飯島 彰己 三井物産株式会社代表取締役会長
日中両国の関係が世界に与える影響は大きい

2019年6月、三井物産は、中国の華潤集団などと、現地でヘルスケア産業を対象としたファンドを設立し、ファンドを通じて中国での病院事業やヘルスケア周辺事業の発展を支援することを発表した。経済発展の一方で高齢化問題を抱える中国では、2025年には高齢者人口が2億人を超える。急速な高齢化とともに、高度医療の需要が質と量の両面で高まっているのだ。同社の飯島会長に、中国市場の将来性と同社の関わり方などについてお話を伺った。


撮影/本誌記者 張桐

世界中のあらゆるニーズに応え、世界をつなぐ

—— 御社は日本を代表する総合商社として、全世界で各種事業を多角的に展開されています。これまでの中国への貢献について、お聞かせください。

飯島 総合商社とは、世界中のいろいろな場所で、いろいろな分野の商品、サービスをさまざまな立ち位置で取り扱う会社です。一言でいえば、お客様のニーズに応えて、ないもの、足りないものを調達して提供する会社です。また、別な言い方をすると、世界中のあらゆる人のあらゆるニーズに応えるために「世界をつなぐ会社」です。そのような事業の基盤として、三井物産は、500社近い連結対象会社と、約4万人を超えるマンパワーを有しています。世界の66の国や地域に139の事業拠点も持っています。それらを有機的に連携させネットワークとして機能させて、世界をつなぐ仕事に取り組んでいます。

当社には日本の産業・経済の発展に貢献してきたという自負がありますが、中国の発展にも、資源開発、物資の調達、製品の輸出、中国企業への投資や、いろいろなサービスの事業化など、様々な形で関与してきました。

私が初めて中国を訪問したのは1982年です。私はその当時、鉄を生産する過程で必要な副原料である「合金鉄」のビジネスを担当していました。2000年以前は、中国の粗鋼生産は1億トン程度でしたが、今では9億トンを超え、世界の粗鋼生産の半分以上になっています。それに対応して、鉄鉱石や石炭といった原料を大量に輸入するようになりました。そういうものを当社が手掛けていた豪州やブラジルの産地から中国へ輸出しました。そうした仕事に携わることで、私自身、中国の産業の発展と近代化に関与してきたと自負しています。

なかでも印象に残っているのは、当社の繊維部隊のカシミヤのサプライヤー(仕入れ先)で、内モンゴル自治区にオルドス集団という重要な取引先がありますが、その会社が合金鉄事業に参入したときに、パートナー企業の現場のリーダーとして、私自身が全面的にサポートした案件です。それが、その後、現在のオルドス集団が資源、金属、化学品、エネルギー、といった非常に幅広い分野の事業展開を進めていくきっかけとなった取り組みだったわけです。中国での仕事の中で、一番鮮明に記憶に残っている事業です。

中国ビジネスの将来展望

—— 直近では6月に、中国ヘルスケア市場でのファンド設立など、中国進出を加速しているようですが、中国の市場には、やはり可能性があると見ていますか。中国ビジネスの将来展望について、お聞かせください。

飯島 いろいろな意味で中国は発展しました。そのため、三井物産はこれまでも需要が拡大した物資や、消費の高度化に合わせた商品などを調達してきました。先ほどお話しした鉄鉱石や石炭に加えて、近年では需要が拡大したLNG( 液化天然ガス)といった基礎的な物資から、三井物産が海外で手掛けている養殖エビや養殖サーモンなどを中国に輸出するということもやってきました。

また、中国でも人口構成が高齢化してきたことに対して、さまざまなサービス分野にも取り組んでいます。2019年3月には、当社はアジアで最大の民間病院グループ「IHHヘルスケア」社の筆頭株主になりました。ここの病院はすでに香港で開業していますが、今年は成都で、来年は上海市で、現地の企業と合弁で開業する予定です。

他にも、三井物産グループに日本マイクロバイオファーマという会社がありますが、そこは中国の有力薬品メーカー「万楽」(深圳万楽薬業有限公司)の株式を持っています。そういった合弁会社を通じて、薬品、それからメディカルやヘルスケアといった分野にも力を入れていく方針です。

先ほどお話しいただいたように、6月に華潤グループとアジア屈指の投資ファンドであるHOPUと共同でヘルスケアファンドを設立しました。中国での医療ビジネスでは、そのようなファンドを活用し、課題先進国でもある日本のノウハウを共有しながら事業を構築していこうという考えを持っています。そういった取り組みを地道にやっていくことが、日本として、三井物産として、中国に対する貢献になるのだと思っています。


中国日本商会「走近日企・感受日本」第24 回訪日団 帰国報告会・懇親会(2019 年6 月)

成熟する経済と新たな需要の開拓

—— 現在、国際関係が不透明さを増していますが日本の経済界に求められるものには、どういったものがあるとお考えですか。

飯島 まず、日本経済は成熟化してしまったということをしっかりと認識する必要があると考えています。国内市場で新たな需要を開拓することが大変難しくなっています。それは、経済成長の鈍化といったような形にもあらわれています。日本企業は、それに対応していくことが、喫緊の課題です。

