日本のノーベル賞科学技術について(その25)~梶田隆章博士~
~ニュートリノの質量を発見し素粒子物理学の定説を覆した~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO

スウェーデン王立科学アカデミーは、2015年10月6日同年のノーベル物理学賞を東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章博士とカナダ・クイーンズ大学のアーサー・マクドナルド博士が受賞すると発表しました。受賞テーマは、「ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノに質量があることを示したこと」です。ニュートリノは物質を構成する基本単位である素粒子の中で、最も謎の多い存在で、1970年代に確立された「標準理論」と呼ばれる素粒子物理学の基本法則では、その質量はゼロとされてきましたが、この定説を覆したのが梶田博士でした。

ニュートリノは電子型、ミュー型、タウ型の3種類があり、飛行中に別のタイプに変身する不思議な性質があり、「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象で、これを確認すればニュートリノに質量があることの証拠になります。というのは、質量がゼロならば、光速で移動するために時間が進みませんが、変化するということは時間が進んでいること、すなわち、光速ではなく質量が存在するということになるからです。梶田博士は、2002年にノーベル賞を受けた小柴昌俊博士の下で、岐阜県飛騨市神岡町の地下にある観測施設「カミオカンデ」の観測データを解析し、宇宙線が大気中の原子核と衝突して生まれる「大気ニュートリノ」でミュー型が理論予想より少ない異変を1986年に見つけました。その後大型のスーパーカミオカンデを用いた観測で、この異変が振動現象であることを実験で突き止め、1998 年に国際学会で発表したのでした。同時受賞のカナダ・クイーンズ大のアーサー・マクドナルド名誉教授は、自身のカナダでの観測結果と、スーパーカミオカンデのデータを合わせて、「太陽ニュートリノ」の振動現象を2001年に発見しました。

梶田博士の発見は、標準理論を超える新たな理論の構築の必要性を提示しました。というのは、ニュートリノの質量は、17種類ある素粒子の中でも著しく小さな値で、同じ素粒子でもなぜ質量が大きく違うのかを説明する新理論が必要になるからです。

ニュートリノは、宇宙の謎を解く上でも鍵を握っています。138億年前に宇宙が誕生し、物質が同時に生まれました。物質の根源となる素粒子の性質が分かれば、宇宙の謎を解明できます。宇宙誕生時には物質を作る粒子と、電気的性質が反対の「反粒子」が同じ数だけ存在しましたが、「粒子」だけが残って現在の宇宙が出来上がっています。この対称性の破れについては、2008年にノーベル賞を受けた小林誠、益川敏英両氏の理論によって、素粒子の一種であるクォークについては説明されましたが、宇宙を今も満たすニュートリノについては分かっていないのですが、その謎を解く鍵が得られたといえます。写真は、梶田博士に筆者(左側)が対談番組でニュートリノ振動発見の考え方を聞いているところです。

 

藤原 

<Profile>

1954年、福岡県生まれ。京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒。日本アイ・ビー・エム株式会社、日立エンジニアリング株式会社、株式会社アスキー等を経て、株式会社インターネット総合研究所等を設立し、現職。96年、東京大学より工学博士号を取得。現在、SBI大学院大学副学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。