山田 麗華 JTMホールディングス株式会社取締役社長
コロナ禍でグループ会社を成長に導く女性リーダー

観光産業は永遠の成長産業とされてきたが、長引くコロナ禍がその脆弱性を拡大し、世界中の観光産業が麻痺状態に置かれている。こうした不可抗力に抗して、如何に感染予防と経営管理のバランスを取り、顧客のニーズを把握し、戦略モデルを迅速に調整し成長領域を探るかが、世界の観光産業にとっての大きな課題である。

2000年創業のカモメツーリスト株式会社は、2015年には、取り扱い訪日旅行者数が30万人を突破し、中国の北京、天津、青島、香港、台湾、マレーシアと、相次ぎ事務所を開設。2016年には資源を統合し、不動産事業、旅行事業、ホテル経営、バス会社経営、化粧品販売等を行うJTMホールディングス株式会社を設立した。一年半に及ぶコロナ禍で、ほとんどの旅行会社が業務の中断を余儀なくされる中、JTMホールディングス株式会社は、コロナ禍の試練に耐え、自ら発展機会を創出し、2021年9月1日、高田馬場にユニークなスーパーマーケット「物産島」をオープンした。逆境にあっても前進する、JTMホールディングス株式会社の選択は、多くの在日華人企業家にとって、大きな啓発となるに違いない。

両国への思いの強さから

旅行会社を起業

―― 裸一貫から事業を起こされた創業者として、山田社長には尊敬の念と強い関心を抱いています。山田社長が来日されたのはいつですか。また、なぜ起業しようと思ったのですか。

山田 来日したのは1991年です。日本社会を理解し日本人と接する中で、日本に対する印象が大きく変わりました。同時に、往来によってのみ、相互理解と信頼が深まることを実感しました。

そんな思いから、2000年にカモメツーリスト株式会社を設立し、「素晴らしい思い出づくり」をモットーに、お客様一人ひとりに誠心誠意、高品質で手頃で満足度の高いサービスを提供し、いつでもどこでも、急ぎの場合でも、お客様の要望に応えるため最善を尽くしています。

それは、より多くの日本人が中国の歴史・文化、風土・人情を理解することで、中日両国の相互理解を促進し、より多くの在日華人に祖国と郷里を身近に感じ、日の出の勢いで発展する祖国と郷里の姿を見てもらいたいとの願いからです。

起業は簡単なことではありません。異国でゼロからスタートするとなれば尚更です。旅行事業について言えば、人の流れがお金の流れです。創業当初は知名度も固定客もなく、苦しい時期が続きましたが、今振り返ってみて、われながらよく忍耐したと思います。

同時に、顧客の開拓と航空券の手配に根気強く取り組み、実績を積み上げてきてくれた従業員に感謝しています。経験を積むことと懸命に努力することが、カモメツーリスト発展の武器であり、われわれJTMホールディングスのモットーです。

 

「一蓮托生」と「信頼」を

企業理念に

―― 旅行事業は、文化的、経済的利益をもたらすものですが、旅行会社は一定の期間、旅行者の命をあずかるリスクと不確実性を抱えています。この点についてどのようにお考えですか。

山田 おっしゃる通りです。現在わがグループは、カモメツーリスト、華光観光、ドリーム・ジャパン等の旅行会社を擁していますが、度重なるスクリーニング検査を経て、サービスの質の向上と企業の果たす社会的責任が評価され、われわれは日本の観光庁から、ツアーオペレーター品質認証(Tour Quality Japan)を受けました。

この認証を受けている旅行会社は、全国でわずか30社しかありません。「どんな褒美も庶民の称賛にはかなわない」と言いますが、われわれが21年間貫いてきた品質がついに認められたのです。

多くのリピーターが新規の顧客を紹介してくれています。これこそ正に、われわれのサービス、アフターサービス、多元性、安心感が認められていることの最高の証明ではないでしょうか。