ただ、これは経済が発展する過程での自然な現象であって、多くの先進国が経験してきたことです。経済が発展すればいろいろな需要が満たされるため、当然、新たな需要を見付けることは難しくなります。中国が2ケタの経済成長から、ここ数年は6%台に鈍化してきているのも同じような構図だと考えています。

ただ、中国の経済や産業を日本から見ると、豊富なマンパワーを活用した生産拠点という位置付けから、経済の発展にともなって、最近では、中国の企業や消費者をお客様としたビジネスのウエートが高くなってきています。

また、個々の中国企業の成長の度合いと、近年の世界の経済における存在感の大きさにも注目しています。昨年末の時価総額を見ますと、10社以上の中国企業が世界の100位以内に入ってきています。大きな国内マーケットと豊富な労働人口を背景に、中国企業は規模を大きくしていますが、それと同時に、自分自身で企業としての組織を運営するノウハウや技術力を強化して、国際競争力を高めています。さらに、新たな商品やサービス、事業を創造しています。最近では深圳をはじめとする複数の都市が、新たなビジネスを創造するイノベーションのホットスポットとして名をはせています。

その中で、日本がどういう形で中国企業、中国という国と連携していくのか。これは大変大事なポイントだと思っています。

—— 会長は今年のG20大阪サミットに参加されたそうですが。

飯島 今回はじめて参加しました。ただ、G20に先立って同じ開催国で行われる、参加各国の経済団体トップによるサミットB20(Business 20)には、私は以前、経団連の副会長を務めていましたので、参加していました。今年も6月に大阪で開催されたG20 に先立ち、3月にB20が東京で開かれ、そちらにも参加しました。

—— 今回、G20に参加して、最も印象に残っていることは何ですか。

飯島 B20では、いろんなイシュー(issue)があって、それをどういう形で共同宣言にまとめるかという作業をやりました。各国の意見の違いがありましたが、最終的にはそこを取りまとめていきました。G20でも、気候変動やいわゆる反保護主義的なものに関する意見はなかなかまとまらず、直接的なワーディング(wording) に代わって、別のワーディングで取りまとめていくというスタイルが取られました。もっと踏み込むべきだとか、外からの意見もありましたが、私はやはり、現在問題になっているイシューについてしっかりと話し合って、一体何が問題なのかをはっきりお互いに認識し合うだけでも意味があると思っています。

G20は、2008年のリーマンショック以降に、世界各地域の主要国が協力して、世界経済の危機的な状況を回避しよう、回復させていこうという共通の目的で開かれることになったものです。近年では形骸化しているという声もありますが、私はそんなことはなくて、ああいう形で話し合って、皆さんで問題点を浮き彫りにして、それにどう立ち向かっていくかを議論することには、大いに意味がありますし、その意味で今回のG20も有意義であったと考えています。

土台となる共通のルールをつくること

—— 日本と中国は一衣帯水の隣国であり、経済のみならず、文化、教育など長い交流の歴史があります。政治的には一時的に関係が悪化したこともありますが、日中友好の重要性について、どのようにお考えですか。

飯島 お互いに隣国で、世界のGDPの2位と3位の国です。これだけ大きな経済力を持った隣国同士の関係が友好であるならば、日中両国だけでなく、世界全体に与える影響も、当然、大きいと考えています。

国家間の関係には、いろんなレイヤー(layer)があります。企業間のレイヤーでは、当然のことながら、連携したり、協調したりしながらも、お互いに競争したり、ぶつかり合うケースもあります。企業間の競争やぶつかり合いは経済の発展の原動力ですが、それを良い方向に持っていくために一番大事なのは、誰もが納得できるような共通のルールが構築されていることだと思います。ですから、政府間のレイヤーでは、お互いにしっかりと交渉して、公正なルールづくりをしていくことが重要です。日中間で言えば、両国間のFTA(自由貿易協定)に加えて、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)なども対象となるでしょう。公正なルールの下で協調、競争することで、双方の国民の間で、お互いへの信頼感や敬意が醸成されてきます。そうした形で、政府も、企業も、民間も、それぞれのレイヤーで友好関係を築いていくということが大切です。

—— 会長は中国に何度ぐらい行かれていますか。

飯島 1982年に初訪中してから、もう数え切れないほどです。私は今、重慶市の市長国際経済顧問団の一員なので、重慶には毎年行きますし、それ以外に、三井物産は中国の鉄鋼最大手、上海宝鋼集団との合作協定を1992年から結んでおり、年1回は必ず会合を持っています。今年は深圳にも視察に行きました。また、私はソフトバンクの社外取締役ですが、アリババ(阿里巴巴集団)のジャック・マー(馬雲)さんも同じ取締役なので、よくお会いしています。それから、先に申し上げたヘルスケアファンドへの出資を通じHOPUのファン・フォンレイ(方風雷)チェアマンとも話す機会があります。そういう意味では、中国の経済界の多くの方に直接、貴重なお話をお聞きすることが多く、たいへん役に立っています。