〈新連載〉 北京紀行(その1)
~北京大学と人民日報との交流から見た現代中国(はじめに)~
藤原洋 株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEO

私の2つの著作に注目してくれた『人民日報海外版』副編集長の劉曼軍(Liu Manjun)氏(左)と筆者

 

このたび2年ぶりに北京を訪問してきました。前回は、中国企業とのビジネスの打合せで限定的な目的でした。昨年9月11日の日中関係悪化直後に、大連で
の日中ITシンポジウムの講演に出かけましたが、どこか重苦しい雰囲気が漂っていたように思えました。

あれから1年余り、両国の政権交代等もあり、アジアを二分する二大経済大国である日本と中国を含めて、21世紀の世界がこれまでと全く違う新しい道へ向って動き出しているように思えます。

今回は、「中国アカデミアを代表する北京大学」と「中国メディアを代表する人民日報本社」を訪れる機会を得ましたので、「北京大学と人民日報との交流から見た現代中国」についてご報告させて頂きます。

私が初めて中国本土を訪れたのは21世紀直前の2000年です。その後、2度にわたって民間シンクタンク主催の訪中IT調査団の副団長を務め(団長:当時NTTドコモ大星公二会長)、訪れるたびに、中国の目覚ましい経済発展を見てきました。

その後、GDPで日本を抜いて世界第2位となり、対日本貿易の輸出入統計でついに中国はアメリカを抜いて1位となりました。今春訪ねた英マンチェスターで始まった産業革命以来、世界は科学技術に基づく産業革命を原動力とする経済発展を始めました。

その意味において、19世紀は欧州の世紀、20世紀は米国の世紀、そして紛れもなく21世紀はアジアの世紀となることでしょう。その歴史的意味において日米関係と同時に、日中関係は最も重要な国際関係の1つであると言えます。

昨年の9月11日以来、何となくギクシャクしている両国関係ですが、両国が目指すべきものは「反日か親日か」「反中か親中か」「勝つか負けるか」ではなく、両国が、相互に「知日と知中」となり、アジアの二大経済大国としての自覚を持ち、協力して、「21世紀はアジアの世紀」創りに貢献することだと思います。

そういう私も中国を理解しているとは言えません。そこで、機会があるごとに中国を知り、日本を知ってもらおうと心がけてきました。今回は、私の著わした『科学技術と企業家の精神』(2009年岩波書店刊)と『第4の産業革命』(2010年朝日新聞出版刊)が、中国最大メディア人民日報の海外版日本月刊を通じて、北京大学(これまでの私の付き合いのあった理工系とは異なり、主として歴史学部門・経済学部門)と人民日報本社に紹介されたことから、講義とインタビューを目的として、北京大学と人民日報本社を訪問することとなりました。

とはいうものの、私の著書に関心を持ってもらったことは有難いのですが、両国がギクシャクしている時に中国のアカデミアとメディアの中枢を訪問することは、正直緊張しました。

でも、欧米の植民地主義全盛期に黒船来航を契機に、尊王攘夷論が大きな力をふるっていた時代に欧米と良好な関係を築き、国立大学が未整備な時代に学問の交流を行い、各々、慶應義塾と同志社を創立し、多くの優れた国際人材を育成した、福沢諭吉や新島襄の勇気と実行力に思わず想いを馳せてしまいました。

このような偉大な先人の貢献によって、明治維新の際、日本は欧米と争うことなく、学術交流を行い、その結果、欧米からの技術導入によって産業創出を行うことができたと思います。

今回、北京大学の歴史学者や人民日報の記者と議論しましたが、日本の賢人たちの役割を高く評価していました。対照的だったのは、清王朝の政策の失敗で、英仏連合軍と戦うこととなり、その後、中国は欧米列強からの干渉を受けることとなってしまったとのことです。

とにかく4000年以上の歴史を持つ中国は、全盛期の唐の時代には、世界のGDPの40%を占めていたとも言われますが、現代中国の指導者たちは、産業革命以降の国家運営においては日本を高く評価しており、中国は多くの過ちを犯してきたと考えているように思えます。

今回の訪中を通じて多くの方々と議論し、欧米から1世紀以上遅れて封建社会の終焉=清王朝の滅亡後、「五四運動」に始まる中国の現代化は、中国独自のものであると同時に、この現代化のプロセスを理解せずして現代中国を理解することはできないという新たな認識に達しました。

今後、本シリーズで、私は、企業家と科学技術に関わる研究者の立場に立って、このたび北京大学の研究者と中国を代表するメディアである人民日報の人々との交流から見た「現代中国」について、何回かに分けてご報告させて頂きます。

最近街角で多く見かけられる中国国民向けのスローガン集です。これは、現代中国の最高指導者、習近平氏(1953年生まれ。2012年より第5代中国共産党中央委員会総書記、第6代中国共産党中央軍事委員会主席、2013年より第7代中華人民共和国主席)が就任後掲げたものですが、このようなスローガンを掲げた総書記は初めてとのことです。中身を見ると、とても興味深い現代中国の世相が反映されているように思えます。「祖国」「中国梦」(ゆめ)「春」「前進」「金龍」といった愛国心を喚起する一方、役人の腐敗や民間企業の不正が増えているためか「孝道」「善良」「倹」(倹約)「勤労」「忠厚」といった倫理観を強調する標語が目につきます。鄧小平改革後の市場経済導入による急速な経済発展は、計画経済時代と異なり、汚職や経済犯罪が目立つようになり、習近平体制では本気でこの倫理問題に対策するために国民的スローガンの大きな部分を占めているように思えます。