内藤 誠二郎 内藤証券株式会社代表取締役会長
人との信頼関係を基本に中国ビジネスに取り組む

内藤証券株式会社は、「日本からアジア、そして世界の証券会社へ」を企業理念として掲げ、日本の証券会社の中でいち早く上海に事務所を開設した中国投資のパイオニアとして知られている。同社東京オフィスに内藤誠二郎代表取締役会長を訪ね、証券会社の使命と社会責任、日本の証券界の課題、今後の中国ビジネス展開などについて伺った。

日本版SDGsで社会に貢献

―― 人生100年時代と言われていますが、長引く景気低迷に加え、一昨年来のコロナ禍により、日本経済は打撃を受け、社会生活にも影響が出ています。証券界にはどのような影響が出ていますか。

内藤 証券界では逆にプラスの影響が出ているところもあります。

なぜかと言えば、米国株がずっと活況だからです。米国株を扱っている証券会社は結構黒字が多く、日本株しか扱っていない小規模の証券会社の中には、業績が良くない会社もありそうです。

しかし、最近、日本株の取引がまた増えて来ていますので、毎年何期も赤字が続いているような証券会社は今のところあまり無いようです。

このコロナ禍で、対面営業ができないことはお客様も理解しており、営業員もWEB面談や電話でやらなければならないので、営業しにくくなった一面もありますが、現実的にはコロナ前と同じように取引ができています。

―― コロナ禍で取引先企業も様々苦難に直面していると思うのですが、証券会社の使命と社会貢献をどのように考えていますか。

内藤 資本市場という観点から見れば、中国やロシアなども含め、世界中に株式市場はあります。株式会社というのは、資本主義の核になっていて、資本を取り入れる入口として証券市場があるわけですから、無くなることはありません。証券会社は社会的に資本市場を育成する使命を担っていますので、今後も継続していくと思います。

当社の使命は、お客さまの豊かな「暮らしづくり」のパートナーであり続けること、大切な資産を育み、有意義で安心できる人生を支えていくこと、そして、よりよい「社会づくり」に貢献していくことです。

お客様の最善の利益を追求しつつお客様から信頼され、その結果として会社の利益も十分に得られ、社会に貢献できる企業でなければ生き残れません。これは、近江商人が起源といわれ古くからの日本版SDGsとされている、いわゆる「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の考え方であり、現代においては、SDGs に取り組むことと同義であると考えています。

DXを推進しソサエティー5.0を先取り

―― デジタル大国を目指す中国は、AIやビッグデータの活用により、あらゆる領域でDXを進めています。日本の各業界もITの発展でビジネスモデルを転換してきたと思いますが、日本の証券界に求められている課題は何ですか。

内藤 世界の進む方向はDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代です。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の発展、そして5G、そのうち6Gになると思いますが、さらにビッグデータを用いた技術革新により、世の中が百何十年ぶりの第4次産業革命の時代を迎えています。

その先に控えているのはソサエティー5.0[サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)]であり、それに向けて先取りするのが証券界だと考えています。

証券会社自体も、事務の仕事はほとんどシステム化されていくでしょう。営業は対面営業のほか、電話で行うコール取引、それからインターネット取引の三つのチャネルがありますが、機械が勝手に営業してくれるわけではないので、機械だけで行う営業の時代は来ないし、そんな時代はあり得ません。

今、いろんな場面でロボットが人の代行をしてくれています。手作業による仕事がどんどん機械に置き換わっているわけですが、その機械を操作するのはやはり人間です。そうした便利な道具を使いこなす人間が絶対必要なのです。

日本の証券会社として初めて中国株を扱う

―― 「日本からアジア、そして世界の証券会社へ」を企業理念として掲げ、日本の証券会社の中でいち早く上海に事務所を開設した中国投資のパイオニアとして知られていますが、御社の強みについてお聞かせください。

