日本のノーベル賞科学技術について(その8) ~野依良治博士~
~ノーベル賞開設100周年の2001年ノーベル化学賞~ ~左手・右手型の有機物質を自由に作る触媒BINAPを開発した日本人!~ ~香料・人工甘味料・医薬品に適用可能な画期的合成法を発明!~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO

2001年10月10日深夜、前年の白川英樹博士に続いて、野依良治名古屋大学教授がノーベル化学賞受賞のニュースが飛び込んできました。ウィリアム・ノーレス博士(米国、当時モンサント社、1917~2012年)とバリー・シャープレス博士(米国、スクリプト研究所、1941年~)との共同受賞で、受賞理由は、「不斉合成法」(キラル〔鏡像が非対称〕な物質を作り分けること)ということでした。特に、野依博士が中心となって1983年に開発されたBINAPという触媒を用いた、不斉合成法によるL-メントール(ハッカの香料)製造方法は、様々な工業製品に適用可能な画期的な合成法でした。

10年後、野依博士は、理化学研究所の理事長を務められ、理化学研究所事務アドバイザリーカウンシル(経営面)委員を委嘱され、じっくりとお話する機会ができました。これは、従来の研究アドバイザリーカウンシル(RAC)と異なり、理事長が主導する経営改革諮問委員会ですが、政府予算だけでなく、産業界との連携と新たな広報戦略についてのアドバイスをすることを目的としていました。野依博士は、ご自身の研究者としてのご経験から、「産業界に役立つ理研」を目指しておられる熱意を感じました。

http://www.riken.jp/~/media/riken/about/reports/evaluation/raac/raac2011-report-j.pdf

野依博士の研究は「左右が区別できる物質を使って化学反応を調べる」という着想から始まりました。左右が区別できる物質とは、左右が非対称で、互いに鏡像の関係にあります。タンパク質の材料となるアミノ酸は、すべて左手形です。野依博士の仮説は、左右が区別できる物質かどうかでした。右手形と左手形の物質の量に差がでてくるはずですが、半分ずつできれば、仮説は、正しくないことになりますが、実験結果は、10%ではあるが右手形と左手形に差があるというものでした。同仮説のユニークさで、京大から出て、29歳という若さで名古屋大学理学部の助教授、更にハーバード大学への留学、4年後には教授に昇進し、がむしゃらに研究を続けました。そしてついに、「BINAP(バイナップ)」という左右の物質を自由に作り分けることのできる触媒を完成させたのでした。

触媒は、自分は変化せず、右手形のBINAPを使えば右手形の物質だけが作り出されますが、ここで、人と人の握手に例えると、右手を差し出せば、右手を差し出さないと握手ができません。差し出された右手は「右形のBINAP」。自分の右手は作り出したい物質の反応前の姿というのが野依博士の着想でした。他の物質と反応することで、目的物質になります。このBINAPを用いた左右のつくり分け反応を、「不斉合成反応」と呼びます。現在、化学工業製品のさまざまなところで野依博士の発見・発明が使われています。ハッカ香料として有名な、L-メントール、人工甘味料のアスパルテーム、その他抗生物質などです。医薬品の分野での貢献は、顕著で、副作用をもたら可能性がなくなり、安全性が飛躍的に高まりました。

 

藤原  洋
<Profile>

1954年、福岡県生まれ。京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒。日本アイ・ビー・エム株式会社、日立エンジニアリング株式会社、株式会社アスキー等を経て、株式会社インターネット総合研究所等を設立し、現職。96年、東京大学より工学博士号を取得。現在、SBI大学院大学副学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。