立石 文雄 オムロン株式会社取締役会長
「ソーシャルニーズの創造」で中国のよりよい社会づくりに貢献

京都に本社を置くオムロン株式会社は、一般消費者には家庭用の健康医療機器で知られる大手電機メーカーであるが、創立以来のベンチャー精神をもとに、今日では制御機器や電子部品事業など幅広く事業を展開するとともに、海外進出を積極的に推進し、その売り上げを伸ばし続けている。2013年には上海オムロンコントロールコンポーネンツ有限公司の総経理(社長)に中国人女性が就任し話題を呼んだ。


撮影/本誌記者 洪倩

原点にある企業理念

—— 一般消費者にとって、「オムロン」といえば、やはり家庭用の電子血圧計や電子体温計など、健康医療機器で有名です。しかし御社は、駅の自動改札機やATM(現金自動支払機)の開発製造などでも有名です。近年、日本の電子機器製造業の競争が激化する中でも、着実に業績を伸ばしておられる御社の強みとは何ですか。

立石 3つの要素があると思っています。1つは、企業理念です。2つ目は、当社のコア技術です。それから3つ目が事業ポートフォリオです。

オムロンは1933年の創業以来、常に世に先駆けて、社会的課題を解決し、よりよい社会づくりに貢献する企業として事業を展開してまいりました。

その原点になるのが、創業者立石一真(たていしかずま 1900~1991)が1959年に制定した社憲「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」になります。社会の課題を解決し、新しい社会をつくるためのイノベーション(技術革新)が常に頭にあったということです。結果、多くの世界初、国内初の商品や技術が、特に1960年以降世に送り出しました。

そして、それを実現できたのが、独自のコア技術「センシング&コントロール+Think」です。Thinkの意味は、人の知恵や知見のことを表しますが、AI(人工知能)もそのひとつです。当社は、幅広い事業を展開しておりますが、事業全てのベースとなるのが、「センシング&コントロール+Think」です。

最後の事業ポートフォリオですが、当社は制御機器事業、電子部品事業、車載事業、社会システム事業、ヘルスケア事業など、非常に幅広い事業を持っております。今では、全世界で社員が約3万6000名、国としては約117カ国で当社の商品やサービスをご利用いただいています。

今申し上げた社憲ですが、社憲というのは会社(当時は「立石電機」)の憲法という意味で、創業者がこれをつくった背景には、実は残念なことに1948(昭和23)年に起きた労働争議があったのです。そのとき創業者が、いかにして労使が一体となって同じ方向に向いて進んでいけるかを日々悩んでいました。

その後、1953年にJEMA(日本電機工業会)主催の米国視察団に創業者が参加し、その中で、米国の経済発展の源泉は、星条旗に込めた想いや、フロンティア精神などの理念にあることに気づきました。そして企業にも同じように理念のようなものが必要であると確信を持ちました。その後、1956年になって、経済同友会のセミナーに参加した際、「企業の公器性」について勉強する機会を得まして、腑に落ちることになり、そこからさらに研究を重ね、1959年に「企業の公器性」を精神としたオムロンの「社憲」が制定されたのです。

そして、その中の「よりよい社会を……」の「よりよい」に込められた意味は2つあります。1つは、企業の公器性で、事業を通じて社会の発展に貢献するという志です。もう1つが、よりよい社会をつくるには、待っていてもだめで、オムロンが先駆けとなりたいという強い思いです。

「第二の創業を中国でする」

—— 1972年の中日国交正常化以後、御社の創業者の立石一真氏は、いち早く中国ビジネスの可能性に着目されています。

立石 日本の製造業としては最初に中国に進出して、約40年近くになります。日本で培ったさまざまなオートメーション技術、ノウハウ、それから商品が必ずや中国の皆さんのよりよい生活と、よりよい社会に貢献できるという信念のもとで、創業者が1974年に、日本国際貿易促進協会京都総局の副会長として訪中しています。創業者は当時から「第二の創業を中国でする」と社内外に宣言しておりました。

 

—— 中国陝西省にある大学に寄付講座「オムロンクラス」を設立して、ものづくりの中核を担う現地のリーダーの育成にも取り組まれていますが、中国で御社はどのような戦略をお持ちですか。

立石 当社は、中国を含む海外事業に非常に熱心で、その競争力の源泉は、海外での多様な人財を活用するというダイバーシティの考え方にこだわっていることです。

2010年に中国の大学でオムロンクラスをスタートしたのもその一環です。また、当社が2011年から取り組む長期ビジョン「VG2020(Value Generation 2020)」の重要戦略の1つに、大アジアでの成長というのを掲げており、そのときに欠かせないのが、ものづくりの人財確保と育成だからです。

この取り組みは、中国政府からも評価をいただいており、今は西安と南寧の2校で取り組んでいます。在籍者は現在約100名で、2011年から17年までの6年間に約550名が卒業しました。商品開発や生産技術など重要な部署に、西安のオムロンクラス出身者がいて、活躍してくれています。

また、同じくダイバーシティの観点から、今年の3月に、上海オムロンコントロールコンポーネンツ有限公司の社長で、徐堅という中国人女性がオムロン本社の初めての女性執行役員に抜擢されました。

中国での日本企業の役割

—— 中国でビジネスをやっていく中での課題は何ですか。

立石 当社は今、海外事業比率が約60%です。企業理念に基づき、進出国のよりよい社会づくりに、国民の皆さんのよりよい生活づくりに貢献するのが大きな使命です。「民を以って官を促す」という言葉の通り、民間企業の事業活動が場合によって国同士の交流促進につながり、役割が非常に大きいと思います。

一民間企業として当社が中国で事業が出来るのは、、もちろん中国政府の許可があってです。許可を頂き事業をさせていただく限りは、ビジネスの成長だけではなく、国民のよりよい生活を願って、オムロンが持っているノウハウや技術で貢献することが当然の社会的責務です。

—— 今年は中日国交正常化45周年、来年が中日平和友好条約締結40周年の佳節に当たりますが、そうしたときにおいて、中日間のビジネスを進めていく重要性について、どのように感じていますか。

立石 今の中国は、日本と同じく少子高齢化や環境問題に直面しています。日本は、ご承知のように1960年代ぐらいから、産業社会で物質と情報の豊かさを得る一方で、環境・エネルギー・健康などが大きな課題として顕在化しました。オムロンはこれを「工業社会の忘れ物」と呼んでいます。これらの課題に対して、オムロンは多くの日本企業と一緒に協力して解決に当たりました。これまでに蓄積した技術とノウハウを中国社会に還元するのは進出日本企業の役目だと思います。「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」。オムロンは中国でもこの企業理念の実践を通じて、中国のよりよい社会づくりに貢献し続けたいと思います。