小川 広通 伊藤ハム米久ホールディングス会長
安全と安心が信用を生む

今、中国の食品市場で一番重視されているのは食の安全性であり、日本企業の安全性への取り組みについても関心が高い。大手食品メーカーである伊藤ハムは、2016年に米久と経営統合し伊藤ハム米久ホールディングス株式会社を発足させ、連結売上高で業界2位を占めることになったが、同社はすでに中国市場にも進出しており、国内外での企業ブランドの展開について同社の小川広通会長にお話しを伺った。


撮影/本誌記者 原田繁

企業ブランドを支える人材

—— 伊藤ハムと米久は、ともに老舗ですが、経営統合による業界での御社の強みについてお伺いします。

小川 一言で申し上げますと、企業ブランドと、それを支えている人材の2つが強みだと思います。伊藤ハムは今年90年、米久は53年を迎えています。それぞれの会社が全く別の成長過程をたどったのですが、それぞれが、その時代その時代で、時流に合った商品開発を努力して行い、長年にわたってそれぞれの企業ブランドを培ってきました。そのため消費者からの信頼も厚いと考えております。

ものすごく地味なことですが、それぞれの会社が消費者のニーズに合った商品を丁寧に真面目につくり上げてきた結果です。

商品開発に始まり、それを製造して、物流網に載せて、消費者にお届けするという、企業として当たり前のことをきちんとやっているのが一番の強みです。また、それができるような仕組みをつくって、それを動かしていける人材がいるという点に尽きると思います。

中国のマーケット事情

—— 日本は少子高齢化による人口減少で、市場がしぼみ気味です。海外の市場、特に中国のマーケットについてどのような取り組みをしていますか。

小川 伊藤ハムは、2003年に北京に合弁会社を立ち上げ、中国での加工食肉の製造販売を開始しました。もう15年前になります。その後、紆余曲折を経て、現在では上海にある100%独資の会社が「伊藤食品」というブランドで販売をしています。販売エリアの多くは沿岸部です。

—— 北京の合弁企業はどうなっていますか。

小川 当時の合弁相手は中国で有名な食肉加工最大手の雨潤食品(中国雨潤食品集団)でした。その後、中国最大の食品会社であるコフコ(中糧集団有限公司 COFCO Group.)ともいろいろと事業展開をしていたのですが、今は雨潤とも合弁を解消し、コフコとの提携も解消しています。

伊藤食品は、製造委託している会社と非常にうまくいっており、今は拡大路線にあります。まさに今月(8月)、広州に新たに事務所を開設します。今は伊藤食品というワンブランドでやっていますが、9月からは、もう1つの事業会社である米久のブランドも立ち上げ、2つのブランドで中国市場に取り組んでいこうというのが現状です。

安全と安心という社会貢献

—— 社会貢献活動(CSR)は企業の信頼度を高める方策としても有効ですが、中国における社会貢献について、どのようなお考えをお持ちですか。

小川 当社は、「私たちは事業を通じて、健やかで豊かな社会の実現に貢献します」というグループ理念と、それに基づく具体的なビジョンを掲げています。中国における社会貢献という点で、食料に関しては2つの面があると思います。

1つの面は、人間が生きていくために必ず必要となる基礎的な「食糧」という性格の部分です。もう1つの面は、おいしさであったり、最近よく言われるような健康であったり、さらには宗教なども関わってくることもあります。たとえばイスラム教徒は豚肉を食べないとか、地域によってもさまざまです。こうしたいろいろな部分を含めて、人間の心が幸せになるような豊かな面を持つ「食料」ということです。

今の時代、これがどちらかだけになるということはないと思っています。昔は基礎的な食糧が主流でしたが、現在のグローバルな社会では、両方の面が常にバランスをとりながら存在しています。

中国市場では、豊かな面を持つ食料を求めるニーズが増えてきていますので、そちらの部分で、日本で培った商品開発や、いろいろなネットワークを活用して、勝負していきます。延いてはそれが中国における社会貢献に繋がると思っています。

—— 中国市場で消費者が今一番重視しているのは、食品の安全性です。

小川 食品メーカーとしては、安全に加えて消費者に安心感を与えるということが最重要です。安全と安心、この2つは企業としての活動の大前提です。それがないと消費者からの信用は得られません。

—— 中国の企業は、日本企業の食の安全の取り組みについて、非常に高い関心を持っています。

小川 中国は今、政府が中心になって食品の安全に取り組んでおられることは承知しています。その取り組みのスピードはものすごく速いと評価しています。

危惧される米中関係

—— 今年は日中平和条約締結から40周年で、両国の関係はいい方向に向かっていると思います。一方で、世界に目を向けると米中関係など貿易摩擦も生じ、世界経済に影響があるのではと懸念されています。

小川 日本の歴史は中国抜きでは全く語れません。日中関係は、日本にとって非常に重大なテーマだと私は考えています。そうした観点からみると、米中貿易摩擦は、危惧といいますか、非常に心配しています。

今や経済の面では、サプライチェーンも含めて完全にクロスボーダーになっています。経済の実態がそうなっています。片方で、経済の中で国境の壁をまた高くしようとするのが関税です。そのほかの非関税障壁もありますが、政治的に国境を高くしたところで、自らのところに負荷が返ってきます。そうすると、どうしてもそこでジレンマが生じます。ですから、そのジレンマを軽視して強引に進めるのは、やはりどこかで無理が来るのではないかと思っています。

—— 日本の経済界でも、こうした貿易戦争が日本に対しても影響があるのかどうか、いろんな見方があります。

小川 直接の影響は、やはり自動車が一番大きいと思います。もしアメリカがすべての国からの自動車に関税をかけるというようなところまでいきますと、これはもう世界経済全体が減速するリスクがあろうかと考えています。天災は人間にとっては避けられないことですが、人災については、人間は知恵がある動物ですから、よく考えて、合理的なところで被害を防ぐべきかと思います。

人生100年時代の企業の役割

—— 日本では人生100年時代と言われて、それをテーマにした書籍の出版や講演などが盛況です。こうした時代に、企業に求められる役割、企業トップのあり方についてはどうお考えですか。

小川 日本の現政府は、人づくり革命をテーマにして、100年時代を想定し、これからどういうことをやるべきかを議論しています。教育の無償化も進めていますし、社会人の再教育や高齢者の就労ということも議論されています。

そうしますと、企業としてはリカレント教育(生涯学習)がまず1つあります。そこに企業としてどういう支援ができるのか。もう1つは、高齢者の就労です。この環境を一民間企業としていかに整えるか、人生100年時代をどのようにするのかということに関しますと、この2つではと思っています。

リカレント教育については、今の企業の制度ですと、現役のときにリカレント教育を受けるのが、時間的にも物理的にも、なかなか難しいのが現状です。そうしますと、リカレント教育のために、従業員がそれを受けられるための制度設計が必要になってきます。あと何を受ければいいのか、何を学習するのがいいのかということもあります。そういった意味では、よく言われる「産学」で、効率的なリカレント教育に向けての制度設計をしていく必要があると考えています。

もう1つの高齢者の就労に関してですが、高齢者といってもさまざまですから、幾つかのパターンに合った制度設計を考えなくてはいけません。

日本の社会には、ポストオフ制度とかもありますが、給与や報酬、評価制度や定年制度など、それぞれさらに再考していく必要があると思っています。そうしますと、新人採用って何なのだろうという時代が来るかもしれません。グローバル的には、新人採用という概念は薄れてきていますね。そういったものを、白紙に戻して考えなくてはいけない時代が、あと10年もしたら来るのではないかという予感がしています。