藤原 洋 一般財団法人インターネット協会理事長株式会社ブロードバンドタワー代表取締役会長兼社長CEO
日本企業は中国企業のデジタル経営を学ぶべき

本誌理事長で、一般財団法人インターネット協会理事長でもある株式会社ブロードバンドタワー代表取締役会長兼社長CEOの藤原洋氏は、インタビューに答えて、「中国、アメリカと比べ、日本企業はデジタル化が遅れており、業務効率の低下を招いているため、社会のあらゆる分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が急務の課題となっている」と指摘。そして、「DXを積極的に進める上で、日本企業は中国企業のデジタル経営を学ぶべき時が来ている」と語った。

DXを推進すればIT革命は成功する

—— 菅義偉首相は行政のデジタル化をけん引する「デジタル庁」創設に向けた基本方針を年内にまとめるよう指示しました。そもそも日本はなぜIT革命に乗り遅れたのか。デジタル庁創設に向けた動きについて、どのように見ていますか。

藤原 デジタル庁の創設については2つあります。1つ目は、日本政府が米国や中国と比べてデジタル化が遅れていると自覚をしたこと。2つ目は、IT化ではなくデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進すること。すなわち、インターネットシフトができれば、デジタル庁創設によるIT革命は成功すると思いますが、従来のようなIT化では成功しないと見ています。

世界の企業の時価総額ランキングの推移を見ると、平成元年(1989年)ではベスト50のうち32社が日本企業でしたが、30年後の現在、日本企業はトヨタ自動車1社しかランク入りしていません。中国企業は今ではベスト50の2割程度を占めています。

知財・特許の状況をグローバルに見ると、サイバー創研の調査によれば、5G標準規格必須特許の出願件数は全世界で約7300件ですが、上位3社はサムスン(韓国)、ファーウェイ(中国)、クアルコム(米国)で、日本企業はNTTドコモがようやく6位に入っています。

また、基地局市場を見ると、ファーウェイ(中国)、エリクソン(スウェーデン)、ノキア(フィンランド)3社の独占状態(75%)で、日本はNECと富士通を合わせてもわずかに1.5%です。

世界はすでにデジタル化にシフトしました。日本企業がアナログ時代のまま同じやり方をしているのに対して、米国や中国の企業はデジタル時代に対応できていると見ています。

デジタルテクノロジーが創る未来社会はすぐそこに

—— 理事長は2018年9月に著書「全産業『デジタル化』時代の日本創生戦略」を出版されていますが、AIやIoTなどのテクノロジーが私たちの生活に及ぼす影響について、具体的に教えてください。

藤原 現在、IoTとかAIなどを活用しているのは大企業だけです。中小企業に自動宅配、介護ロボ、災害ロボなどの技術が導入されるのが2025年、農作業をはじめとする作業用ロボットの実用化など、いわゆる完全自動化が2028年頃、AIロボットとかが生活に浸透してくるのが2030年、10年後と予測しています。

デジタル社会のイメージとしては、まずスポーツが変わります。今はコロナ禍で入場制限がありますが、360°パブリックビューイングやリアルタイムマルチ中継など、スマートフォンを使っていろんな楽しみ方ができるようになります。

そして、救急医療が変わります。高速・超低遅延通信で医療マシンを遠隔操作したり、ヘリ内で緊急手術が行えるようになります。

それから、買い物も変わります。非接触で自動清算ができたり、自宅の冷蔵庫と通信しながら、足りないものを購入したりできるようになります。

また、日本は世界の中でも災害が多い国です。地震やゲリラ豪雨などの発生を的確に予測し、スマートフォンへの告知・救急要請や、ドローンを活用したAEDや医療物資の搬送など、防災、減災の仕組みが変わります。

それから、地方の交通不便地域では、IoT、AIの技術を活用した自動運転の電気自動車が高齢者を送迎する、車内でスマート健康チェックもできるようになります。また、外国人観光客が来ても、自動翻訳機で語学力がなくても自在に会話できるようになるでしょう。

このように、デジタルテクノロジーによる安全安心で便利な社会がこの10年以内に到来すると思います。

中国は社会全体のDX化に極めて成功した国

—— 中国ではバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの大手テクノロジー企業4社を中心に急速なデジタル化が進んでいます。こうした中国の現状をどのように見ていますか。

