笹川 陽平 日本財団会長
日中関係には忍耐と情熱が必要

中日の長い曲折の道のりには「大物」が多く出現した。ある者は戦前、「右翼のドン」と称され、晩年は著名な日中友好の活動家となった。鄧小平と会見した際、「百年来の中日関係の証人」と称された笹川良一氏である。氏が亡くなってからは、子息の陽平氏が父の事業を受け継ぎ、友好関係を継続し、全力で中国西部の開発、辺境地域の貧困扶助、環境保護、安全保障協力などを推進してきた。10数年前、記者は東京で笹川陽平氏と在日中国人記者との昼食会に参加したことがある。中国について語る時、氏は意気盛んであった。4月23日、再び首相官邸にほど近い日本財団本部を訪ね、笹川会長にインタビューを行った。静かに穏やかに中国を語る話しぶりには中国へのより深い理解が感じられた。中日関係も興奮から緩和の過程にあるのかもしれない。

 

 

中国に300万冊以上の図書を贈呈

―― 2009年から日本財団は大量の日本図書を中国語に翻訳して中国の大学に贈呈し、同時に様々な研究活動にも資金援助されているとうかがっていますが、その目的は何ですか。この事業はこれからも続けていかれますか。

笹川 図書の翻訳・出版は未来を見据えての事業です。書籍は後世まで代々伝わるものです。その意味から中国への図書贈呈はODAにも勝るものです。中国と日本の関係は歴史的にも未来に向けても切り離せない二国間関係です。

今、日中間には国と国、政治家と政治家の間にデリケートな問題が出てきています。しかし、これは日本と中国だけの問題ではありません。世界的にどこにでもある問題です。であるならば、国民同士は相互理解を促進するために努力を積み重ねていく必要があります。私もそうした理由で、中国の方々に日本の事をよく知っていただくために、翻訳・出版事業に投資しているのです。

これまでに、中国の大学に300万冊を超す図書を贈呈してきました。ある大学は蔵書30万冊で「笹川図書館」を設立してくださいました。この事業は今後も継続していきます。日本語を学習している学生だけでなく、日本語は解らない、日本に来たことがないという学生にもこれらの図書を読んでもらいたいと思っています。人口に比べて、300万冊ではまだまだ少ないと思いますので、もっと広く読まれるにはどうしたら良いかが今後の課題です。

 

若者はもっと世界に眼を向けるべき

―― 笹川会長は1年の3分の1を海外で活動され、ベトナム、カンボジア、ノルウェー、マレーシア、エチオピア、デンマーク、ロシア、フィンランド、ペルー、ウクライナなどの国から栄典を受けておられます。ブログや講演でもしばしば「国際人」について触れられていますが、日本人の国際感覚についてどのように思いますか。

笹川 日本人は人口の2割に近い2000万人が毎年海外旅行をしています。どの国に行っても、身の安全を守らなければいけないとか、泥棒に気を付けなければいけないとか、色々な問題があります。水の飲めない所や、食べ物に気をつけなければいけない所とか、ホテルでも外側からも鍵をかけないと安心できません。世界を回って、日本が一番安全で安心でき、いつでもどこでも食べ物や水を口にできるということに気付いたのです。

しかし、それによって日本の若者は外に出たがらなくなったのです。これも問題です。グローバリゼーションの時代ですから、若者は外国をよく知ることが大事です。日本人は異文化交流が下手です。日常的に外国人との接触が少なく、国際感覚が欠如しています。

世界の多くの国々は多民族で、宗教も共存しています。一国で異文化交流がなされています。ミャンマーには130の民族がいます。毎日異文化交流を行っているわけです。日本は単一民族ですから、若者は海外に行って勉強することが重要です。

中国では、学問のできる人は外国に行って新しい知識を吸収したいと思っています。外国に行きたいと言う気持ちは日本人以上に強いと思います。

 

軍人が最も戦争を憎む

―― 笹川日中友好基金は中日間の民間最大の基金で、人材育成や人的交流に大きく貢献されています。特筆すべきは、中国の人民解放軍と日本の自衛隊の交流を支えて来られたことです。目下、日本のメディアは中日の政府間交流はストップしていると報じています。人民解放軍と自衛隊の交流はまだ続いていますか。

笹川 人民解放軍と自衛隊の交流は、日中間に政治的な摩擦が生じても交流は続けていきましょうという前提で始まりました。小泉首相が靖国神社を参拝した年も人民解放軍は訪日団を派遣しましたし、中国の潜水艦が日本の領海に入った年も自衛隊は訪中するなど、お互いに相当な努力をしました。

当時のこんなエピソードがあります。ある人民解放軍の士官が日本に来て話していたというのです。「日本に来る前は、自衛隊の学校では軍国主義の道をどう歩むかだけを学んでいて、街には軍服を着た兵隊がいっぱいいると思っていた。実際来てみたら街に軍人はいないばかりか、自衛隊の学校でも軍国主義は教えていなかった。まったく百聞は一見に如かずだ」と。この士官は帰国して娘に「実際の日本は違うぞ。日本に行って学んできなさい」と話したら、「お父さんはたった1週間日本に行っただけで親日家になったのですか? 私は行きません!」と言われたそうです。

一方、日本の自衛隊員も中国に行ったことのない人たちばかりで、中国があんなに豊かになっていることを知りませんでした。

一般的に、戦争が好きな人が軍隊に入っていると思われていますが、そうではありません。軍人が一番戦争が嫌いなのです。一旦戦争が起きれば、一番先に命を奪われるのは彼らだからです。

