雒 東生 CoinBest株式会社代表取締役社長
ギャップが価値を生み出す メタバースで活躍する華人実業家

4年前、スピルバーグ監督は映画『レディ・プレイヤー1』で、万能なバーチャルユニバースを現出した。その目の眩むような特殊撮影、大胆かつ緻密なストーリーは、人間を制限するものは想像力だけであるというメタバースの魅力を中国の観衆に知らしめたのである。

そして今、メタバースやNFT(非代替性トークン)などの新しい科学技術への好奇心を抱きつつ、日本メタバース協会を設立したCoinBest株式会社の雒東生代表取締役社長に話を聞いた。それは、華僑新世代が「ギャップ」を活用して価値を創造する物語である。

島根県民の記憶に残る留学生リーダー

24歳から29歳までの輝く青春期を雒社長は島根県で過ごした。島根大学での6年間は、学費の減免と奨学金によって安定した研究生活が保証された。彼は社会団体活動などの分野で精力的に取り組み、すぐに数百人の留学生の中で頭角を現して、留学生学友会の会長に推挙された。

東京や大阪などの大都市と違い、島根県は経済や貿易の資源が乏しい。雒社長はできる限りのツテを使い、様々な方法で環境を整え、在校生が社会に溶け込んで実習や仕事をするチャンスを増やすために尽力した。会長に就任後、島根大学の留学生を組織して大型の交流イベントを開催し、留学生が日本企業と交流できる場を作って、その活動を継続するための費用も募った。彼の情熱は島根県国際交流センターと中国大使館大阪総領事館の職員を動かし、彼らのサポートも得ることができた。

外国人留学生と島根県の現地企業との交流活動は、年3回の頻度で続けられ、人口16万人ほどの松江市で、街中のほとんどの人が彼を知っていると言っても過言ではないほどの「有名留学生」となった。

こうした心の絆は今も続いており、松江時代の知人や後輩は上京すると彼に連絡を取って、彼もできる限りのサポートをしている。

IT成長のギャップが創業の原動力

大学卒業後、雒社長は内藤証券、岩井コスモ証券などの有名企業に入社し、マーケティング業務を担当した。この間の仕事の中で、彼は形勢分析、リスク評価、トレンド予測、成長ポイントの発見などのスキルを身につけた。

「中国は日本より2、3年進んでいる」。彼は正確な数字で中日両国のIT技術発展のギャップを示した。2017年、深圳のある大手IT企業と技術基幹交流をした際、日本ではまだ試験段階だったブロックチェーン技術が、中国企業では多くの業務シーンで応用されているのを知ったという。物流を例に取ると、ブロックチェーン技術はデータを記録する、紛失しない、改竄できないなどの特性を持つため、特に生鮮品などの物流チェーンのトレーサビリティーに適している。ブロックチェーンのこうした特性は、大学入学共通テストなどの大型統一試験の成績表や、合格通知の安全性と唯一性を保証するのにも適している。

「発展のギャップはチャンスを意味する。後発の企業は2、3年の差を推進力に転化できるし、先発の企業にとって時間差は相当な価値を生み出せる」。深圳での体験は、大企業の手厚い待遇を受けながらも、年功序列の日本社会に甘んじていた雒社長に起業する決心を固めさせた。

彼は幾度か中国に帰国して人材を探し、2017年8月、東京にCoinBest株式会社を立ち上げた。設立して間もないころ、日本のある大手IT企業が三井物産や伊藤忠商事といった総合商社のために、ブロックチェーンをベースとする物流トレーサビリティー業務を計画していた。それらの大手IT企業がCoinBest社に打診してきた際、日本ではまだ試験段階にあるブロックチェーンの応用技術が中国ではすでに安全に実用化され、整備された運用維持システムと豊富な実践的経験を有していることを知った。

その結果、大手メーカーや大企業数社がCoinBest社を訪れ、ブロックチェーン技術のサポート提供を求めてきた。在庫管理、部品システム、配送期限などは、大量のデータをブロックチェーン技術と整理統合し、カップリングさせる必要がある。

話題は自然と、遅々として進まない日本のデジタル化問題へと移っていった。「日本人がマイナンバーカードに代表されるデジタル化技術に対して否定的な考えを持っているのは、ユーザー情報などのセキュリティー問題に対する国民の不安の表れである」。彼は日本社会のデジタル化がいつまでも低調な根本的原因を率直に指摘した。

個人情報のデジタル化はもちろんのこと、デジタルコインの成長も、あるいは刷新され続けるインターネットの概念も根本は同じで、管理側が安全性を最重要視することが必須である。「各ユーザーの口座のセキュリティーは、利益よりも重要なビジネスの根幹である」とは、雒社長が日本の大手証券会社での勤務で磨き上げた仕事のリテラシーであり、彼が創業以来守り続けている理念でもある。そうしてCoinBest社は、顧客の利益を至上とするセキュリティー面での利点を生かし、何度も検証を重ね、2020年、ついに金融庁が認可する暗号資産交換業者となった。

