奥井 賢二 NECチャイナ・ソフトジャパン代表取締役社長
IT事業はグローバルな加工貿易の時代へ

中国のIT技術の進歩はめざましく、今や日本に追いつき追い越そうとする勢いである。このため、かつてオフショア事業として中国に進出した日本企業にも撤退を余儀なくされるケースがみられる。そうした中、ITをめぐる環境の変化を読み取り、新たな中国戦略を展開している企業もある。大手メーカーNECグループのソフトウェア開発部門を支える中核企業として2007年に設立されたNECチャイナ・ソフトジャパン株式会社(NCJ)である。同社は中国人技術者を積極的に採用・育成していることでも知られる。同社の企業競争における強みは一体どこにあるのだろうか。


撮影/本誌記者 張桐

必要なのはグローバル性

—— 最近の日本企業の進出・撤退などを含む中国の経済環境の変化についてどのようにお考えですか。

奥井 まず、NECという企業の、中国との関係からお話しします。1972年は日中国交正常化の年でしたが、そのときにNECが中国で初めて衛星通信のシステムを適用して、会談の模様を衛星生中継したのです。それをきっかけに1980年、NECは中国に進出しました。日本企業の中では相当早い段階で中国進出でした。

NECが進出をしてわかったことは、中国には非常に優秀な技術者が多いということでした。それならば日本のIT事業の一部を中国の方々に委託し、ソフトウェアを中国でつくっていただこうということで、オフショア開発事業を開始しました。それが20年程前のことです。

当初は、ローコストで運営ができるということで、オフショアが設立されたのですが、10年程経った頃、IT事業環境にも変化があり、「リソースパワー」のことが議論されるようになりました。中国のIT人口は479万人、日本は109万人程度です。つまり、中国のIT人口は日本の約4倍強なのです。その4倍強のリソース(資源)を日本の企業が活用したいのは当然です。NECでも、日本と中国との間で、さらに連携がとれた事業を展開していくことを目的に、2007年にNECチャイナ・ソフトジャパン株式会社(略称NCJ)を設立しました。

それから10年が経ち、今ではITは非常に高度な技術に変わりつつあります。そうしますと、中国でのオフショア事業において、付加価値が提供できないと、その推進が難しい状況になりつつあります。つまり、オフショア会社というのはこれまでは日本の事業だけをやっていればよかったのですが、今はそうではなくて、日本から付加価値を輸入して中国マーケットに提供したり、逆に日本に付加価値を輸出するという流れに変わってきているのです。

 

—— そうした中で、日本企業が中国で成功する決め手とは何でしょうか。

奥井 それは「グローバルGlobal」ということです。日本人は、まだまだグローバル性に馴染まないのか、未だに「インターナショナル International」という言葉を使う方がいます。中国の方は「グローバル」を使います。その違いは何かと言いますと、日本にいながらにして、外国がどうだ、中国がどうだと議論するのがインターナショナルです。グローバルというのはそうではなく、地球レベルで、外側から各国を見ていくのです。考え方がダイバーシティ(多様性を容認する見方)なのです。

それだけでなく日本と中国とでは、やはり人生の考え方も違っています。日本人には終身雇用の考え方が根強く、一般的には60~65歳ぐらいが定年です。ところが、中国人は45歳前後が会社人生の定年だと言われ、驚いたことがあります。その考え方だと、会社人としてのピークは35歳前後にあることになります。今、NCJの中国人社員も大体それに近いところに平均年齢がありますが、このことは企業が持つ競争力であり、強みにもなっています。

また、中国にあって日本にないものがあります。1つは広大な土地です。私も北京の地下鉄はよく利用させていただきますが、地下鉄の総延長距離は世界一です。東京の地下鉄はすごく複雑なので距離があるような気がしますけど、中国の地下鉄の総延長の方が圧倒的に長いのです。土地が広大だからです。

それからもう1つは莫大な人口です。春節では大体4億人ぐらいが帰郷や観光で移動すると聞いています。春節の休暇を利用して海外に行く中国人が約600万人ぐらいです。日本の十倍になる規模です。

