堀切 功章 キッコーマン株式会社代表取締役社長CEO
「醤油づくり一筋に」創業100年の老舗

柴、米、油、塩、醤、酢、茶の7つは古来より生活必需品とされてきた。現代では、柴は天然ガスに取って替わられたが、他の6つにおいては、中国人は千年にわたって究極を追求し、視覚、嗅覚、触覚などすべての感覚を駆使して最高の味を探し求めてきた。醤油については残念ながら、世界中に知られ、醤油と称されるものは、中国ではなく日本のものである。日本には現在でも1400社もの醤油メーカーがあるが、その中でも、17世紀中期の江戸時代にその源流を持ち、長年日本の食文化を支えてきたキッコーマン株式会社が最も有名である。100周年を目前にした、同社の堀切功章社長を訪ね、インタビューを行った。

良い醤油に濃い味は必要ない

—— 醤油はアジア特有の調味料と言えますが、食の多様化した現代にあって、キッコーマンしょうゆは世界100カ国以上で愛用されています。キッコーマンしょうゆの人気の秘訣は何だとお考えですか。

堀切 キッコーマンしょうゆは我が社の主力商品です。300年以上にわたって伝統的な天然醸造技術を継承し、無添加、無着色で、化学調味料も使用していません。微生物による発酵、分解だけによるもので、醸造には半年を要し、色も香りも自然に発生したものです。醤油自体に濃い味は必要ありません。食材のおいしさを引き立てることこそが醤油の役割です。

60年近く前に北米市場に本格参入した際、「何にでも合う」と評価され、アメリカの新聞に「All-purpose seasoning オール・パーパス・シーズニング」の万能調味料で、煮たり、焼いたり、炒めたり、蒸したり、どんな料理にも使えますと紹介されました。現代人は食も自然・健康志向になり、食材の色、香り、味、おいしさを引き立てる醤油は次第に多くの国の人々に受け入れられ、今ではキッコーマンしょうゆは大きく認められるようになりました。

100年の老舗に驕らず

—— 個人経営の時代から数えて、キッコーマンには350年の歴史があります。会社組織になってもうすぐ100周年だそうですが、中国では「百年老企」と言います。100年の老舗としての強みは何でしょうか。

堀切 日本には1400社もの醤油メーカーがあります。弊社を入れた大手5社で国内マーケットの半分を占めています。日本は、北は北海道から南は沖縄の縦長の島国で、食文化が多様な中でキッコーマンがトップでいられるのは、我々が100年間提供してきた商品が安全で安心であるとの消費者の評価であり、国民の信頼と支持をいただいているということだろうと思います。さらに、常に地域・社会とともに歩んできたということもあります。

老舗であっても、伝統にこだわらず、時代の変化に柔軟に対応し、良いものは良いと常に新しいものを取り入れてきました。それが弊社の1つの競争力であり、企業価値になっていると思います。今後も、企業として200年、300年と歴史を綴っていきたいと思います。

鮮度の高い料理ほどキッコーマン醤油が合う

—— 御社は2002年に中国市場に本格的に参入し、2カ所に生産基地を設立しておられます。中国でも日本でも醤油は生活必需品ですが、食文化は異なります。キッコーマンしょうゆは何を持って中国市場に打って出ますか。また、如何にして差別化と現地化を図りますか。

堀切 醤油の歴史から言えば、日本は中国から学びました。醤油の醸造方法を日本のお坊さんが持ち帰り、日本の風土・気候に合ったかたちで日本流の醤油にしたということです。

私の見解では、中国と日本では醤油の使われ方に大きな違いがあります。中国では色付け、味付けに使われますが、日本では食材を引き立てることがその目的となります。ですから我々はキッコーマン醤油を紹介する際、この違いを訴えます。

2010年に第41回万国博覧会が上海で開催され、日本料理とキッコーマン醤油を紹介する絶好の機会に恵まれました。我々はKIKKOMAN 料亭“紫MURASAKI”という日本食レストランを出しましたが、すぐに予約で一杯になりました。

そこで解ったことは、キッコーマンしょうゆを中国のスーパーマーケットの売り場に置いただけではだめで、実際に使っていただき体験していただくことが必要だということです。中国の醤油より価格が高くなってしまうので、中国人の顧客は買いません。店頭で使い方のデモンストレーションを行ったり、中国の料理学校や有名シェフを訪ねて、キッコーマンしょうゆを試してもらい、知名度を上げていくことが大切だと考え、実行しています。

商品を紹介していく過程でもう一つ気付いたことは、沿海都市の上海や広州などに比べて北京は難しいということです。沿海都市には新鮮な海の幸が豊富で、新鮮なものをよりおいしく食べるためにキッコーマンしょうゆを使います。

中国四大料理、八大料理と言われますが、それは過去には物流が良くなかったため、地産地消でその土地の特色ある料理が生まれたということです。現在、中国経済の目覚ましい発展に伴い物流網も次第に整備され、内陸都市でもその日か翌日には海鮮を口にすることができるようになりました。今後、キッコーマンしょうゆを使用するフィールドや料理が増えていくと思います。

中国の人口は日本の10倍以上です。その人たちが普段中国の醤油を使ったとしても、一部の人が日本の醤油を使ってくれれば、大きなマーケットシェアになります。中国はマーケットとして大きな魅力があると思います。

今こそ民間の力を発揮する時

—— これまで中日ビジネスは、両国の政治的な関係に左右されてきました。この点についてはどうお考えですか。

堀切 確かに現在の日中の政治的関係には、複数の課題が存在していると思います。だからこそ両国の文化交流、経済交流を進め、民間の力で友好関係を構築していく必要があります。政治的な関係がどうあれ日本と中国は隣人です。お互いを理解し、未来を見据えてさらに関係を強化していくべきです。今こそ我々民間の力を発揮し相互理解を深めていく時だと思います。

取材後記

食通として名高い清朝中国の文人である袁枚が著した『随園食単』に「清醤」の記述が見られる。料理の中には食材によって塩も砂糖も使用せず、醤油のみでつくる料理もある。料理は辛過ぎても薄味でもダメで、まさに醤油のさじ加減ひとつで料理の味は変わってしまう。醤油は千年の歴史を経て、我々に欠くことのできない味覚となった。キッコーマンは正に職人の精神で醤油を作り続けている。