<米中覇権争い>
中国は「持久戦」で反転攻勢へ
“トランプ奇策”で米国の衰退が加速(2)


上海市浦東の高層ビル街

米企業からも「戦争の終結」を求める声

トランプ政権の中国への高関税は米国経済に悪影響を及ぼしている。中国の対米輸出の金額には中国へ進出している米企業が製造したモノも含まれ、17年の中国貿易黒字の57%は米系など外資企業が稼いでいた。トランプ政権による対中高関税は中国で生産して米国へ輸出する米国企業に大きなダメージを与える。

実際、貿易戦争によってダメージを受けている米国内企業からも「戦争の終結」を求めるような声が上がっている。グーグルやインテル、クアルコムなど米企業7社の経営トップは7月22日、ホワイトハウスを訪れトランプ大統領と面会した。中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への制裁を巡り、商務省が個別に出す同社への輸出許可について適切な時期に決断するようトランプ氏に直談判し、同氏も有力スポンサー企業のクレームを受け入れざるを得なかった。

戦後の経済秩序を主導しグローバル経済を広めた米国が「自国第一」の殻に閉じこもり、米国内外で軋轢を生んでいる。米有力大学教授は「“トランプ失政”と言え、米経済の衰退を加速する」と懸念している。

中国の底力を見誤った?

こうした声が上がるのはひとえに、今後の中国の「成長の余白」があまりにも大きいからだろう。ドイツの時事週刊誌『Focus』の6月18日号はドイツの中国問題専門家へのインタビューで、「ヨーロッパはこれまで米国の力を買いかぶり、中国の底力を見誤った」とし、ヨーロッパは時勢に応じて臨機応変に対応しなければならないと提言した。

オーストラリアのシンクタンクLowy Instituteが5月に発表した2019年版「アジアの実力指数」は、米中日ロなど25カ国に対して8分野に分けて指数をつけて調査した結果、100点満点で、米国は「軍事力」「回復力」「文化的影響力」など4項目でリードし、総合得点が84.5で一位であるのに対し、中国は「経済力」「未来性」「外交的影響力」など4項目で一位を占め、総合得点は75.9で二位になり、前の数年間に比べ、急速に追い上げている。

貿易戦争で中国経済が「深刻な打撃」を受け、外資が逃げ出しているとの報道が目立つが、中国商務省によると、今年1月から5月までの中国の外資受け入れ(実行ベース)総額は3691億元に達し、昨年同期比6.8%の伸び(昨年同期は前年比5.5%増)となった。

7月2日付ワシントンポスト紙に、100人の代表的米国人学者、元高官などによる大統領への書簡が掲載され、米国社会に大きな衝撃を与えた。その骨子は、(1)現行の対中政策は方向も手段も間違っている、(2)中国は経済・安全保障上の脅威ではなく、中国国内も一枚岩ではない、(3)中国を孤立させるやり方は中国の改革派を弱体化する、(4)中国が世界的な軍事強国になるにはハードルが高い、(5)中国は国際秩序の転覆を考えていないーなど。トランプ政権へ痛烈な批判が突き付けられた。

中国側は、こうした状況を冷徹に分析し、自国の方針に役立てている。筆者の取材によると、中国政府の基本方針は、(1)首脳会談の暫定的合意を受けて決定的な対決を回避し、より長期的な安定的発展期間を勝ち取る、(2)レッドライン、デッドラインを設けて原則は譲らないことを示す、(3)一段と改革開放を推進する、(4)今後もいろいろと仕掛けられる「陰謀」やトリックを見破り、米国との競争や対抗の長期性、複雑性を覚悟すべきだーというものだ。ファーウェイ排除の包囲網が世界各国で広がっていないことも見透かしている。

庶民レベルでは「米中摩擦」は感じられず

筆者はこの半年間に3回にわたって中国各地を取材したが、その活力たるや凄まじいものがあった。たとえば、中国東北地方は中心都市・瀋陽の目抜き通りは超高層ビルが林立し、繁華街の中街路は華やかで、人々の表情は皆明るい。このような地方都市でも欧米系ブランドショップやアメリカ人で溢れ、庶民レベルでは「米中摩擦」は全く感じられなかった。

東北部の重工業は中国経済を引っ張ってきたが、改革開放で急速に発展した上海などの沿海部に後れをとった。しかし現在では再びこの地域の経済活性化が見込まれている。地元のシンクタンク幹部は「今、中国政府は再び、この地域の振興策に力を入れ始めている」と説明した。

北京市北西部の中関村地区は、北京大学や清華大学などに近く、IT関係の企業が集積している。起業を目指す若者らが集まる「創業カフェ」や、ベンチャー企業に投資するファンドなどが集まる。スマートフォンのアプリ開発など、元手が少なくてもアイデア次第で稼げる分野に人気が集中していた。

こうした都市の様子を目の当たりにすると、人工知能(AI)やロボット、フィンテック(金融技術)、医療ヘルスケアなど世界的に注目を集める次世代産業における中国の存在感を強く印象づけられる。フォーチュンが毎年発表している世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」の2019年版にランクインした企業数で、中国が初めて米国を抜いた。19年版で「500強」入りした企業数は、中国が129社、米国は121社だった。

米国は現在の覇権を支えるドルや輸出入管理を武器に新冷戦を仕掛けるが、21世紀の「ブロック経済」はデータ流通競争の様相を呈し、過激な手段をとると、従わない国が増え米国陣営が孤立し、覇権が衰退するリスクもある。米国が技術流出防止を目的に、留学生の制限や研究開発への過剰な規制を強行すると米国の優位性を減殺してしまう。

中国型「グローバル経済」支持も

世界の覇権国家として長らく君臨してきた米国は、常に「ナンバー1」の座確保が“国是”であり、「ナンバー2」国家を“排除”してきた。かつての標的はソ連の軍事力であり、日本の経済力だったが、これらライバル国をことごとく退けた。今は台頭する中国をターゲットとしているが、その「経済・人口パワー」に手を焼いているのが実情だ。

このまま米中の対立が激化すれば、世界が二極に分断される恐れもある。その場合、米国が主張する「政治的安全保障」より消費大国・中国を中心とした「グローバル経済」支持に多くの国が傾く可能性もある。

対立が続く米中だが、貿易・投資・サプライチェーン網が張りめぐらされ、相互依存関係にあり、互いの経済界がブロック化を強く懸念している。日本の役割は重要である。最大の同盟国である米国と最大の貿易相手国である中国の間で橋渡し役を担うべきだろう。

八牧 浩行

1971年時事通信社入社。ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。Record China社長・主筆を経て現在同社相談役・主筆、人民日報海外版日本月刊顧問。日中経済文化促進会会長。東京都日中友好協会特任顧問。著著に「中国危機―巨大化するチャイナリスクに備えよ」など。