内藤 私は、5年後、10年後、さらにはもっと先にどういう時代を迎え、その時に会社がどう生きていくのかを考え、早過ぎず、遅すぎず、ちょうど良いタイミングでどのような事業を行うのかという経営判断をするのが、経営者の責務だと思っています。

それで、日本で初めて中国政府から「域外代理商資格」を取得し、日本の証券会社としては初めて上海証券取引所に上海B株の直接取引ブースを取得しました。

1993年に初めて中国に行ったのですが、当時、上海にあった取引所というのは昔の古いホテルの宴会場のような場所で三か所くらいに分かれて取引をしていました。

現地の証券会社を訪問したのですが、ガーデンホテル(ホテルオークラ)の向かいの、少し背の高いホテルの隣にある学校の裏門を入って、2階に上がったところが本社でした。余りにも小さくて、これが本社かと驚いたのですが、将来、浦東に建設予定の本社ビルの模型が置いてあったんです。立派な高層ビルの模型でした。こんなのいつ建つんだと思ったのですが、その後本当に建ったのです。

ですから、中国は発展すると実感しました。当時は日本の7分の1ぐらいの経済規模だったのが、今では日本の3倍ですので、およそ20倍以上の規模になったわけです。

当社は上海に続いて、深圳でも株を取り扱うようになり、香港株も含め、事業を拡大してきました。現在、社員数も500人を超す規模に増え、営業収益で見れば、非上場の証券会社の中でトップクラスです。

中国ビジネスの基本は人との信頼関係を築くこと

―― 今後の中国ビジネスの展望についてお聞かせください。

内藤 中国は2030年までに経済規模で米国を抜くと思っています。今、日本は世界第3位の経済大国ですが、すでに中国に抜かれ、次いでドイツに抜かれ、やがてインド、インドネシアに抜かれ、そしてブラジルなどの南米に抜かれていくこともあり得ます。私はこのことを常々話しているのですが、周りの人間はピンと来ていない。日本は島国なので、まさに「井の中の蛙、大海を知らず」です。日本人はどこか増長している感じがします。現状をきちんと受け止め、将来を見通した確かなビジョンを持つことが大事です。

私はアジアの時代が来ていると思っています。中国、日本、韓国にASEANを加えた時代の到来です。ASEANの中でも特に人口1億人以上のインドネシア、フィリピンや、1億人に近づいているベトナムは高度経済成長期に入っています。ですから10年後を見越して、こうしたアジア諸国の株式市場に大いに関与していきたいと考えています。

私自身は中国の証券関係者と個人的な信頼関係にウエートを置いたお付き合いをしてきました。政治的に両国の関係が悪化した場合でも、人間関係まで悪化することはありません。

初めて中国株を取り扱う資格をCSRC(The China Securities Regulatory Commission:中国証券監督管理委員会)に申請しに行ったときに対応してくれた女性の局長が、後に深圳取引所の社長になり、また、上海取引所の理事長やCSRCのナンバー2の方など、中国の多くの証券関係者が当社を訪問してくれています。

また、CSRCで資格を取得したときのトップが後に中国人民銀行(中央銀行)総裁になった周小川氏でした。そうしたご縁もあり、一昨年のコロナ直前には、中国人民銀行の副総裁が外貨管理局の官僚15名を同行して、当社大阪本社を訪問してくださいました。これは中国の本格的な資本市場改革開放のために、日本が本格開放した時のことを学びにやってこられたのだと思います。

いずれにせよ民間交流が中国ビジネスの土台です。中国人と広く、肝胆相照らすように会話をしながら、表面の付き合いだけでなく、お互い理解し合う部分を増やしていくような交流を今後とも続けていきたいと思っています。

また、当社では、営業マンを中心に、中国証券市場の視察旅行を行っています。コロナ禍でここ2年ほど途絶えていますが、また、行けるようになったらどんどん行かせようと考えています。実際に中国の証券会社や企業を訪問して、関係者と交流することで、社員のモチベーションも上がります。ビジネスは人と人との交流が基本だと思います。