日本のノーベル賞科学技術について(その21)~山中伸弥博士~
~あらゆる細胞を初期化できる万能細胞=iPS細胞を創り出した!~~臨床医として基礎医学研究者としての挫折からの新発想~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO

スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2012年10月8日ノーベル生理学・医学賞を、生物のあらゆる細胞に成長できて再生医療の実現につながるiPS細胞を初めて作製した京都大学教授の山中伸弥iPS細胞研究所長(50)と、ジョン・ガードン英ケンブリッジ大名誉教授(79)の2人に贈ると発表しました。iPS(induced pluripotent stem cell)細胞とは、人間の皮膚などの体細胞に、極少数の因子を導入し培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力と増殖能力をもつ人工多能性幹細胞のことです。

私との出逢いは、2012年10月上旬でノーベル賞発表1週間前の京大財界人同窓会の鼎会の会合でした。そろそろ受賞では?と話しかけたところ、私などまだまだですととても謙虚に答えられていたのが印象的でした。その1週間後、受賞のニュースが流れました。その後、2015年2月15日京大松本紘前総長の退官記念パーティ、スウェーデン大使館での2015年11月30日の日本人ノーベル賞受賞記念パーティなどでお会いしました。

医学研究では治療実績が重視されますが、山中博士は、iPS細胞の作製後6年でのノーベル賞で、授賞理由は、「細胞や器官の進化に関する我々の理解に革命を起こした」ことです。

山中教授は、2006年に世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞を作製し、iPS細胞は受精卵のように体のどんな部分にも再び育ち、皮膚などに変化した細胞が、生まれた頃に逆戻りするという発見で、生物学の常識を完全に覆しました。細胞の時間を戻せることを示した「初期化(リプログラミング)」と呼ぶ研究成果は「まるでタイムマシン」と世界を驚かせたのでした。生命の萌芽とされる受精卵を壊して作るES細胞と違い、倫理面の問題からも特に欧米社会で高く評価されました。ES細胞(胚性幹細胞、embryonic stem cells)は、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞細胞株のこと。

初期化の実現の可能性を最初に示したのは、同時受賞のジョン・ガードン博士で、1962年、オタマジャクシの腸の細胞から取り出した核を、あらかじめ核を除いたカエルの卵に移植し、受精卵と同じようにオタマジャクシが生まれました。腸に育った細胞でも、全ての細胞に変化できることを示しました。

山中教授による研究成果の発表以降、世界中の研究者がiPS細胞研究に参入、再生医療の研究競争が激化。サルの実験ですが、iPS細胞が脊髄損傷や脳疾患のパーキンソン病の治療成果も報告されています。

山中博士は、整形外科医の道に挫折、そこで基礎医学の道へ進みますが、そこでも挫折。特に米国での3年間の留学後の短期的な成果を求める日本で挫折、そこで奈良先端大の助教授での公募で、誰も信じなかった「細胞の初期化の研究」で応募し、何とか採用され3人の大学院生が、来てくれて実験を繰り返し、受精卵ではなく、通常細胞に4つの因子を注入することでiPS細胞の作製に成功したのでした。

藤原  洋
<Profile>
1954年、福岡県生まれ。京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒。日本アイ・ビー・エム株式会社、日立エンジニアリング株式会社、株式会社アスキー等を経て、株式会社インターネット総合研究所等を設立し、現職。96年、東京大学より工学博士号を取得。現在、SBI大学院大学副学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。