藤原 大変うまくいっていると思います。その理由は、まずITの既得権益者がいなかったことです。だからこそ技術革新の本質である、IT化ではなくDX化、すなわちインターネットシフトができたのだと思います。

日本ではまだ産業の基盤にインターネットが使われていません。中国は違います。例えば金融を例にとると、アリババの与信管理は1.5秒でできます。過去の電子商取引の購買履歴から、この人は信頼できると判断してお金を貸すわけです。そうするとビジネスチャンスが増えます。そして社会全体にお金が流れるようになるわけですから、デジタルトランスフォーメーションができていると言えます。

銀行が与信管理をする場合、日本の場合だと、担保があるかどうか、信頼できるかどうかなど、結論を出すのに時間がかかります。

日本の金融機関には、銀行オンラインシステムはありますが、これは単に銀行の預かり資産をIT化しただけです。日本のITの既得権益者というのは、銀行と銀行オンラインシステムを握っている大型コンピューター時代の会社と言えます。

つまり、日本はインターネットが始まる以前の会社がITの既得権益者なので、時代を変えられなかったわけです。中国はそういうしがらみがなかったので、インターネットを中心にしたデジタル社会をつくれたし、それを担っているバイドゥやアリババ、テンセントやファーウェイのような企業が、中国社会のデジタル化を推進しました。デジタル化が進む中国では、企業間の競争原理がきちんと働いているのです。そういう意味で、社会全体のDX化に適合して成功した国だと思っています。

デジタル情報革命がもたらす金融ビジネスの大きな変化

—— 中国ではスマホ決済が当たり前となり、短期間で世界最先端のキャッシュレス社会に変貌しました。金融業界では「フィンテック」という新たな潮流が注目されていますが、金融業のデジタル化についてどのようにお考えですか。

藤原 デジタル情報革命が金融ビジネスに大きな変化をもたらしていると思います。従来の金融サービスは、企業会計と家計をつなぐ「銀行」「証券」「保険」の3つの業務で、決済、融資、出資、保険を取り扱ってきました。こうした業務は店舗を構えた対面サービスが中心だったのですが、この境界がデジタル技術で完全に崩れました。

2014年頃からFinance(金融)とTechnology(技術)が融合した「フィンテック」が登場します。ゼロ金利時代の消費者の「貯蓄から投資へ」という変化が起こり、借り手と貸し手のニーズが明確になってきたことが背景としてあります。しかし、日本は相変わらず「銀行」「証券」「保険」の3つの業務が主体となっています。

そうした中、例えばSBIホールディングスはこの「銀行」「証券」「保険」の垣根を超えるデジタルサービスを展開しています。今後、ユーザーに対して新しい価値を提供していく新技術の新しいビジネスモデルです。そして、セキュリティの向上をはかり、コストを上回るような付加価値をつくることに取り組んでいます。

また、例えば地銀などと組んで、過去のバリューチェーン破壊し、新規顧客の獲得に挑戦する企業も出てきました。ビジネスモデルを変えるには、テクノロジーの要素が非常に強いということは事実です。

デジタル技術による業務やビジネスモデルの変革が必要

—— なぜ中国ではネット巨人が急成長し、数多くのユニコーン企業が生まれたのに日本はそうなっていないのか。デジタル時代のイノベーションを展開していくために、日本は中国から何を学ぶことができるでしょうか。

藤原 まず、日本はメガバンクとか官公庁とか政府機関の請け負える会社が限られているのです。米国や中国では、新興企業がそれをやっています。ですから米国や中国と日本が一番違う点は、ITの既得権益モデルを刷新できるかどうかです。

それから、中国は成功したわけですが、インターネットシフトができるかどうかです。日本は従来の大型コンピューターの仕組みのままです。インターネット化されていません。

中国、アメリカと比べ、日本企業はデジタル化が遅れており、業務効率の低下を招いているため、社会のあらゆる分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が急務の課題となっています。デジタル技術による業務やビジネスモデルの変革が重要です。

現在、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、こうした弊害はすでに表面化しています。DXを積極的に進める上で、日本企業は中国企業のデジタル経営を学ぶべき時が来ていると思います。