荒井 正吾 奈良県知事
日中の相互理解促進のため  奈良の文化財を世界に発信

8月9日午後、千年の古都・奈良を訪問し、奈良県日中友好協会名誉会長の荒井正吾奈良県知事にインタビューした。荒井知事の積極的な推進により、本年9月、奈良県立橿原考古学研究所が中国の清華大学とともに清華大学芸術博物館で共同展示会を開催する。奈良が北京で初めて開催する〈日本古代文化〉の本格的展覧会であるだけでなく、中日国交正常化50周年を迎え、最大の文化交流行事となる。荒井知事に、奈良県と中国との友好交流の歴史、共同展示会開催の背景と経緯、中日文化交流の重要性などについて伺った。

地方政府ならではの国際交流を推進

―― 奈良県は中国の地方都市と海外友好提携を結ぶなど、様々な交流を通して中国との関係を深めています。知事自身、これまで中国で開催されたイベントに参加するなど積極的に交流されていますが、奈良県と中国との交流の重要性をどのように考えていますか。

荒井 古代中国の史書『魏志倭人伝』などには、卑弥呼や邪馬台国に代表される古代日本の様子や、魏との関係が記されています。

また、5世紀の中国南朝の宋帝国の正史『宋書』倭国伝には、日本の大王だった倭の五王(讃・珍・済・興・武)がおよそ一世紀にわたり宋と関係を持っていたとの記述があります。その後、遣隋使、遣唐使の時代になるわけですが、飛鳥時代の600年に聖徳太子が今の奈良県から中国の隋に派遣したのが遣隋使の始まりです。

奈良は中国と二千年の交流の歴史がありますが、中国との交流で日本の礎ができたのは事実です。このことは、現在の奈良県奈良市などにあった平城京への遷都から2010年で1300周年を迎えることを記念して開催された事業「平城遷都1300年記念事業」でも取り上げました。

さらに、隋や唐の都・長安が置かれていた陝西省とは、2011年9月に友好提携を締結し、青少年の交流や文化財保護などの専門分野における技術的な交流、東アジア地方政府会合などを通して友好関係を深め、昨年で10周年の節目の年を迎えました。

国と国との外交関係においては、時に対立が生じ、相手国に対する国民感情が悪化することもありますが、地方政府は、国同士ではできない友好的な関係を続けることができます。また、地方政府間での交流継続により、国同士の関係の安定化が図られる可能性もございます。今後も、両国民の相互理解に寄与するような交流を続けていくことが重要だと考えています。

そして、遣隋使、遣唐使時代の交流の歴史は非常に大きな意味があると心に刻んで、中国とお付き合いさせていただいています。

「日中交流二千年 アジアをつなぐ美と精神」展

「日中交流二千年 アジアをつなぐ美と精神」展 記者発表会(2022年9月1日、奈良市、右から3人目が荒井正吾知事)

 

「奈良の文化財を世界に発信する」

―― 本年9月、日本古代文化の本格的展覧会が北京で開催されます。日中国交正常化50周年記念文化事業として最大規模の展覧会であり、今回、奈良県所蔵の文化財が中国で展示されるわけですが、展覧会開催の背景と経緯について教えてください。

荒井 日本にはもともと神道がありましたが、奈良時代に中国から渡来した思想・宗教の中で、仏教は日本人の気持ちに合うものでしたから、神仏習合という形で仏教は保護されました。その中でそれに関わる文化財を大事にしてきました。

奈良県立橿原考古学研究所が所蔵する考古資料が中国で紹介されるのは、2011年の陝西省に次ぐものですが、今回の展覧会では日中交流というテーマを強く打ち出します。清華大学芸術博物館のご尽力により、中国国内の文物も合わせて展示されます。首都・北京で多くの皆様にご覧いただけることも非常に楽しみです。

なお、「奈良の文化財を世界に発信する」という取り組みは、近年力を入れているところで、2019年1月にはフランス・パリのギメ東洋美術館で、2019年10月にはイギリス・ロンドンの大英博物館で、奈良のお寺に伝わった仏像の展覧会を開催しました。これに続く海外発信事業として、清華大学との友好提携に基づく交流事業の一環として展覧会開催内容の検討を進め、日中国交正常化50周年を迎える今年9月の開催を目指して準備を進めてまいりました。

