小林 國雄 日本盆栽界の巨匠「春花園BONSAI美術館」創立者
45年をかけて盆栽の神髄と奥義を窮める

小林國雄の名は世界に知られている。

先ごろ、本誌の撮影チームを率いて、小林國雄先生が創立した「春花園BONSAI美術館」を訪ねた。すると思いがけないことに、小林先生は小雨の降る中、館長や異国籍の弟子たちを伴い、入り口で待ってくださっていたのである。

盆栽界の巨匠と聞いて、固く厳しいイメージを抱いていたのであるが、実際にお会いしてみると、気さくで親しみやすく腰の低い方であった。小林先生の個人的魅力と偉大な業績の対比がとても印象的で、盆栽の境地である「形小相大」を彷彿とさせ、大人物振りを窺うことができた。


撮影/本誌記者 張桐

中国から造形の躍動感を学ぶ

—— 先生は、日本の盆栽界では最高の栄誉である国風賞を16回、内閣総理大臣賞を4回受賞された、日本の盆栽界屈指の巨匠でいらっしゃいます。私は全くの門外漢ですので率直にうかがいますが、先生の作品の最大の特徴は何ですか。また、他の盆栽職人の作品との違いはどこにあるのでしょうか。

小林 盆栽で最も重要なのは個性です。しかし、個性が強すぎると品格が損なわれますので、調和が大事です。それによって盆栽に個性と品格が出てきます。私は盆栽を制作する上で、個性と調和と品格の三つの要素を大事にしています。

私の作品の特徴は、線と空間を尊重し、形小相大の大自然を盆上に表現することです。他の職人の作品との違いは、調和と空間を大事にしている点ではないでしょうか。

日本の盆栽は三角形の造形にこだわりがありますが、私は、中国から躍動感を学びました。中国の盆栽には躍動感があります。学ぶべき点だと感じています。

美しいものには心血を注ぐ価値があり、それによって存在感を高めることができます。存在感がなければ、人を感動させることはできません。どんなに小さなものにも生命力が宿っています。盆栽の存在感とは生命力であり躍動感です。盆栽には美しさだけではなく、生命力を表現するのも大事です。

夜明けを待って、一日15時間働く

—— 先生は盆栽界で前人未到の成果を収められましたが、家業を継いだわけではなく、盆栽の世界に足を踏み入れたのは28歳の時だとうかがいました。

先生の才能は天賦によるものでしょうか。それとも努力の賜物ですか。盆栽に興味をもったきっかけは何だったのですか。。

小林 天才は一般的に二つのタイプに分けられます。一つは美を生み出す天才、もう一つは富を生み出す天才です。私もこの年齢になり、富にも名誉にも執着がなくなりました。盆栽を創作することが一番の楽しみです。今は、一流の盆栽職人を育てるという責任が加わりました。

才能は遺伝するものではなく、境遇、環境、性格等の要素が複合して形づくられるものだと思います。盆栽も同じです。もしも私に才能があるとしたら、それは、一つひとつの盆栽のいいところを見つけて、引き出す才能でしょうか。

盆栽を始めたきっかけについてですが、正直な話をすれば、お金儲けのためでした。ところが、修行を積んでいくうちに次第に盆栽の魅力に引き込まれ、純粋に好きになり、夢中になっていきました。

今では、盆栽を前にして一日15時間働いていますが、疲れを感じることも、辛いと感じることも全くありません。盆栽は植物ですので、絶え間なく生長しています。心血を注ぐほどに立派になり、時間をかけた分だけ報われます。ですから、私は毎晩寝床に就いても、夜が明けて次の日が来るのが待ち遠しくてならないのです。

盆栽の声に耳を傾けることも忘れてはなりません。自分の思い通りにしようとして力ずくでプレッシャーをかければ、盆栽も抵抗してきます。枯れてしまうこともあります。

私もこれまでに1億円以上盆栽を枯らしてしまい、本当に高い授業料になりました。


春花園BONSAI美術館

若者にこそ盆栽に触れて欲しい

—— 2002年に、先生は10億円をかけて「春花園BONSAI美術館」を創設されました。毎年、世界各地から3万人以上が訪れ、東京のみならず日本の一大名所になっています。先ほど、美術館内で国籍の異なるお弟子さんたちが先生の下で学んでいる様子を拝見しました。

