田川 博己 日本旅行業協会会長
「中国人観光客の誘致が観光立国への鍵」

中国経済の発展に伴い、今では「思い立ったら旅に出る」という中国人が増えている。地縁等により一番人気は日本であるが、同時に日本社会が中国人観光客に向ける目も気になるところである。田川博己氏は、一般社団法人日本旅行業協会(JATA)の会長であるとともに、株式会社ジェイティビー(JTB)会長。JTBは旅行会社としては国内最大手、世界トップクラスのグローバル企業グループである。田川氏を取材することで、ダイレクトに日本社会及び日本の旅行業界の、中国人観光客に対する真実の見解を知ることができる。

 
撮影/本誌記者 張桐

旅行業はウィンウィンの事業

—— 二階俊博先生が「観光立国」を提唱されてから、自民党政府は観光に力を入れてきました。特に、日本旅行業協会(JATA)の会長に就任されて以降、訪日観光客の増加は顕著で、4年連続で記録を更新しています。政府は2020年までに訪日観光客4000万人を目標にしています。この数字を会長はどう見ていますか。達成する自信はありますか。

田川 訪日観光客に占める中国人観光客のウエイトは大きいので、極端に言えば、中国人観光客を誘致できれば達成可能だと思います。中国からのリピーターも増えているようですし、日本の良さを知ってもらうためのルートを提案し、さらにリピーターのニーズに応える必要があります。中国人観光客を誘致できるかどうかが観光立国への鍵です。

2015年に、私は「日中観光文化交流団」実行委員会の委員長として、二階俊博先生率いる3000人の訪中団のお手伝いをいたしました。習近平総書記が人民大会堂で我々と会見を行った際、両国の民間交流が非常に大事だとの激励を受け、両国の友好促進に努めていこうとの決意をより強くしました。

先日、中国国家旅游局の李金早局長が来日された折、石井啓一国土交通大臣と一緒に面会いたしました。今年は日中国交正常化45周年で、2020年には東京オリンピック・パラリンピックを迎える。この4~5年はアジアに注目が集まります。そういう意味で、今年は三段跳びの「ホップ」の年で、日中両国が協力してやっていこうとの共通の認識に至りました。

民間交流、観光はウィンウィンの事業です。両国の民間交流・民間の往来が増えれば相互理解が深まり、友好が促進されます。逆に交流が途絶えると閉鎖的になります。これは過去の歴史が証明しています。ですから、今後も我々は日本社会に向けて積極的に中国観光の魅力を紹介していきたいと思っています。

中国の都市は大きく変化していて行く度に新たな発見があります。これも中国観光の大きな魅力です。ニューヨークのような近代的な大都市もあれば、民族色豊かで重厚な歴史を留める建築群もあります。

日本人の中国観光というと、以前は桂林など各地の有名な観光地が人気でしたが、これからは都市観光がトレンドになっていくと思っています。逆に日本は大阪、東京、京都などの都市観光から、日本の生活文化が豊かな地方へ移っていくのかなと思います。

 

添乗員の職務不履行による中国人観光客のマナー違反

—— 中国人観光客のマナーについては、近年日本のテレビでも話題になっていますが、日本旅行業協会の会長として、どうお考えですか。

田川 30~40年前は、日本人もヨーロッパで同じようなことをやっていましたので人のことはあまり言えませんが、旅行者のマナーと国の成長とはセットだと思うんです。国が発展して海外旅行者が増えればマナーも良くなっていきます。

また、旅行会社の添乗員への指導が大事になってきます。同行する添乗員が、初めて来日した中国人観光客に、ここで写真を撮ってはいけませんよとか、ここに座ってはいけません、ここでたばこを吸ってはいけませんと一つひとつ説明していないケースがとても目立ちます。中国人のマナー違反を生んでいるということがあります。添乗員が責任を果たしていないために、中国人観光客が「濡れ衣」を着せられているかたちです。

「郷に入っては郷に従え」で、日本国内でも地方によってマナーが異なります。事前に何も教えてもらわなければ、たとえ日本人であってもマナー違反と非難されます。

 

—— 日本の旅行業の「おもてなし」が日本の印象を変えてしまうという懸念はないですか。また、日本旅行業協会の目下の役割は何だとお考えですか。

田川 JTBには100年の歴史がありますが、その起源は、外国人旅行者を誘致するために設立されました。日本は中国などアジアと同様に「ものづくり」の国として名を馳せてきました。しかし、国際情勢の変化に伴い、欧州の国々のように日本も次第に「観光立国」ということを考え始めたわけです。

日本は島国ですから、出入国は飛行機と船に頼らざるを得ません。年間に日本から1700万人が出国し、2400万人の訪日観光客が入国していますから、両方で4100万人分の飛行機や船が必要になります。現在、日本には90ほど空港がありますが、輸送インフラの整備も我々の重要な役割の一つです。

さらに、訪日観光客の安全・安心を担保することもそうです。2011年の東日本大震災はたまたま3月のオフシーズンに発生しました。2016年の熊本地震は真夜中でしたから熊本城に観光客はいませんし、不幸中の幸いでした。時間帯やシーズンが違っていたら旅行者にも被害が及びます。この点は政府と一緒になって、自然災害発生時の対応や避難などの危機管理についてもしっかりやっていく必要があります。

中国と比べれば日本の方が「観光立国」の先進国かもしれませんが、近年は中国の方が勢いがあります。習近平総書記も民間交流を重視されていますし、歴代の国家旅游局長さんも力を入れておられますので、私も負けないように頑張らないといけません(笑)。

 

インターネットによって削がれる若者の渡航意欲

—— 「思い立ったら旅に出る」中国の若者に比べて、日本の若者の内向き志向は顕著ですが、この現象についてどうお考えですか。

田川 若者のパスポート申請件数だけを見れば、決して悲観的な数字ではありません。しかし、留学や旅行で渡航する若者は年々減少の傾向にあります。インターネットの普及が主な原因の一つに考えられると思います。一歩も外に出なくても世界を見ることができるんだという錯覚かもしれません。

まずは、学生たちに、海外旅行を喚起する取組みを、教育機関などとも連携する必要があるかもしれません。

 

海のシルクロードツアー構想

—— 今後、中日の観光業にはどのような協力の可能性がありますか。

田川 我々アジア人がヨーロッパ旅行に行く場合、一般的に三大都市であるロンドン、パリ、ローマに行きます。かつての大英帝国、フランス帝国、ローマ帝国の中心だからです。ヨーロッパ人がアジアを旅するとしたら北京、ソウル、東京になると思うんです。 

日本、中国、韓国はアジアを代表する三カ国です。東京、北京、ソウルはそれぞれを代表する都市であり、かつての海のシルクロードでもあります。中国は海のシルクロードを経て、日本と朝鮮半島の政治、経済、文化に計り知れない影響を及ぼしてきました。日中韓三カ国が協力し、現代版海のシルクロード観光ルートを実現できれば、欧米から多くの観光客が訪れ、それぞれの『東方見聞録』を綴ることができるでしょう。