唐詩の再現シーンも 100歳の映画スター伝説

夢枕獏の小説『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を映画化した2017年公開の中国映画『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』は、日中両国で大きな話題となった。

映画では95歳の女優・秦怡が白髪の女官を演じ、元槙の詩『行宮』の一節「白頭の官女在り、閑座して玄宗皇帝を説く」の場面をスクリーンに再現させた。

秦怡は最後の1930年代生まれの女優。80年余りの俳優人生の中で、日本でも知られる『青春の歌』、『女籃5号』など40作品以上の映画やドラマに出演しており、美しく、優雅で、しなやかなイメージである。

1947年、秦怡と中国の俳優・金焔は香港で結婚式を挙げ、郭沫若が結婚の立会人となった。

1982年、秦怡は連続テレビドラマ『上海の屋根の下』で第一回大衆ドラマ金鷹賞優秀女優賞を獲得した。2009年には中国映画金鶏賞の終身功績賞を受賞、2019年には「最も美しい奮闘者」、「人民芸術家」の国家栄誉称号が授与された。

彼女は直腸がんを患ったほか、4回も大病をし、7回の手術を受けたが、94歳のときには自ら映画の脚本を執筆、資金を集め、10年間温め続けた女性科学者の役を演じ、青海省で『青海湖畔』を撮影した。

スクリーンに映し出されるイメージとは異なり、彼女は中年期に夫に先立たれ、晩年には息子を失うという苦難に満ちた人生を送った。夫は1962年から病気で寝たきりとなり、1983年にこの世を去った。

一人息子は精神分裂症と診断され、正常な状態ではなくなり、介護が必要となった。秦怡は夫を送り、息子が2007年に亡くなるまで43年間介護した。息子が亡くなった翌年、四川大地震が発生し、彼女は息子のために貯めた20万元(約383万円)を全て義援金として寄付した。

秦怡は今年1月に100歳の誕生日を迎えたが、5月にこの世を去った。彼女は中国映画百年の歴史の証人であり、開拓者であり、また終生公益事業に関心を注いでいた。これが彼女の長寿の、そして時代の波に流されなかった理由ではないだろうか。