小林 盆栽は800年前に中国から日本に伝わり、そこに日本人特有の美意識が加わって今日に至っています。日本人の感性と繊細さによって、中国で生まれた盆栽を独自のものに成熟、完成させました。今日、盆栽は日本が誇るべき代表的文化の一つでもあります。この文化を受け継いで広めていくことが私の使命と考え、この美術館をつくりました。より多くの人たちに日本の盆栽の世界を知っていただきたいと思います。

私はこれまでに、200名以上の国風展入選者を育ててきました。盆栽の創作にも弟子の育成にも情熱が必要です。樹木の形態も人の性格もそれぞれ異なります。弟子の長所を見つけて伸ばし、短所は見ないことです。

今の子ども達は生まれた時から大事に育てられ、成長の過程で、同年代の仲間から学んだり競争したりする機会がありません。ここは技術を教授する場所ではなく、一流の盆栽職人を育てる場所だと思っています。厳しい訓練と試練がなければ職人にはなれません。ところが、今の子ども達には、かつての父子のような徒弟関係を受け入れることができません。それによって学ぶ機会も失われています。

若い人たちには、是非、盆栽に触れて盆栽を通して生命の尊厳を感じてもらいたいと思います。こまめに水やりをしなければ、盆栽は枯れて死んでしまいます。盆栽を育てることで、人に対する思いやりを学び、癒しを感じ、心が豊かになります。花が咲いたり、実を付ければ嬉しいものです。私は、盆栽を育て創作する中で人生観を養い、自身の哲学を打ち立ててきました。盆栽は一つつくるのに20~30年はかかります。ですから、若い人にはぜひ盆栽と触れ合ってほしいです。

人間的魅力で盆栽を世界へ発信

—— 先生はこれまでに30カ国以上で講演や実演を行い、盆栽の魅力を世界に発信してこられました。日本の盆栽には「わびさび」という奥深い美意識があります。多くの異なる国の人々に、どのようにして盆栽の芸術を理解させたのですか。

小林 専門家というのは、複雑な物事を正確にスピーディーに、簡単な言葉で説明できなければなりません。それができないということは、自分が理解していないということです。自分が理解していないことを他の人に理解させることはできないでしょう。

私は、盆栽の奥深さをシンプルに解り易く、ユーモアを交えて話します。気さくにコミュニケーションを図りながら、自らの原則は守り、本質から外れないようにしています。各国で受け入れていただいているのは、そうしたことが要因かと思います。特にヨーロッパでは、人間的な魅力も大切です。それから、常に笑顔でいることですね。笑顔は世界の共通語です。

45年をかけて盆栽の神髄と奥義を感得する

—— 先ほど、盆栽は中国から日本に伝わったというお話がありましたが、中国と日本の盆栽の違いについて教えていただけますか。中国の盆栽は老荘思想を投影して、「天人合一」、「道法自然」を重んじていると考えていますが、先生はどう評価されていますか。

小林 日本の文化をたどれば、全て中国から伝わってきたものです。盆栽は1300年前に中国で生まれ、800年前に日本に伝わりました。日本人特有の美意識によって今日の盆栽に成熟しました。今日の盆栽の普及発展は日本人によってもたらされたものと言えます。しかし、日本の盆栽は造形上、柔軟性に欠けている部分があります。

私は何度も中国を訪問し、多くのものを学びました。当初は私も完璧な三角形の盆栽をつくることにこだわっていました。しかし、それだけを追い求めて何の意味があるでしょう。

盆栽には美しさと力強さがあります。私は線の動きと空間を大事にしています。盆栽から風や雪や雨や大自然の試練を感じる。これこそが盆栽の奥義です。ただの人工美にとどまらないのです。

美しいものは当然、人々に受け入れられ高値が付きます。これまでの作品は、連続して何度も内閣総理大臣賞を受賞しましたが、私は全く満足していません。45年かけて、やっと盆栽の奥義を感得できたような気がします。

中国の盆栽に躍動感や勢いを感じるのは、中国が道家思想発祥の地であることが関係しているのでしょう。日本の盆栽はまだ、見た目の美しさや造形美にとどまり、精神の探求が欠如しているように思います。

取材後記

現在、小林先生の盆栽展示会「匠心之致――小林国雄盆栽芸術及び日本伝統工芸展」が中国北京で盛大に開催されており、大きな話題となっているが、先生自身、新型コロナの影響で北京に行けないことを大変残念がっていた。