成田 一夫 株式会社マツモトキヨシ代表取締役社長
日本の良さを訴求し、中国に貢献

日本を訪れる中国人で“マツキヨ”を知らない人はいないだろう。先日、日本のドラッグストア最大手グループの中核会社マツモトキヨシの成田一夫社長を訪ね、訪日中国人観光客への取り組み等について伺った。「爆買い」報道に話が及ぶと、「中国の方に失礼な表現に感じるので、私を含め当社では『爆買い』という言葉は使わないようにしています」としたうえで、「日本の良さを訴求することで、中国人観光客の方が“日本で買い物をする自分を楽しく思える”仕組みをつくりたい」と話した。

早い時期から中国人観光客向けのサービスを提供

—— 昨年来の訪日外国人の増加に伴う市場の拡大で、ドラッグストアの売り上げが伸びているとの報道がありますが、現状をどのように見ていますか。

成田 JNTO(日本政府観光局)のデータによると、4月の訪日外国人客数は前年同月比43.3%増、5月には約5割増です。国別に見ますと、中国、台湾、韓国、香港など東アジアの方が全体の67%と大半を占めています。

当社は、店舗の立地が他のドラッグストアに比べ、駅前や繁華街に非常に多く展開しています。それが功を奏して、中国の方もご来店頂く機会が多く、大阪周辺の店舗では、2002年頃からたくさん来られていました。

ですから、2007年頃から他社に先駆けて銀聯カードを導入していました。昨年10月、ドラッグストアで販売している多くの商品も消費税免税対象商品に拡大されたので、それら店舗にシステムを導入し、2015年6月末現在グループ170店舗強で免税に対応しています。

中国人観光客が多い店舗については、ポップやプロモーションを中国語でわかりやすく提供し、中国語を話せる店員の配置などを今進めているところです。

中国への情報発信を強化しネット通販で市場を拡大

—— 今後、訪日中国人の誘客にどのように取り組んでいきますか。

成田 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、訪日外国人の更なる増加が見込まれます。中国向けの情報発信について言えば、以前から中国国内のフリーペーパーで当社の紹介がなされていました。それはこちらから発信したものではなく、中国の旅行代理店の方などが、独自で案内をしていただいていたようです。

こうしたフリーペーパーは最近特に増えており、有力な媒体については直接やり取りをして、クーポンの配信やSNSなどの活用ができるサービスの提供もしています。今後はもっと積極的に、地域の商業施設や自治体とも連携して、訪日される観光客の皆様にとって、便利で使い勝手の良い情報発信に努めて行こうと考えています。

—— 中国市場をどのように分析していますか。また、中国市場進出の考えはありますか。

成田 情報の収集能力、行動力、人口の多さも含めて中国は素晴らしいマーケットだと認識しています。しかし、現在日本国内で行っているような事業展開を中国や他の国まで積極的に直接投資していけるほどの力はまだありません。

現時点では日本に来られるインバウンドの方を対象に、販売を展開していますが、昨今IT技術の発展が著しいので、中国でのネット環境をよく研究した上で、将来的には海外に人員や店舗を直接投資する手法ではなく、拡大の見込まれるネット通販の事業展開を研究したいと考えています。

ソーシャルメディアの活用で顧客に直接アプローチ

—— 御社の強みは何ですか。

成田 「美と健康に特化し、その分野になくてはならない企業グループを目指し」トータルで国民生活者のサポートをしていきたいというのが当社のコンセプトです。その中での強みは、過去においては商品開発力、展開力でしたが、今はマーケティングです。

10年位前はチラシが唯一の宣伝手段と言っていいほどでしたが、今はそうではありません。現在、ポイント会員及び当社媒体の会員は約3700万人に上りますが、その顧客分析により、年齢、男女別に何をいつどの程度購入したか、そしてこれから何を必要としているかという想定をし、LINEなどを利用して顧客にダイレクトにアプローチするようにしました。つまり、ソーシャルメディアの活用で顧客1人1人の嗜好に合わせて効果的に販売を促進するOne to Oneの取り組みです。

もう一つの強みは店舗の立地条件が良いことです。当社は将来を見据えたうえで、駅前など好立地に店舗を作ってきました。家賃を含めて高コストではありましたが、そこにうまくインバウンドが絡んできているのです。