われわれは一定の成果を収めることができましたが、当社を選んでくださったすべての顧客に対して、誠心誠意応対し、顧客の命を預かっていることを銘記しています。

私には今も心に刻む二つの出来事があります。ひとつは、日本出発の中国・杭州への日食を観る団体ツアーでの出来事です。皆さんが期待に胸を膨らませていました。

現地に到着して、すべての旅程は計画通りに進んでいましたが、正に日食を鑑賞していた時、一人の女性が突如腹痛を起こし、流産の兆候が見られました。当時、彼女は自分が妊娠していることを知らず、パニックに陥り、傍にいたご主人も途方に暮れるだけでした。

われわれは知らせを受けると、日本のご家族、現地の提携会社と連絡を密に取り、ガイドや添乗員にも協力を呼びかけました。ガイドは病院と連絡を取って適切に対処し、添乗員は他のツアー客の旅程を進め、ガイドと再びホテルで落ち合いました。われわれは、お客様の各種保険が現地で有効かどうかを確認して必要な書類を揃え、お客様の状況をその都度、日本のご家族に伝えました。

ほぼ徹夜で事に当たりました。幸いなことに、翌日、お客様は病院での診察と治療を経て、大事には至らなかったとの知らせを受けました。無事に帰国され、ご家族からは感謝の言葉をいただきました。本当に不思議な体験でした。皆既日食のその瞬間に、お腹の小さな命がその存在を知らせたのです。正に吉兆と言えるでしょう。

「生」にまつわるお話をしましたが、「死」にまつわる出来事もありました。中国のある高齢の男性が奥様と娘さんとともに日本観光に来られ、旅行中に突如亡くなられました。

われわれは大きな衝撃を受けましたが、奥様と娘さんはとても落ち着いておられました。男性はガンの末期で、日本旅行が最後の願いだったとのことでした。ご家族は健康状態を隠して旅行に出発したわけですが、われわれは通常通り、関連の手続きや証明書の手配、他のお客様への影響を最小限にとどめる等、全行程でサポートさせていただきました。後日、奥様と娘さんからは感謝の言葉をいただきました。

こうした突発的な出来事は、われわれの専門性を高めてくれただけでなく、一人ひとりのお客様に真心で接することの大切さを教えてくれました。

時代のトレンドを掴み

グループ会社を構築

―― 責任感がビジネスと企業発展の原動力です。お話をうかがって、カモメツーリストからグループ会社に大きく発展を遂げた鍵は、責任感であることがよくわかりました。JTMホールディングスの発展の過程を、ご自身の視点からお話しいただけますか。

山田 日本政府はかねてから、「観光立国」を国家発展重要戦略の柱としています。われわれも時代のトレンドをしっかりと掴み、積極的に取り組んできました。

カモメツーリストは、航空券手配、ビザ代行から、団体ツアー、ビジネス渡航、修学旅行、医療・美容ツーリズム、個人ツアーへと徐々に事業を拡大し、日本以外にも中国の北京、天津、青島、香港、台湾、マレーシアに事務所を開設し、2015年の取り扱い旅行者数は30万人を突破しました。更に海外市場を開拓するため、ドリーム・ジャパンと華光観光を相次ぎ開設し、東南アジアと欧米の市場をカバーしました。

また、訪日観光客の購買ニーズに応え、宿泊施設の満足度を高め、食事体験を豊かにするため、2017年には、自社ブランドのワンズライフジャパン(一生之美)を設立しました。傘下には3店舗のドラッグストアがあり、東京の浅草、静岡の御前崎、大阪の国際空港内で展開しています。

さらに、買収などによって、御前崎グランドホテル、ホテルベイガルズ、大阪グランドホテル、大阪グランドホテル別館、ビジネスインNAGASIMAの4軒のホテルと、東京亭、龍太郎ラーメンの2軒のレストランを展開しています。

2016年には、市場シェアを拡大し、効率的なビジネスプロセスを確立するため、資源の統合とグループ管理を実施し、人任せにするのではなく自己完結できるように、一つひとつのプロセスを取り込んで活かし、でき得る限りお客様の立場に立ち、すべてに最善を尽くしています。

現在、国外駐在員を除くグループ会社の従業員は276名で、日本国籍が48%、中国国籍が50%、その他が2%です。

 

