古賀 和則 株式会社バスクリン社長
漢方の自然な流れが導く中国市場

「遠くの温泉より我が家で温泉気分」という入浴剤のテレビコマーシャルを記憶している世代はまだ多いのではないだろうか。その大ヒット商品「バスクリン」を社名に掲げた会社は、もとは漢方薬メーカーの分社であった。入浴という日本文化と漢方という中国文化が合流して生み出された商品が、漢方の故郷中国でも時代と生活意識の変化のなかで受け入れられようとしている。


撮影/本誌記者 郭子川

需要は内風呂世帯の増加から

—— 御社は来年、発売90周年を迎える入浴剤を提供する日本の老舗企業です。現在では育毛剤や洗浄剤など、新たなジャンルにも参入されています。事業の特徴と業界における強みについてお聞かせください。

古賀 当社の出自からお話ししますと、もともとは明治26(1893)年創業の津村順天堂(現 株式会社ツムラ)です。これは漢方薬の日本におけるトップメーカーです。当社はそこから分かれてできた会社で、同社の家庭用品事業を承継しました。もともと同じところでやっていましたから、当社の基本のベースにあるのも漢方、生薬です。自然由来の物の力、生薬の力を使って、健康に役立てていこうという会社です。

入浴剤ですが、津村順天堂が創業間もない明治30(1897)年に、「浴剤中将湯」というものを発売しています。日本で最初、世界でも初めての入浴剤ということになると思います。体を温める効果がある生薬を使ってできた入浴剤で、当時は銭湯などで親しまれました。そのうち利用者から夏にはもう少し穏やかに温まるものが欲しいという声が出て、それに応えたのが「バスクリン」です。それは1930年のことでしたから、来年が発売90周年ということになります。これらは、漢方、生薬の伝統的な考え方と一緒で、基本的に体を温めるための成分を入れています。また、家庭で使うということから、香りにも工夫をしています。

日本では戦後の高度成長期にマンションや文化住宅がどんどん建てられ、それに伴い内風呂世帯がどんどん増えていきましたので家庭用入浴剤の需要も広がり、売り上げを大きく伸ばしました。当社では、そうしたことを背景に、健康というものをベースに置いた考え方を、入浴剤以外のジャンルにも広げていきたいということで事業を展開しています。

育毛剤もその中で生まれてきたもので、中国の古典にも表れてくるような、漢方の考え方をベースにした育毛の効果を目指したもので、生薬100%の育毛剤です。また、いわゆる美容系ですが、メイクアップとかでなく、基礎化粧品の分野にも現在は守備範囲を広げています。さらに、「医食同源」ですから、今後は食品分野にも守備範囲を広げていきたいと考えています。

中国の健康産業市場について

—— 現在、中国では、少子高齢化の進展、健康志向の高まりを受け、政府は「健康中国」建設を国家戦略に位置づけ、健康産業の市場規模は年々拡大しています。

古賀 私は昭和29年生まれですが、日本の今日までの流れを見ていると、私の子供の頃は、高度成長期に公害問題があって、人びとの健康をむしばんできました。その反省に立ち返って、徐々に日本も健康にシフトした行政や、企業であれば物の開発、それから国土の自然を維持していくための試み、そうした成果を日本は1つ1つ積み上げてきました。

中国でも、十数年前と今とを比較したときに、国土や街自体がきれいになってきています。空気も確実にきれいになっていて、青い空が見えることが多くなってきているのを実感します。それから、食に関する意識も高まっています。さらに、近年、中国への日本からの輸出で何が増えてきているかというと、子供のものです。ベビー用品、おむつやミルク、ベビーフードなどが急激に拡大してきています。こうしたことから、中国では、将来を背負って立つ子供を大事にしていこうと考えていることが見て取れます。

また、日本でもそうですが、高齢化が進んでいるので、60歳以降の方々への健康を、政府がかなり意識をしていると感じます。公害に対する対応だけでなく、食、運動、そうしたものの啓発活動が盛んになっています。日本でも今、健康寿命ということが言われていますが、中国も同じです。そうすると当然、その分野における物、サービス、情報が、これから中国国内においても拡大していくわけで、中国における健康産業は、さらに発展していくであろう、また、そうであることが大事だと思います。


