渡邉 美樹 ワタミ株式会社代表取締役会長兼社長
大好きな中国とビジネスを展開したい

 

2020年4月、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、中国本土で事業展開していた「和民」全店舗を撤退した外食産業大手のワタミは、2021年7月、中国市場に再進出した。先ごろ、ワタミ本社に渡邉美樹代表取締役会長兼社長を訪ね、今後の中国でのビジネス展開や中国ビジネスの重要性などについてお話を伺った。(聞き手は本誌副編集長 原田繁)

 

フランチャイズ展開で中国に再進出

―― 新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年4月、中国本土で展開する居酒屋「和民」全店を撤退しましたが、2021年10月、「ワタミ、中国市場に再進出」との報道がありました。どういう形での再進出になりますか。

渡邉 最初は、上海に直営店を出店していました。中国で一番多いときで約40店舗、和民を展開していたのですが、和民という業態は、次第に客足が遠のき業績が落ちてきました。

そこで復活をかけて2019年12月、上海に「サーモン伝説」という、サーモンの専門店を出店しました。日本では、マグロ専門居酒屋があるのですが、上海では、マグロよりサーモンの方が人気があります。そうであるならば、サーモンの専門店をやろうということで、「サーモン伝説」に勝負をかけていたのです。

しかし、その後コロナ禍になり、家賃が高いことも考慮に入れ、4、5カ月で業績が回復するならそのまま続けた方がいいけど、もし6、7カ月業績不振が続くようなら、一回撤退した方が全体的なダメージは小さいと考えました。そして、コロナの状況は間違いなく半年、1年以上続くだろうと判断し、全店撤退しました。

その撤退時から当社は、再び中国に進出したいと考えており、再進出の際にはパートナーを探して、フランチャイズの業態でやることにしました。そうした時に、ある中国企業から、和民の日本におけるさまざまな業態のフランチャイズを中国でビジネス展開したいという申し出があり、それを受けて「から揚げの天才」という店舗1号店を2021年7月に出店しました。すでに2号店出店も決まっていますので、今後しっかりと展開していきたいと思っております。

さらに、ファミリー向け和牛焼肉食べ放題という業態の「かみむら牧場」という焼き肉店があるのですが、実はこれも中国進出を準備中です。現在停止されている日本産牛肉の中国向け輸出が解禁されれば、「和牛の和民」として、焼き肉店も展開していきたいと思っています。

 

中国は最も大きな市場

―― 御社は早い時期から中国に進出し、事業を展開されてきました。これまでの中国事業の経験から、中国の市場をどのように見ていますか。そのうえで、中国ビジネスのメリットとデメリットをどのように考えていますか。

渡邉 中国は現在GDP2位の国ですし、これからも経済成長が望まれる国です。当社の世界展開を考えるときに、米国、中国、アジアが三つの拠点だと考えています。当社は香港が拠点ですので、香港を含めた中国が当社の最も大きな市場だと考えており、これからもしっかりと力を入れていきたいと思っています。

中国とのビジネスを20年間やってきた中で感じていることですが、私が最初に訪中した2000年前後は、まだまだ開発途上でしたが、この20年で一気に先進国の最先端まで登りつめました。

この変化に対して、われわれの業態も変化しなければいけないのですが、ほかの安定した国に比べると、中国国民の民度、文化度の進化に応じて、変化させていく点が実は一番難しかったのです。

2000年当時は、それこそ日本食を真似た店舗が出回っていたのが、今では日本の銀座にも負けないような専門店がどんどん出店されています。そういう面からいえば、中国の文化の進化はわれわれにとって非常に大きな壁になりました。

ですから、その進化の波に乗れれば、当然大きなものを得ることができますし、その波に乗れなければ、ロスをしてしまいます。当社は、現在の成長した中国、成熟した中国に対して見合うような業態を今後投入していこうと思っています。

それから、中国の不動産事情に見合った出店が大事になってきます。海外企業が中国で出店する際には、さまざま特殊な事情もありますので、現地のデベロッパーとつながりのある中国の企業に借りていただく方法で出店します。これも今回フランチャイズを選んだ理由の一つです。

 

