日本のノーベル賞科学技術について(その11)「自然界における対称性の破れ」
~2008年ノーベル物理学賞=南部陽一郎博士・小林誠博士、益川敏英博士~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO

2008年は、私にとってインターネットベンチャー企業創業12年、日本のインターネットを学術研究の立場で切り拓いてきた慶應義塾の創立150年記念に敬意を表し、藤原洋記念ホールを寄贈させて頂いた年でした。そんな思い出深い年の秋、ビッグニュースが、飛び込んできました。ノーベル物理学賞を南部陽一郎博士(シカゴ大学)、益川敏英博士(京大名誉教授)、小林誠博士(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)とノーベル化学賞を下村脩(おさむ)博士の合計4人の日本人に授与するというものでした。

特にこの物理学賞で、「日本の学問の近代化」が始まって150年、日本は、本当の意味で欧米と肩を並べる先進国になったのだと思いました。スポット的な研究業績ではなく、世界中の多くの物理学者による英知に基づく議論、仮説と検証、巨大加速器による実験を経て到達した自然科学の最高峰の理論で、物質や人間が何故存在するのか?という哲学的な問題への重要な示唆を与えるものです。「数学の美しさは、対称性にある」とすれば、「数学の美しさ」を駆使することで、3人の日本人理論物理学者が出した結論は、「自然の対称性は、破れている」というものだったのです。各氏の受賞理由は、南部博士「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見」、小林博士と益川博士(共同研究)が「クォークが自然界に少なくとも三世代以上あることを予言する、対称性の破れの起源の発見」で、素粒子物理学における「対称性の破れ」を扱い、現在の素粒子物理学の理論的基盤を創った研究です。南部博士は、多くの物理法則について成り立つ空間的・時間的対称性は、仮定にすぎないと捉え、素粒子物理学の世界では、対称性が破れることで物質が質量を有する理論を展開しました。一方、小林博士と益川博士による同年の論文「CP対称性の破れ」は、約138億年前のビッグバンで宇宙が誕生した際に生成されたとする物質と反物質の間に非対称性があるという考え方です。CP対称性のCは電荷共役(charge conjugation)変換(粒子と反粒子を入れ替える変換)、Pはパリティ(Parity)変換(空間反転させる変換)の意味です。物質と反物質の間に対称性があり、宇宙誕生時に物質を構成する粒子と反物質を構成する反粒子が同数生成されたとすると、粒子と反粒子が出会い対消滅して、現在の宇宙に物質が存在することが否定されます。「CP対称性の破れ」とは、粒子と反粒子の間にわずかな差異があり、反粒子よりも粒子の方が100億個に1個の割合で多いために現在の宇宙が存在する、ひいては、私たちが存在するという根拠を与えています。

藤原 

<Profile>

1954年、福岡県生まれ。京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒。日本アイ・ビー・エム株式会社、日立エンジニアリング株式会社、株式会社アスキー等を経て、株式会社インターネット総合研究所等を設立し、現職。96年、東京大学より工学博士号を取得。現在、SBI大学院大学副学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。