<米中覇権争い>
米国は“市場の逆襲”浴び譲歩中国は“持久戦”で反転攻勢へ(1)


上海の目抜き通りで輝く「愛国」スローガン

米中の対立は次代の経済覇権争いの様相を呈し、追加関税をめぐり両国の応酬が続く。米国が攻勢をかけ、中国が防戦一方との図式が流布されがちだが、実際に中国を取材し、米国の実情を探ると様相は異なる。

「愛国」「自力更生」のスローガン

今年7月3日、上海の中心街にあるシティホテルでの出来事。いつも常備されている使い捨て歯ブラシが見当たらない。用意がなかったので、フロントにただすと「使い捨てのカミソリも含め無料で提供できなくなった」という。聞けば上海は他の都市に先駆け、「ゴミ分別」などを義務付ける生活ごみ管理条例が7月1日から施行されたばかりで、市内すべてのホテルの常備サニタリー品も対象になったと明かした。

条例では、生活ごみを、「生ごみ」、ペットボトルや瓶などの「リサイクル品」、使用済み電池などの「有害ごみ」、その他の「乾燥ごみ」の4つに分別した上で、毎日朝晩の決まった時間に設置された専用のごみ箱に捨てることを市民に義務づけた。「環境保護社会」を目指す国家的な運動の一環である。

しかしこれを単純な「環境保護」と考えるべきではない、と筆者は思う。こうした運動には、米国との対抗上、先進国としての地位を高めることや、環境保護を通して国民を一致団結させる側面もあるようなのだ。中国の街を歩いて回ると、「愛国」「自力更生」のスローガンがあふれている。上海の目抜き通りにも、「愛国」の2文字が赤く輝いていた。中国は米国の弱みと焦りを徹底的に研究し、長期的な戦略の下、持久戦に持ち込む構えだ。

トランプ大統領は事実上今年秋から始まる次期大統領選挙の勝利が最大の目標。3年前の大統領選で対中強硬路線を打ち出した経緯もあり、途中で引き下がるわけにいかない。「為替操作国認定」も公約に掲げられおり、これを遵守した格好だ。

8月1日にトランプ大統領が中国への制裁関税「第4弾」の発動を表明したことで、ニューヨークのダウ平均株価は767ドルあまり値を下げ、今年最大の下げ幅となった。その後も続落基調が続いた。同13日、トランプ氏が「対中10%の第四弾追加関税発動を、一部の品目に限り、10月15日まで延期する」と発言。大統領選挙勝利を至上命題とするトランプ大統領は、最大の商機、クリスマス商戦を前に課税を事実上延期せざるを得なかった。

大統領選勝利が至上命題初めて「副作用」認める

トランプ米政権が発動を先送りした対象品目リストはスマートフォンや玩具、靴など年末のクリスマス商戦の目玉商品を網羅した。米国内総生産(GDP)の7割を占める個人消費への影響を抑えたいトランプ大統領の思惑が反映された。トランプ氏は記者団に一部製品の関税を延期する理由を「クリスマス商戦のためにやる。万が一、米国の消費者に影響が及ぶことを考慮した」と説明した。これまで関税上げは米国に悪影響を及ぼさないとの一点張りだったが、初めてその副作用を認めたものだ。「一部の品目」といっても、実際は3,000憶ドル分(約32兆円)のうち金額ベースで大半の品目が対象となるという。

まさに朝令暮改、米株価は直後に反発したものの、14日に前日比800ドル安と今年最大の下げ幅を記録。さらに8月下旬に米中による関税引き上げ応酬合戦の様相を呈したため米市場をはじめ世界の金融市場が大混乱に陥った。トランプ大統領は連邦準備制度理事会(FRB)に圧力をかけ、利下げへ転換させたが、世界的なサプライチェーン(産業連関)切断というインパクトを前に大きな効果を発揮していない。

株価が急落した局面で米政権が中国への強硬姿勢を和らげ、投資家心理が好転する―。このパターンはこれまでに何度も起きたことだ。昨年秋以降の米市場を発端とする世界的なマーケットの急落時には、12月のブエノスアイレス首脳会談での合意にこぎつけた。6月の大阪サミット時の首脳会談と同様米国から持ち掛けたもので、焦りの裏返しである。

市場の変調や経済界の反発と並んでトランプ氏にとって頭が痛いのは、有力な支持層である農業関係者の反抗。中国の報復措置で大豆など米国産農産物の対中輸出が制限され、価格が下落、農業関連企業の倒産も出始めた。

米経済減速予兆も焦り誘う

米経済の先行きに不透明感が増していることも大きく影響する。4~6月期のGDPは輸出が3四半期ぶりにマイナスに転落し、米製造業の景況感指数は7月に2年11カ月ぶりの低水準となった。7月の鉱工業生産指数は109・2となり、前月比0・2%低下した。金融市場も米景気後退の可能性を警告、10年債と2年債で景気後退の予兆とされる米長短金利差の逆転が起きた。企業収益や個人消費への影響が避けられない。

一方で中国は10月1日には国慶節を迎える。今年は特に建国70周年記念の年である。米政府が中国製品に10%の追加関税をかける方針を公表したことに対し、「中国は必要な対抗措置を取らざるをえない」とする声明を発表。「アルゼンチンや大阪での米中首脳会談の共通認識に著しく違反している」と批判した。トランプ米政権は一部商品への課税を先送りする方針を決めたが、中国は対抗措置を取る方針に変わりがない点を強調したものだ。

米国際問題誌『The National Interest』は「関税戦争は結局、双方のどちらが痛みに最も耐えられるか、である」とその闘いの本質を指摘し、中国は明らかに米国より我慢強いと認めた。なお、「この闘いにトランプ政権が勝てないことが明らかになると、北京はより大胆にワシントンに挑戦していくだろう」と論評した。(続く)

八牧 浩行

1971年時事通信社入社。ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。Record China社長・主筆を経て現在同社相談役・主筆、人民日報海外版日本月刊顧問。日中経済文化促進会会長。東京都日中友好協会特任顧問。著著に「中国危機―巨大化するチャイナリスクに備えよ」など。