澤田 晴子 株式会社伊勢半代表取締役社長
中国の化粧品市場に進出する日本の老舗ブランド


撮影/本誌記者 郭子川

化粧品ブランド「キスミー(KISSME)」で知られる伊勢半の創業は文政8年(1825)である。町人文化が花開いた文化・文政の江戸で「江戸一の紅屋」と言われた伊勢半の紅は、伝統を絶やすことなく、今でも製造販売されている。また、とくに戦後は、時代のトレンドにあわせたメイク商品を次々に開発し、数々のヒット商品を生み出している。近年は、中国からの訪日観光客が注目し、また中国本土でも販売網を展開する老舗ブランドの海外戦略について澤田社長にお伺いした。

祖業の「紅」を守り続ける

—— 御社は約200年の歴史を持つ老舗企業であり、有名な総合化粧品メーカーです。日本には多くの有名メーカーがありますが、御社の特徴、強みについて教えてください。

澤田 私どもは、女性用の化粧品メーカーで、日本では最も歴史のある会社です。今でも江戸から続く祖業の「紅」を守り続けています。紅というのは、天然自然の紅花からつくられるものですが、今日でも、その製造製法を守り続ける紅職人がいます。私どもが、この日本の伝統の紅をやめてしまったら、もう「紅屋」というものの歴史とか、紅そのものがなくなってしまいますから、絶対に、こののれんは下ろせません。

紅屋として、戦後は「キスミー特殊口紅」という口紅に力を入れてスタートいたしました。「口唇に栄養を与える!」というキャッチコピーが消費者の気持ちを捉え、ヒット商品になりました。さらに1955年には「キスミースーパー口紅」というヒット商品を生み出しています。こちらに至っては、「キッスしても落ちない」という、当時としてはドキッとするようなキャッチコピーで、主婦連からクレームが入る程の反響で、一躍有名になりました。

それから、爆発的に売れて、もし登録さえしていれば販売数ではギネスブック入りも可能だったのではと言われるのが、「シャインリップ」という日本で初めての艶出し専用口紅です。当時の若い人で知らない人はいないくらいで、必ず1本はポケットに携えているという大ヒット商品になりました。

今でも「キスミーさんね。あのシャインリップを昔使っていたわ」と言われることが多いのですが、中国の方からも、そう言われたりします。どうやって手元に届いたのか分からないのですが、「知っています、使っていました」とおっしゃっていただけることがあって、中国大陸にも渡っていたのだなと思いました。

訪日客の
ブランドイメージを大切に

—— 近年中国からの訪日観光客の増加に伴い、化粧品類の消費額が拡大しています。2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、これまで以上の大きな経済効果が見込まれています。御社の訪日インバウンドの取り組みについてお聞かせください。

澤田 日本も世界のお客様を迎え入れる観光大国になってきたということを実感しています。インバウンドのお客様は、ここ2、3年を見ますと、非常に波があります。お客様がすごく増えて、商品が品薄になって大変な状況になったり、国と国との摩擦から急にお客様が減られたりします。そのことで一喜一憂してきたのが、小売業さんやメーカーではなかったかなと思います。そういう経験がオリンピック前にありましたので、私たち自身は、気持ち的にはどんと構えられるようになり、何があっても怖くないという感じになってきています。

そうした中で、私どもが取り組んできたことは、インバウンドのお客様が自国において持っておられるブランドイメージを大切にしていることです。日本に来られて、店頭を見て、やっぱり中国と同じようにいいお店で紹介されているよねとか、いい場所を取ってすごく分かりやすく魅力的に飾っているよねと言われることが、地道な努力なのですけれども、大切じゃないかと思っています。ですから中国でも店頭づくりを徹底するよう指示しています。中国事業部も、そしてまた国内の営業部も、ともに努力をして、その相乗効果が今少しずつ出てきています。

日本や中国で進む
シニア化に対応

—— 日本の化粧品業界は、少子高齢化などの要因に加えて、他業種からの参入や海外ブランドの日本市場への浸透などによって、競争過多になっていると言われています。化粧品産業の将来の課題について、どのようにお考えですか。