近年、ブロックチェーン技術の追い風に乗り、NFTへの熱も急上昇している。正確なトレンドを予測するCoinBest社では、すでに技術を整備し、安定したオペレーションとメンテナンス、セキュリティーに優れたNFT取引のプラットフォームを構築している。また積極的に在日の公益団体や障害者美術館と連携し、障害者アートをデジタル化してNFT商品を制作、取引市場にリリースし、オークションによる収益を作家本人に還元している。とりわけ強調すべきは、この取引の全プロセスにおいてCoinBest社が無償でサービスを提供している点である。

長い人類の歴史を振り返ると、取引の決済で初めは貝殻が使われ、貴金属が貝殻に取って代わり、さらには手軽な紙幣が貴金属に取って代わった。そして情報時代の進展に伴い、電子取引が現金を文字通りの「紙切れ」に変えた。「近い将来、ブロックチェーン技術の合法的、規範的、合理的な開発と運用により、いっそう速く安全で効率的な生活モデルが作り出されるだろう」。雒社長はそう言って時おり無邪気な笑みを浮かべる。イノベーティブな人には永遠の若さがあるということか。

「本社を米国に置くSNS企業が、プラットフォームを5年間でメタバースプラットフォームに転換すると発表」、「中国の大型科技企業がVR設備のメーカーを巨額で買収」、「初めてのメタバース株、上場初日に株価50%上昇」など、2021年はメタバースのコンセプトが爆発的に成長した1年となった。

歴史は繰り返す。未知の世界への畏怖は人々に過度な恐慌を引き起こす。そう感じた雒社長は、JVCEA(日本暗号資産取引業協会)理事で元東京外国為替市場委員会副議長の大西知生氏とともに、2021年12月、日本メタバース協会の共同発起人となった。彼らの望みは、この協会を通して新興のものに対する人々の誤解と恐れを取り除き、専門知識によって、健全で完備された持続可能な業界の成長をルール化することにある。

想像するに、今の現実生活とネット上で隆盛しているビジネスモデルは、すべてメタバース世界でミラー再生できるだろう。「科学技術は象牙の塔にこもるものではなく、人類の文明に多くの財産を生み出し、人類社会をさらにスマートかつ高品質な段階へと推し進めるためのものだ」。雒社長はシンプルかつ断固とした言葉で、「メタバース」概念への疑問に答えてくれた。時代の先端を行く人たちはいつも試行錯誤を恐れない進取の気性の持ち主で、人類のために多くの幸福の門を開いてくれている。

伝統業界の成長のギャップに秘められた経済的価値

IT産業の分野では、中国の成長が日本に先んじている。しかし、農業、工業などの伝統産業において、中国と日本にはまだ明らかな差がある。このギャップこそチャンスと利益を生み出す源だ。

雒社長と農業との縁は20年前にさかのぼる。同じ漢字を使う縁で、松江市にある島根県立松江農林高校と上海市松江区にある上海市農業学校とが姉妹校となった。雒社長は学業の傍ら、松江市の農林高校で中国語を教えていた。1年余りの授業の中で、彼は日本の農業の発展状況を深く理解した。高品質、高価格、高級な農産品は日本の食文化を国際市場へと進出させ、日本の農家に大きな利益をもたらしただけでなく、資源の乏しい日本を農業大国へと押し上げた。地震大国でもある日本は、近代には様々な人工的な方法で火山灰中心の荒れた土壌を改良し、科学技術の力を借りて、農業を高付加価値を生み出す産業へと成長させた。日本では農業や農家は苦しく貧しいものではない。例えば、京都特産の「九条ネギ」は爽やかな口当たりとはっきりした香りにより、典雅な「京料理」に不可欠な食材であるが、認証を得た「九条ネギ」は高値で売買されている。

「水流の落差によって発電するのと同様、発展成長のギャップも経済価値を生み出す」。2018年10月、雒社長は日本農業発展促進協会を立ち上げた。その主旨は、中日の農業提携交流のためのプラットフォーム構築であった。当時はまだ起業したばかりの彼であったが、精神力と物資を自ら差し出し、中国の農業企業の日本への研修を何度も引き受け、高効率かつ省エネで、持続可能性を持つ日本の農業プロジェクトを積極的に発掘し、中日両国の農業のマッチングをサポート、プロジェクトが中国に根付くよう尽力した。

伝統的な農業大国である中国はいつ農業強国へと変わるのだろうか。中国の農家はどのようにすれば良い生活を送れるのだろうか。ブロックチェーンを利用し、NFT概念のサポートで農家に富をもたらし、IT技術をスマート農業に活かす……未来に向けてなすべきことはまだまだ多い、雒社長はそう述べた。

取材後記

あるデータによると、日本にあるIT技術関連の華人企業は1000社に上るという。新型コロナウイルス感染の暗雲は去らず、円安が進み、原油や食糧価格が高騰する内憂外患の現在、景気の良い企業もあれば落ち込む企業もある。逆境でも止まることなく成長してきたCoinBest社は、「ギャップの中に価値を見つける」ことに優れた華人企業家の経営の知恵を、われわれに教えてくれている。