津上 俊哉 東亜キャピタル株式会社社長
中国の経済発展パターンの転換と日本の選択

外交官が官を辞してビジネスを起こすのは、日本ではそれほど珍しいことではない。しかし、元駐在していた国に引き続き関わり、しかも書籍を出版して意見を主張し続けている人は少ない。まさにそれを実行しているのが、元中国駐日本大使館経済部参事官の津上俊哉氏である。

1996年から2000年まで、津上氏は通産省から外務省へ転出し、駐中国日本大使館で経済部参事官を担当した。現在は東亜キャピタル株式会社の社長として、中国の政治・経済及び日中関係について、出版・講演活動を続けている。10月21日、会社を訪問し津上社長にインタビューした。

 

中国における日本企業の労働者募集困難の背景

―― 中国はすでにアメリカに次ぐ世界第2の経済大国となりました。高度成長期にある中国の将来については、さまざまな評価や予測があります。今後、中国経済はどのように発展していくとお考えですか。

津上 中国はちょうど経済の発展パターンが転換する時期に差し掛かっています。世界銀行が2007年に発表した報告書には、一人当たりGDPが3000米ドルに達すれば、その国は中所得国グループに入るとしています。昨年、中国の一人当たりGDP収入は4800米ドルですから、中国はすでに中所得国グループに入ったことを意味しています。まだ発展途上国であると言い続けるなら、それは新しい段階の発展途上国に入ったのであり、経済パターンを転換した発展途上国と言わなければなりません。

20世紀末の90年代、中国内陸部には沿海地区に移動する出稼ぎ農民が非常にたくさんいて、これらの労働力は実際には余剰労働力でした。彼らのお陰で、企業は賃金を上げる必要がありませんでした。しかし、中国経済の発展につれて、特に完全雇用体制が形成され、過去の低賃金を維持するのが難しくなりました。賃金アップは生産コストの増大につながります。同時に生産性をアップできるかどうかは未知数です。このことは経済が持続して発展していくかどうかが影響してきます。現在の中国はまさにこのような時代に突入しています。

現在、日本の大企業の一部が中国で採用した賃金体系では、中国の労働者を集められなくなっています。日本企業はずっと募集広告を出していますが、募集人員に達しません。中国の賃金は以前より15%から20%アップしています。残された課題は、いかに生産性を上げるかです。私は中国の経済発展パターンはいままさに転換点にあると考えています。

 

現在の中国は経済増強パターンの転換期

―― 中国経済の中長期的発展が展望される中、現状の高度成長は5年から10年は維持できるとの見方があります。最近、「経済発展パターンの転換」に関連した中国メディアの報道が目立つようになりましたが、どのようにお考えですか。

津上 今まで中国は製造業市場でかなり優勢を占めていました。高速鉄道や港湾など、中国自体のインフラ建設も相当順調で、先進国のレベルまで達しました。他の途上国ができることではありません。インドは中国に追いつけると言う人がいます。インドのインフラ建設は中国に追いつこうとしていますが、相当な時間がかかると思います。この点からすると、中国経済の発展速度はただちに落ちることはないでしょう。

私は日本企業に対し、中国で引き続き低賃金で労働力を使えるという考え方は捨てなければならないと話してきました。現在、外国企業が中国に進出する際、もし10年前のパターンを採用するなら、おそらくいかなる利益も得られないでしょう。しかも中国はすでに労働力が安価な国ではありません。世界中のライバル企業が中国に進出し、ある意味では、中国は最も競争の激しい世界市場になりました。中国は今後、生産コストが徐々に上がってきます。中国市場で1番になりたいとか、中国で生産して利益を得ようとするなら、もっと大きな努力が必要です。もし経済の発展パターンが変わらないなら、中国にとっても、外資企業にとっても、いずれも維持していける方法など断じてないと考えています。

 

日本企業は中国市場に対し選択の余地はない

―― 日本のあるメディアの読者アンケート調査では、日本企業が今後も中国で市場を開拓すべきだとの意見がある一方で、65%の読者が「中国事業を縮小し、中国以外の国へも投資・進出するべき」と回答しています。日本企業の今後の中国戦略はどうあるべきだとお考えですか。

津上 中国はもはや低コスト国ではないと言うことを強調したいですね。

実際、付加価値の低い日本企業はもはや中国に進出できず、たとえ進出しても意味がないでしょう。既に進出している企業も中国に残るべきか、早く撤退すべきか。中国の周辺国に移れば良いという人もいますが、周辺の国々はすべて中国経済と密接に結びついています。中国の賃金上昇につれて周辺諸国の賃金もアップしています。たとえば、ベトナムは既に生産コストがかなりアップしています。そうすると、付加価値の低い企業はインドネシアやバングラディシュに生産拠点を置くしかないでしょう。

問題は、日本企業がもし中国へ進出できなければ、どこへ進出できるのかということです。これはどの企業も真剣に考えなければいけません。私はいつも講演で、日本企業の中国への進出がうまくいってない事例や、中国へ進出してからぶつかるさまざまな問題について紹介していますが、ほとんどの企業家は私の話にしきりに頷きます。これは、中国には進出できないな、という気持ちの表れでしょう。そこで、私はすかさず質問します。もし中国へ進出しないならどこへ進出しますか、アメリカですか、ヨーロッパですかと。すると企業家たちはすぐ頭を振ります。アメリカもヨーロッパも経済状況が非常に悪いことを知っているからです。ではどうするのか。日本に残ることが安全なのかどうか。彼らは答えます、日本に残ることも危険だと。最終的にどこへ進出するのか。こんな風に考えていくと、やはり中国は発展の前途があることをかなりの企業家が認めるのです。

日本企業のこのような選択は仕方がないという一面もあるのですが、利潤や利益をあげるという目的からすれば、特にサービス産業などは、やはり中国を選ぶだろうと私は考えています。