人民解放軍と自衛隊の交流は、アメリカ、イギリス、フランスなどからも高い評価を受けています。島の問題で現在交流が延期されているのは残念なことです。

このような時にこそ交流を続けなくてはいけないし、とても意義のある活動だと思います。軍が続けているのだから、党もやらなければいけない、民間もやらなければとなります。交流の再開を望んでいます。

 

「政冷経熱」が悪いとは限らない

―― 今年は日清戦争120周年です。現在、中日関係は1972年の国交正常化以来最悪の状態です。両国のメディアには、今年軍事摩擦が起きるのではないかとの論調がありますが、どのように考えていますか。

笹川 そんなことは起こりえません。日中間で戦争など起こりえません。一旦戦争になれば両国がダメになります。一方が勝って一方が負けるということはありえません。21世紀に、平和を愛する庶民を傷つけることはあってはならないことです。

国交正常化40周年の記念式典が取り消されたことは非常に残念でした。政治的な緊張とは分けてやるべきなのに、政治の動きで民間の交流まですべて止めてしまうというやり方には賛成できません。

「政冷経熱で良くない」とよく言われます。経済だけうまくいって、政治関係が良くない状態は良くないと考えているようですが、私は「政冷経熱」が悪いとは限らないと思っています。政治が入らなくても民間の経済がきちんと動く状態というのは理想的です。政治家が不要な社会は素晴らしい社会なのです。

 

日本はミャンマーへの投資を独占する意思はない

―― 会長はミャンマー国民和解担当日本政府代表を務められるとともに、ミャンマー少数民族福祉向上大使でもあります。近年、日本も中国も積極的にミャンマーに投資しています。日本では中日間の競争になっているとの報道もありますが、どうお考えですか。

笹川 ミャンマーへの投資は日本と中国だけでなく、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなども行っており、中国だけがやるとか日本だけがやるという単純なものではありません。

今度日本がつくる工業団地も、中国を含めた各国に工場をつくることをお願いしているわけで、日本だけで独占しようという気持ちは全くありません。要はミャンマーの人たちの生活レベルが上がっていくことが大事なのです。

中国は長くミャンマーに投資しており、中国語が通じるところも人民元が通用するところもたくさんありますし、日本との競争を心配する必要はまったくないと思います。

 

政治家のスケジュールと

財産の全面公開を提案

―― 会長はブログでご自身のお考え、毎日のスケジュールや財産まで公開されています。これほど透明化をはかっている企業家、文化人、政治家は日本にはいないと思います。どのようなお考えでなさっているのですか。

笹川 こうした大きな財団の責任者ですから、「透明化」と「説明責任」は果たさなければならない責任だと思っています。

汚職をしてはいけないとか賄賂をもらってはいけないとか口で言うよりも、実際の行動で示した方がわかるわけです。ですから、政治家や企業家の皆さんも、毎日どこで誰に会ったとかすべて書いていくべきです。そうすれば陰で悪い事はできなくなります。私はブログでの公開を7年やっていますが、有力者で私の真似をする人は残念ながら一人もいません。

 

日本と中国は夫婦のような関係

―― 会長自身もそうですが、お父様も中国の歴代の指導者と深い交流がありました。鄧小平氏との交流は有名です。現状では、日本は中国とどのように付き合っていけば良いと考えますか。

笹川 胡錦濤先生の時代まで中国の指導者とは交流をしてきました。当時の中央政治局常務委員会のメンバーともほとんど全員お会いしています。近年は、仕事の重点を民間と若者との交流に移しています。

私は南京大学で講演した時、日本と中国は数千年もの交流の歴史があり、その中で2、3度緊張するような状態がありましたと話しました。かつて元の国が日本を攻めてきたこともあるし、日本が中国人民を大きく傷つけたこともあります。のちに、中国が「歴史を鑑として未来に進もう」と強調するようになりましたが、真に歴史を「鑑とする」には、近現代だけを見てはいけません。

世界史において隣国同士は常に、滅ぼすか滅ぼされるかの関係でした。隣同士で仲が良かったのは日本と中国だけです。日本は中国から言葉を教わり、仏教文化が入り、儒教の影響を受けて近代国家を築いてきました。中国も日本から多くの和製漢語を輸入しました。「近代国家」や「共産党」などです。改革開放経済においては、日本の行政システムや企業の在り方を勉強していただいて、さらに中国の経済発展のために日本の最新技術も提供し、多額のODAもつけてきました。

ですから、緊張した時期があったからと言って、気にし過ぎるべきではありません。そればかり言っていても解決できませんし未来に進めません。夫婦の間には相思相愛の時もあれば、ケンカになる時もあります。日本と中国は夫婦のような関係ではないでしょうか。

一番良くないのは、仲違いしている時に民族主義的な愛国運動に発展することです。どこの国もそうですが、民族主義が強くなると国が亡ぶのです。日本も中国もその点に注意しなければなりません。

南京大学の学生に言いました。「今後、日本と中国にはトラブルが出てくるかもしれないが、その時は私の話を思い出して欲しい。日本と中国は夫婦のような関係でケンカもすれば仲直りもする。過剰に反応しないでください」と。

 

編集後記:取材を終えて、いつものように笹川会長に揮毫をお願いすると、氏は「忍耐」、「情熱」と二つの言葉を記した。そして「日中関係に最も必要なのは忍耐と情熱です」との言葉には真情がこもっていた。