ワタミモデルで社会に貢献

―― 社長は企業トップから国政へ、そして再び企業のトップとして活躍する異色のリーダーです。企業トップからの転身は国政に生かされましたか。そして現在、国政での経験をどのようにビジネスに生かしていますか。

渡邉 ビジネスマンの経験は、国政においてはほとんど活きることはなかったです。私自身は、政治というのは国を経営するという意識を持っていますが、政治の分野では、経営者としての経験技術をあまり求めていません。これは日本の政治の悪いところだと思います。本来ならば、経営感覚のある人が日本の国をリードしていけば、日本はもっといい国になっていくと思います。それが別の力学が働いていますから、私は6年間、結局何もできなかったなというのが正直なところです。

政治というのは法と予算――財政で国を変えていきます。しかし、国会議員として企業をみたときに、企業というのはモデルで社会を変えていくのだなと実感しました。ですから、ビジネスマンに戻って、ワタミのモデルを作って、それを広げていくことで、よりよい社会に貢献できるのではないかと思いました。

ですから私は今、新たなビジネスモデルとして、自然エネルギーを使った循環型の6次産業モデル、いわゆるワタミモデルを広げていくことによって社会に貢献していきたいと思っています。政治家になって初めて、政治と経営との違いに気付けたことは、非常に大きな収穫でした。

 

中国のデジタル社会推進は正しい政治判断

―― 中国ではあらゆる業界でデジタル化が進み、5Gやロボットの活用による無人店舗などが話題になっています。日本は少子高齢社会ですが、こうした中国の動きをどのように見ていますか。

渡邉 日本は本当の意味で少子高齢社会ですから、デジタル化や生産性の向上に一番力を入れなければいけません。日本の人口の10倍人がいる中国で、デジタル化、そして生産性の向上が進んでいることは、非常に脅威です。

人が少なくて生産性が上がっても結局GDPは変わりません。人が多くて生産性が上がれば、GDPはそれに応じて上がるわけです。要するに労働人口×生産性がGDPですから、中国の巨大な人口を抱えながらデジタル化を推進し、5Gへ一気にばく進している姿は、世界の国にとって脅威だと思います。

それと同時に、中国が世界最先端のデジタル社会を推進していることは非常に正しい政治の判断だと思いますし、素晴らしいと思います。

 

―― 中日ビジネスの重要性について、どのようにお考えですか。

渡邉 経済面では国境を感じないほど密接なつながりがあります。中国は今、すでに様々な部品の生産拠点になっていますから、日本にとって欠かせない貿易相手国です。万が一、両国が戦争でもして国境が閉ざされたら、日本ではもう何も作れなくなるでしょう。こういうリスクが非常に高いと言えます。

一方、最先端技術においては、まだまだ日本の特許等も有用なので、両国間の貿易が閉ざされれば、中国の経済も成長しなくなってしまいます。日本の技術を活用して、中国で製造し、海外に輸出するというパターンも非常に多いわけですから、お互いの経済、全体最適化を考えれば、日本と中国は仲良くしてビジネスをするということが非常に重要だと思います。

 

―― 中国に行かれてからもう20年以上経ちますが、中国、そして中国人の印象はいかがですか。

渡邉 経営者仲間と話をすると、中国は裏切るよ、ノウハウだけ取って自分たちで始めちゃうよ、だから中国とのビジネスはやめた方がいいよという話を耳にします。

ですが、私にはそういう感覚が全然ないです。今、実際にお付き合いしている中国企業の社長も本当に誠実な方です。確かに『三国志』のように、あの大きな国で生き残っていくためには、さまざまな策略も必要でしょうし、ただ正直なだけでは勝ち抜いていける国ではないと言えるかもしれません。

しかし、根本は人と人であり、誠実さ、思いやりを持つ心が大事だということは、昔も今も変わらないと思っています。私自身、中国は大好きな国ですから、中国と一緒にしっかりとビジネスをやらせていただきたいと思っています。

 

取材後記

 取材を終えて恒例の揮毫をお願いしたところ、「夢に日付けを」と書かれた。その意味を尋ねると、「夢はそのままでは消えてしまいます。『夢に日付けを入れなさい。今日と夢との差を明確にして、毎日努力していきなさい。そうすれば夢はかなうよ』と社員に『夢手帳』を持たせています」と教えてくれた。