にしたことがない。それというのも、東京は日本人であれ外国人であれ、夢を持って出てきたすべての人に、競争の機会を等しく与えてくれるからである。だから、たとえ最後には夢が破れたとしても、自分の努力不足や能力不足、あるいは時機を逸したせいにすることはあっても、よそ者だとか外国人だとかいう身分のせいにすることはできない。

屠英傑、この若い中国人女性がつかんだ成功は、目を見張るべきウーマンパワーを見せてくれるだけでなく、中国人が日本、あるいは東京で成功を遂げる可能性が、自分自身の実力いかんによっては無限にあることを証明しているのである。