フランコ・ミラノヴィッチ著『資本主義だけ残った=世界を制するシステムの未来』
米中はともに「資本主義」―勝つのはどちら?

タイトルを一瞥して、旧来の資本主義の勝利を称揚する本と見るのは大間違い。グローバル化した資本主義が、人々のモラルを欠いた「強欲」によって格差を拡大させるメカニズムであることを豊富な実例や統計を提示しつつ喝破。同時に、著者は「資本主義対社会主義」というイデオロギー対立が消滅し、米国が導く「リベラル能力資本主義」と中国に代表される「政治的資本主義」の二つの資本主義が激しく対立していると主張する。国家社会主義を標榜する中国も、米国などと同様、グローバル化した資本主義の光と影を体現しているという。

第二次世界大戦後に先進各国では、(1)交渉力の強い労働組合、(2)累進性の高い税負担、(3)政府による大規模な所得移転―など修正資本主義的な政策が採用され、所得と不平等の縮小に繋がったが、グローバル化とともに機能しなくなり、格差は急拡大した。この見方は、冷戦終結後の世界各国で資本への分配率が次第に上昇し、並行して所得格差が拡大した実態を明らかにしたトマ・ピケティの『21世紀の資本』(2014年刊)とも共通する。

不平等の拡大をもたらしたのは、西側先進諸国だけではない。無視できないのが中国など新興国の台頭である。著者は「アジアの歴史的な変化を中国が主導していることは疑いようもない。資本主義が世界で支配的地位にのぼりつめたのとは違って、これまでの歴史に先例が見つかる。ユーラシア大陸の経済活動の分布を、産業革命以前の状態に巻き戻すものだ」と長い歴史を紐解きながら解説する。欧米と中国・アジアは総じて世界・人口の70%を占め、世界の生産高の80%を担い、貿易、投資、人の移動、技術移転、発想の交流を通じて切れ目なく接触している。

著者は「欧米が豊かになることで世界の不平等の拡大に繋がったが、地理的な再均衡化により、欧米の軍事的、政治的、経済的優越は終わりつつあると」と指摘。「アジアが豊かになることで最終的にはユーラシア大陸全体と北アメリカ全土で所得水準が近づき、世界の不平等が縮小する」と見る。

その上で「中国が経済的に成功したことは、資本主義の発展とリベラルな民主主義には必然的な繋がりがあるとの欧米の主張を危うくするものであり、欧米諸国でも、ポピュリストや金権政治がリベラルな民主主義に挑戦を突きつけ、この主張を脅かしている」と分析。「アジアが経済的に成功したことで、そのモデルは他国にとって魅力的に見え、最善のモデルとなる」と予想するが、「リベラル資本主義と政治的資本主義は政治、経済、社会の領域で大きく異なっており、どちらかのシステムが世界全体を支配することはなさそうだ」と見ている。

本書は二つの資本主義がはらむ、不平等の拡大と腐敗の進行という病弊の根本原因を喝破し、欧米の社会科学界を震撼させたベストセラーの和訳。米中対立のはざまで揺れる日本人にとっても必読の書と言える。

フランコ・ミラノヴィッチ著、西川美樹訳『資本主義だけ残った=世界を制するシステムの未来』(みすず書房刊、3960円)

<評者プロフィール>

1971年時事通信社入社。ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。Record China社長・主筆を経て現在同社相談役・主筆、人民日報海外版日本月刊顧問。日中経済文化促進会会長。東京都日中友好協会特任顧問。著著に「中国危機―巨大化するチャイナリスクに備えよ」など。