ですから、広大な土地と莫大な人口を起点にしたビジネスを考えないと、中国では絶対に成功しません。それを意識しないで日本の製品を中国に持っていって、日本の値段で売っても全然だめなのです。

例えば日本では、ある製品の開発をするときに、1万台売れると仮定して、その1万台という初期ロットを想定して価格を決めるわけです。開発費用が1000万円かかったとすると、価格を1000円にして売り出し、元を取ろうとします。ところが同じ製品を作るにしても、中国での初期ロットは、恐らく10倍の10万台は出ます。単純に考えても100円で10万台売れれば元が取れるはずで、1000円では日本製品は売れません。中国市場で売るためには初期ロットを大きく想定し、価格を下げなければなりませんが、こうしたことが出来ない日本企業は、中国では難しいなと思います。

 

日中で連携して加工貿易を

—— AI(人工知能)のようにITが社会に変革をもたらしています。ITに関して、日本と中国が競争することについてはどのように見ておられますか。

奥井 日本のIT技術の歴史は60年を超えますが、中国のIT技術の歴史は未だ30年程度です。しかし、現在は中国のIT技術レベルは、日本を凌ぐレベルになっており、日本の2倍以上のスピードで進化しています。

私自身は、これからはIT企業が日中間で連携していくときに、少し変な表現かもしれませんが、日本は加工貿易をすべきだと思っています。それは、中国の最新のIT技術を日本が輸入して、日本の付加価値をつけて、もう一度輸出をするといった流れを作ることです。加工貿易は、昔から日本の一番得意だったことです。日本は資源を輸入して、それで品質のいい製品をつくってメイド・イン・ジャパンとして売りました。それと同じことをやるべきです。

メイド・イン・チャイナ&ジャパンになりますが、要は高度なIT技術に日本らしさ、日本の付加価値をつけるのです。その1つが品質です。品質を作り出すプロセスと、思いやりが付加価値になります。その他、AIなども付加価値の一つです。

NECは、創業117年になりますが、これまで品質を大事にしてきた会社です。日本科学技術連盟のデミング賞(旧品質管理大賞)を日本で最初に受賞した企業はNECです。ですから加工貿易するときにも、NECという企業の付加価値は何かというと、一番は品質です。これは、中国はもちろん全世界で受け入れられるはずです。

 

なぜ中国人技術者は優秀か

—— 御社の強みについて、他社と比較した差別化のポイントなどをお教えいただけますか。

奥井 やはり社員が優秀な中国人であることです。ITの人口について先ほど述べましたが、それを全人口に対するIT人口の比率として見ると、日本の109万人というのは0.9%で、中国13億人に対する479万人というのは0.4%です。倍率が高い分だけ、日本のIT技術者よりも中国のIT技術者の方が優秀なのではないかと、私は思っています。

さらに、当社の社員は、先ほど言いました品質とそれを作り出すプロセスを完全に理解しています。それを違う言葉で言うと「習慣化」になります。つまり当社の社員は、品質ということへのこだわりや、品質を作り出すプロセスが習慣化しているのです。しかも、55人のSE(システムエンジニア)全員が中国人です。これだけの中国人を組織化しているNECグループの会社は他にありません。これが当社の強みです。

 

充実した人材開発育成制度

—— 社員の育成についてはどのように取り組んでいますか。

奥井 当社では、人事制度の中に人材開発育成制度を設けています。大きく定義しているのはプラクティスファイルと呼ぶ、「役割」と「あるべき人材像」です。マネジャーというのはこういうことができなければいけない、主任というのはこういうことができないといけないといった、それぞれの「役割」を階層ごとに定義しています。

「人材像」としては、プロジェクトマネジャーという人材は、こういう役割で、こういうことができないとなれないし、ITアーキテクトというのは、こういうことができて、こういうことが認められないとだめですよというように、「人材像」の定義をしています。

そして、それらの実現のための育成制度を定義しています。さらに、自己啓発の研修制度もあります。社員には、そういう育成のプロセスを経て、当社が求める人材、求める役割を担ってもらっています。