澤田 日本国内の化粧品業界に異業種から入り込むということは、すでに何十年も前からあります。また、海外ブランドが日本で顔見世を行いながらブランド認知を図る、拡大するということも今に始まったことではありません。化粧品業界は不況にも強いとか、女性はいろんな節約をしても化粧品については予算を下げないといったことが前々から言われているからです。

確かに日本は少子高齢化が進んでいく中で、海外進出が必須ということは、言われて久しいことです。ただ、私どもが一番初めに考えましたのは、これからは日本だけではなくて中国でもどこの国でも、どんどん深刻なシニア化が待っているということです。化粧品産業でいえば、日本以外の国を見回してみますと、非常に若年層に力を入れていらっしゃるケースが多いです。日本でももちろんそういうステップを踏んできたわけですが、それにもましてシニア化が加速しています。私たちは、ヒロインメイクなどの柱とは別に、50代、60代の方をターゲットにしたキスミー フェルムというブランドを展開して、これを確固たるものにしていこうと取り組んでいます。

海外においてはメイクトレンドの変化が非常に著しいので、もっともっとその国に入り込んで、ニーズを確認しながら、私たちのマーケティング力とか、販売力であるとか、PR力などに磨きをかけていかなければいけないと感じています。海外へは、大半が東アジア・東南アジアですが、アメリカやカナダを含め12の国と地域に進出しています。

消費大国中国での販売戦略

—— 日本の観光庁が発表した訪日外国人の消費動向によると、中国人観光客が購入した土産品のうち、化粧品と香水の購入率で8割を占めています。中国国家統計局の発表では、中国の化粧品市場は既に日本の約2.5倍になっています。中国ビジネスの重要性について、どのようにお考えですか。

澤田 私どもは、日本の化粧品メーカーとしてはかなり早くから中国に進出させていただいています。初めは来料加工をさせていただく工場を1987年に天津につくるところからスタートしました。生産国として中国を頼っていたわけですが、2011年に上海に販売会社「伊勢半(上海)化粧品商貿有限公司」を設立しました。いろんな国が中国市場を魅力的にとらえていますが、私どもも中国を大切に考えて、ますます力を入れていきたいと思っています。

中国市場に参入する際に、初めは日本での強みを生かして、オンラインではなくオフラインからスタートしました。日本国内では、キスミーのブランドを、非常に露出度が高く、存在感が出るような売り場づくりをしてきています。中国でも都市型の小売店舗を中心に、店頭に力を入れていこうというところからスタートしました。しかし、中国のオンライン市場の伸びが目を見張るような勢いになっていますので、私どものオンラインもつくり替えました。現在、独自の旗艦店舗がT-mallの中にスタートしています。

—— W11(11月11日独身の日)の売り上げは好調でしたか。

澤田 はい、おかげさまで(笑)。商品が足りなくなるくらい売ることができました。ただ、中国では、ローカルブランドの成長が目覚ましく、マーケティングの高さは数年前と比べものにならないくらいで、そのクオリティーの高さに驚かされています。そういう意味では、日本で今売れているから、これを展開したら中国でも買っていただけるのではないかという考え方は、ちょっと遅れているようです。やはりより一層、中国に入り込ませていただいて、お声をよくお伺いして、中国のお客様がどういうものを求めておられるのかを感じ取って、それに合わせた商品開発が求められていると思います。

—— 経済発展する前と今では、中国人女性の化粧の仕方も違ってきているように感じます。

澤田 当初、私どもはハンドクリームとかリップクリームといったスキンケアの商品を展開していました。なぜかといいますと、その頃の中国では、女性があまりメイクをしていらっしゃらない。まずは肌を整え、きれいにするところからだと言われ、そこからスタートしました。けれども、見る見るうちに皆さん、興味を持って、どんどんメイクをするようになられました。

実は、つい数年前までメイク商品には増値税がかかっていました。スキンケアはぜいたく品にならないのですが、口紅などのメイク商品はぜいたく品だという位置づけで、皆さんが気軽に買えないような時代があったわけです。3年ぐらい前に増値税はなくなりました。ですから、1つ1つ、そういう改善もなされていって、女性が自由になって、経済力もつけてこられ、どんどんきれいになっていらっしゃる。中国における化粧文化ができつつあるのかなと思っております。