日本のノーベル賞科学技術について(その10)~田中耕一さん~
~「権威ではなく一番初め」で選ばれた2002年ノーベル化学賞~ ~不可能だったタンパク質の質量分析を可能にした日本人!~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO


左が田中耕一氏

2002年10月9日のニュースで、田中耕一さん(1959年)のソフトレーザーによる質量分析器の発明に関するノーベル化学賞は、「意外性のある受賞」で、東北大学工学部卒で博士号を取得せず、実践的に質量分析器の開発に注力してきたことへの「権威ではなく一番初め」という理由で選ばれたのでした。

田中さんは、クルト・ヴュートリッヒ博士(1938年~、スイスの化学者)、ジョン・フェン博士(米分析化学者、1917年- 2010年)との共同受賞として、2002年ノーベル化学賞を受賞しました。 質量分析法は、医薬品や環境ホルモンをはじめ多くの生理活性物質の測定に広く利用されますが、試料を気化させ、イオン化させることが不可欠です。しかし、分子量で言えば約1,000以下の低分子化合物で、気化しやすい物質のみが測定対象でしかありませんでした。水に溶けやすい物質、熱的に不安定物質の測定は不可能で、分子量が何万、何十万というタンパク質を測定するのは全く不可能だと考えられていました。

人間は、約60兆個の細胞からでき、細胞は主にタンパク質からできており、脳、神経、臓器を作り、それらが働くときに重要な役割を担いますが、約10万種類のタンパク質があり、それぞれが固有の質量を持ちます。田中さんは、この問題を根本的に解決する「マトリックス支援レーザー脱離イオン化法」(MALDI)と呼ぶ新しいイオン化法を考案しました。レーザー光を吸収しやすい化合物(マトリックスと総称)中に微量の他の試料(化合物)を加えると、試料の気化が高効率に起こり、この結果、分子量300,000の蛋白質を気化させ、質量分析により測定することが可能になったのでした。このように田中さんが発明したイオン化法MALDIは、これまで不可能とされてきたタンパク質をはじめとする高分子化合物の質量分析を可能にし、生命科学研究の大きな発展をもたらしたのでした。

田中さんとは、2014年11月21日にスウェーデン大使館で初めてお会いし歓談させて頂きました。ご出身の富山県の観光大使もされているとのことで、富山への旅の勧め等のお話をさせて頂きました。あまり、マスコミに露出するのは好きではない、控え目で実直なエンジニアという印象を受けましたが、著書『生涯最高の失敗 (朝日選書)』(2003年9月刊)の中に、「・・・しかし、よく考えると、これは普通誰もが持っている性質ばかりではないか・・・独創性は、天才だけの特別なものではなく、誰にでもある・・・」と述べられており、全てのエンジニアの心に響くメッセージが書かれていると思いました。(つづく)

藤原  洋

<Profile>

1954年、福岡県生まれ。京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒。日本アイ・ビー・エム株式会社、日立エンジニアリング株式会社、株式会社アスキー等を経て、株式会社インターネット総合研究所等を設立し、現職。96年、東京大学より工学博士号を取得。現在、SBI大学院大学副学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。