好機を逃さず、恐れず挑戦し

社会貢献を歓びとする

―― 近年日本では、2011年の東日本大震災、東京五輪2020の一年延期と無観客開催、新型コロナウイルス感染症の蔓延と長期化等、重大な出来事が頻発し、観光産業や周辺産業に深刻な影響を及ぼしています。JTMホールディングスは、何度も大きな試練を乗り越えてこられたこととお察しします。

山田 はい。2011年の東日本大震災発生時には、多くの団体ツアー客が日本各地に滞在していて、われわれは迅速にすべてのお客様の安全を確認し、安心して旅程を終え、無事に帰国していただくことができました。

しばらくの間、航空券は非常にタイトで、チケット代は数倍に跳ね上がりました。多くの華僑華人が必要に迫られて帰国を急ぎ、航空券の入手に必死でした。われわれは長年にわたり、航空会社との間で良好な実績と信用を築いていましたので、市場価格で航空券を手配し、必要なお客様に提供させていただきました。

ここ数年は、観光立国の国家政策の恩恵を受ける一方で、社会貢献を念頭に置いてきました。

地域経済の活性化という観点では、2017年に、静岡県御前崎市からお話をいただき、破産廃業した御前崎グランドホテルを買収し、4億円を投資してリノベーションし、新たな観光ルートを立案して訪日観光客を誘致し、市の税収増にも貢献することができました。

御前崎市長をはじめ地域の有力者の皆さんから、「『驚くべき中国のスピード』で、倒産したホテルを復活させてくださいました」と、高い評価をいただきました。

2020年には、われわれのホテルの高級入浴施設を、大阪・田尻町の高齢者に安価で提供し、田尻町の福祉事業に協力させていただきました。さらに、コロナ禍においては、大阪府の要請を受け、大規模オフィスをワクチン接種センターとして提供させていただいています。

さらに、コロナ禍にある今、必要とする人々のために「PCR検査+パスポート更新+航空券手配+空港送迎+ホテル予約」をセットにした「渡航トータルサポート」を打ち出しました。

また、先ごろ閉幕した東京五輪2020の開催期間中には、光栄にも、中国の重量挙げ、バトミントン、マラソンの選手団の東京と札幌の宿泊先を手配させていただきました。オリンピックで祖国のアスリートのお役に立てたことを、とても誇りに思います。

迅速に戦略を調整し

前進を続ける

―― コロナ禍において、如何にして大きなグループ会社の戦略を迅速に調整し、後退することなく前進してこられたのでしょうか。

山田 2020年に発生したコロナ禍は、世界の観光市場に大きな打撃を与えました。当初、今日まで世界の観光市場が苦境を強いられ、回復の見通しすら立たないことを、誰が想像したでしょうか。しかし、私は、歩みを緩めて、グループの方向性をゆっくり考える良い機会と捉えました。

グループのコアコンピタンスである旅行事業がダメージを受けると、われわれは、不動産、フードデリバリー、オンライン販売、実店舗販売に舵を切り、いち早くオンライン販売システムを開発・投入しました。

9月1日、東京高田馬場に「物産島」1号店を出店しました。「物産島」では、その名の通り、ネットで人気の中国、韓国、ベトナム、タイ等の商品を取り寄せています。

アジア各国の留学生は安くて美味しい郷土料理を味わうことができ、日本人学生は手頃な値段で中華グルメを口にすることができ、主婦は料理の負担を軽減し、経済的でおいしい食事に満足することでしょう。

「物産島」の小さなキッチンでは、「香港焼味」と「香港王牌」の本格的な料理を作ります。われわれは自社ブランドを手始めに、厳選された素材で、美味しく新鮮で安心のお料理をデリバリーし、感染のリスクを低減するとともに、満足な食事を提供します。

「物産島」は1号店を出店したばかりですが、われわれの目標は東京23区のすべての区に1店舗ずつ出店し、「群島」を形成することです。「物産島」1号店の2階では、今後われわれが注力していく不動産業務を行っています。

今後は、国内外の顧客に向けて魅力ある商品を展開し、フードデリバリー業務を拡大するとともに、オフラインでは実店舗を増やし、国際情勢を見ながら、国内外の旅行事業と並行して進めていきたいと考えています。