交流の歴史を発信し

友好の絆を更に深める

―― 今回の展覧会の会場は中国北京の清華大学芸術博物館です。2019年に奈良県と清華大学との間で友好提携が結ばれていますが、これまでどのような取り組みが行われてきたのでしょうか。

荒井 清華大学との包括交流に関する覚書の締結後に、世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大したため、対面での交流はできなかったものの、WEB会議システムを活用し、文化・芸術分野での交流や学生交流等について、実務者レベルで協議を続けてきました。その成果の一つとして、今秋に清華大学芸術博物館での展覧会開催が実現することになり、大変喜ばしく思います。

日中国交正常化50周年の節目の年に、奈良と中国の二千年以上にもわたる交流の歴史を発信することで、中国との友好の絆が更に深まることを期待しています。

この度のコロナ禍でも、日本と中国でお互いに防疫物資を送り合ったりしましたが、「山月異域、風月同天」(住むところが違っても、風月の営みは同じ空の下でつながっている)という言葉に象徴されるように、友好という共通認識を確認し合えたと思っています。

 

交流史の源流を再発見し

両国の相互理解を促す

―― 今回の展覧会では、日本の文化財保護法制定のきっかけとなった、焼損前の法隆寺金堂壁画の実物大復元陶板が中国で初めて展示されます。そして、遣隋使・遣唐使以前の日中交流史の原点を考える展覧会になると期待されています。展示品の特徴と展覧会開催の意義について、また、日中文化交流の重要性についてお聞かせください。

荒井 法隆寺金堂壁画は、古代日本を代表する絵画であるとともに、初唐期の国際様式の影響を色濃く受けており、ユーラシアの東西交流の視点から語ることのできる貴重な文化財です。これが今回の中国出陳で初公開されることとなります。

「物」から「景」を知り、それから文化の「相互理解」を深め、日中間の建設的な関係ができるのだと思います。

また、今年2月に発見50周年を迎えた高松塚古墳壁画の復元品も、描かれた図様8点をひと揃いで中国に出陳します。

そのほか奈良県出土の考古資料や奈良ゆかりの仏教絵画等を含む展示品をご覧いただけば、かつての日本が中国をどのように見て、学び、受け入れ、発展してきたか、ということが分かると思います。  

日本経済新聞の朝刊に小説「ふりさけ見れば」を連載している作家の安部龍太郎氏は、「日本の歴史は中国との交流の歴史をたどらないとわからない」とはっきり述べられています。その通りだと思います。

また、先の日中友好50周年記念のシンポジウムが開催された際に、中国やアメリカの学者の方が口をそろえて話していた、「相互理解が大事である。政治の衝突があっても、相互理解があれば乗り越えられる」という言葉に、非常に勇気づけられました。

今回の展覧会の成果は、日本国内・奈良県内でも周知していきたいと考えており、両国の相互理解を促すきっかけとなることを期待しています。

 

中国が有する知的資源を

奈良県の発展に役立てたい

―― 長引くコロナ禍で日中間の交流はほぼ途絶え、日中国交正常化50周年を記念する機運はあまり高まっていませんが、アフターコロナに向けて、奈良県は今後どのような取り組みをされていきますか。

荒井 コロナ禍の中で実際の交流が少なくなっています。このことは非常にさみしいことです。日本と中国は隣国であり、文化も似ているように思われていますが、実際には違うところが数多くあります。相互理解を深めるためにも、リアルなお付き合いが深まらないと、お互いのことはよく分かりません。

その意味で展覧会は重要な場ですが、今後、コロナ前のように、多くの中国の皆様に奈良県にお越しいただき、本物の奈良を体感していただきたいと考えています。

取材後記

荒井正吾知事は、日中両国の文化交流は二千年以上の交流があり、奈良は遣隋使、遣唐使の出発地だと繰り返し強調した。そして、「私たちは中国文化に対してずっと感謝と敬慕の気持ちを持っています。私がこの展覧会を積極的に推進する理由は、日中両国の観客がこの言葉を発しない文化財から歴史の言葉を読み取り、両国国民の相互理解を促進するためです」と語った。

インタビューの最後に「愚直」と揮毫してくださった。「日中間の地方交流と友好を促進するためにも、このような粘り強さが必要です」と話す知事の真摯な笑顔が印象的だった。