撮影/本誌記者 郭子川

ECへの取り組み

—— 日本の経済産業省の予測では、電子商取引(EC)の世界市場規模は、2018年度が308兆円で、3年後の2021年には倍近くになると見込まれています。国別ランキングでは中国が圧倒的に1位であり、急成長しています。御社のグローバル戦略についてお聞かせください。

古賀 グローバル戦略というような大きなことは言えませんが、今、中国が圧倒的にECシェアを持っています。すでに5割以上を占めており、日本の9倍ぐらいのレベルになっています。当社は、先ほども言いましたように漢方薬の会社から出ていますので、いわば中国が恩人なわけです。当然、当社の商品を、中国でも展開をしていきたい。ある意味、「恩返し」です。それは、ECを抜きにして考えられません。当社では2012年からT-mall(天猫)に出店していますが、2012年との比較では、2018年で約6倍ぐらいまで拡大をしてきています。さらに、これから3年で、昨年実績の3倍ぐらいの大きさに拡大できると予測しています。それと今、ご存じのように、中国の法令の変化等もあり、越境ECも大きく伸びていくだろうと考えています。一昨年ぐらいから、当社も越境ECの準備を整え、昨年以降、着実に実績を伸ばしています。

もちろん当社は、中国の代理店と連携をして、リアル店舗でも、結構以前からバスクリンを初めとした商品の展開をしていただいており、そちらも伸びてきていますが、やはり今後は、率としてECが増えていくと思っています。

日本の入浴文化を伝える

—— 入浴の文化は、日本では浴槽に浸かるけれど、中国ではシャワーを使うというように違うように思います。今後、日本の入浴文化をどのように中国に発信していかれますか。

古賀 お風呂の文化というのは、基本的には体を温めるということなんです。体を温めることで免疫力が高まり健康増進にプラスになるというのは古今東西、普遍的な考え方です。中国でも昔から体を温めるための食べ物とか、お風呂の効果については認識があります。これはヨーロッパも一緒で、古代ローマではお風呂をヨーロッパ全体につくっていました。今はなくなっていますが、治療のためのお風呂は今でもたくさんあります。

入浴が健康にいいということは自明の理であって、認識されてはいるもののヨーロッパにおいてはインフラがありません。古代ローマのようなお風呂に入らなくなって1000年以上経っていますので、これからつくるのは難しいと思います。それでも、体を癒したいときには、必ずそういう施設に行くわけです。これは中国でも同じです。日本も温泉の数が多いですが、実は中国も非常に多いんです。ただ、それが日本のようなゆっくりくつろぐ施設にはなっていません。しかし、ニーズはあるのです。現に日本の衛生機器メーカーが中国に進出し、浴槽は増え続けています。

そうしたときに、当社としても何か貢献できることがあればやっていきたい。これは中国だけではなく、ヨーロッパでも同じです。入浴の効果の普遍性ということをしっかりと伝えていくのが、当社がやらなければならない役割だろうと、信念として思っています。

中国人も発想は一緒

—— 先ほど「中国に恩返し」という話がありましたが、中国ビジネスは今後どれくらいのウエイトを占めますか。

古賀 高くしていきたいと考えています。なぜかと言えば、中国にも同じベースの考え方があって、例えば中国人が冷たいものをあまり飲まないのは、体を温めるためなんです。それは発想が一緒で、東洋医学の基本的な考え方です。そうすると、親和性が必ずあって、当社の商品や、ものづくりの発想は、必ず受け入れられるものなのです。中国で事業を拡大していくことは自然な流れだと思っています。

取材後記

一つ一つの質問に理路整然と話す古賀社長の座右の銘は「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」。「金儲けや出世のためではなく、一人の人間として、社会に貢献をするために英知を磨くことが重要です。当社は健康をベースに社会貢献するというのが原点なのです」と語る笑顔が誇らしげだった。