—— ドラッグストアチェーンでは初の試みとして、店舗とネットを活用した新たなサービスを7月1日より開始しましたが、どのような取り組みですか。

成田 今後、利便性を考えればネット時代になるのは確実です。ですから、グループ店舗を今の1500店舗からさらに2000店舗くらいまで増やしていくのと合わせてネットとの融合をはかります。いわゆるオムニチャネルです。

新たなサービスでは、当社のネットで見てネットで買う、ネットで見て店舗で買う、店舗に行って発注して自宅に送ってもらう、店舗からネットに発注するという4通りのやり方ができるようになります。

また、スマホから自分の“マイストア”に登録する――例えば私でしたら自宅の近所に当社の店が3店舗くらいあるので、それぞれの店で自分が買いたいと思っている商品を調べられます。商品があるのかないのか、いくらなのか、3店舗の中で1番安いのはどこかまで知ることができます。それを自分で買いに行くのか、届けてもらうのかも自由に選べるようになるのです。

ドラッグストアはセルフメディケーションに貢献

—— 現在、日本経済の再生が期待されている中で、ドラッグストアが果たす役割をどのように考えていますか。

成田 近年、平均寿命が長くなり、生活習慣病などが問題になっています。そこで注目されているのが、自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てする「セルフメディケーション」です。

規制改革による法改正により、検体測定室の届け出を行うことで簡易な血液検査ができるようになっています。薬局店頭でお客様の自己採血による簡易な血液検査ができ、薬剤師は検査結果の告知等を通じ、お客様に的確なアドバイスができます。

これからのドラッグストアは、どこでも簡単にサービスを受けられる仕組みを作ることでセルフメディケーションに貢献できると考えています。

買物すること自体が楽しいと思える仕組みをつくる

—— 中日ビジネスは両国間の政治関係に左右されると言われていますが、中日関係の重要性についてどう考えていますか。

成田 アジアの中での日本は、以前は飛び抜けた存在でしたが、今では中国が世界中の国に積極的な投資を行っております。

そうした中で、近くて遠い国と表現されている現在の両国関係を、我々の立場で言えば物販を通して、また、スポーツ、芸術、文化等の民間交流を通じて、本当の近い国にしていかなければならないと考えていますし、まだまだ日本の多くの技術やサービスがお役に立てると信じています。

—— 中国人にどのような印象をお持ちですか。

成田 店舗がすごく混雑していてもレジが遅いとお叱りをいただくことはないようですね。中国人の方は多少お時間がかかってもお待ちいただけますね。怒られたという話は聞きません。周りの方と一緒に話しながら笑っているという、大陸風といいますか、大らかさを感じます。

日本製の商品に信頼をいただき、たくさんのお買い物をしていただける皆さまの買い物風景を「爆買い」という言葉を使って表現していますが、私はちょっと気になっています。

中国の方は訪日する前からあらゆる手段を利用して商品情報を入手し、期待感を持ってご来店されます。お客様はお目当ての商品を見つけると皆さんが集まって来て、これはここが優れているんだとか、こうした機能がないなとか分析している、そういう光景を見かけます。私は日本の良さとしての商品・サービスを訴求することで、買い物をすること自体が楽しく思える仕組みをつくりたいと思っています。ですから当社ではそのような表現は使いません。

今後、中国人観光客の皆さまに対するマーケティングをさらに進め、専用の商品もメーカー様と連携して作ろうと考えています。それが次の当社のサービス化戦略でもあり、中国への貢献かなと思っています。

 

取材後記

取材後に恒例の揮毫をお願いすると、「逆命利君」と書かれた。「これは中国のことわざで、『命に逆らいて君を利する』――すなわち、社長(上司)の示した方針をよく理解し、そのメリット、デメリットを把握し、自らの判断でリスクを排除し結果的に成功するというもので、これを実践できるものは極めて能力の高い人材です」と説明され、「このことは社員にも求めているし、自分自身もそうでありたいと思っています。ただ難しいですよ。失敗しちゃうと何で言った通りしなかったってことになりますからね」と笑顔で話された。