宮内 義彦 オリックスグループ シニア・チェアマン
中国の若者は穏やかに、日本の若者はアグレッシブに

1964年に設立されたオリックスグループは、日本最大の総合金融サービスグループであり、総資産約920億ドル、世界30カ国以上の国と地域に現地法人を擁している。オリックスグループのシニア・チェアマンである宮内義彦氏は今年80歳、このグループを作り上げた13人の創立メンバーの一人で、オリックスに50年以上勤め、その成長と戦後日本の発展と変化を見続けてきた。宮内氏は1996年に行政改革委員会規制緩和小委員会の座長に就任して以降、約11年にわたり委員長や議長などを歴任し、日本政府の規制改革を推進してきた、日本の政財界に大きな影響力を持つ人物の一人である。近日、宮内氏の著書『“明日”を追う』の中国語版(蒋豊翻訳)が中国東方出版社から刊行されるのを機に、6月3日午後、浜松町にある世界貿易センタービルのオリックス本社を訪ね、宮内氏に話をうかがった。特筆すべきは現在も初心を忘れず、東京でオフィスビルを賃借し自社のオフィスビルを持たないことだ。オリックスグループのある36階の窓から見える2つのタワーマンションは、同グループが投資して建設したものだと聞いて感動した。人間は初心を忘れなければ事業を成功させられるし、企業は初心を忘れなければ事業を繁栄させられるのである。

 

 評価できるアベノミクス

―― 『“明日”を追う』の翻訳を通して、シニア・チェアマンが初期の設立メンバーからオリックスグループの会長になられるまでの人生の軌跡と、オリックスグループがわずか社員13 人の企業から世界をリードする総合金融サービスグループに成長するまでの道のりを知りました。まず、日本の代表的な経営者として、アベノミクスをどう評価されますか。

宮内 安倍政権の誕生は、確かに苦境を打破する兆しだと感じられました。日本は長い間このような有力な政権を持てなかったからです。安倍首相は就任以来、積極的な政策を次々に打ち出し、日本が局面を転換するチャンスをつくりだしました。デフレの日本経済にもたらすマイナスの影響を安倍首相が的確に認識し、企業経営者として私はこの問題を優先的に解決してほしいと思います。

根本的にはデフレは世界的な経済環境がつくりだしたものです。日本が戦後経験したインフレ期には、人びとが品物を奪い合って買っていましたから、物価は自然に上がっていきました。しかし、日本の生産力が向上し中国を含む新興国が台頭するにつれ、世界的に供給過剰となり、物価は自然に下落し続けました。

長い間、日本政府はデフレに対して無策で、成り行きに任せていました。しかし安倍政権が政策を転換し大胆な金融緩和を行った結果、市場には明らかな効果が出ています。現在の世界的な経済環境では、日本がデフレをインフレ基調に転換することは簡単なことではありませんが、私は安倍政権の経済政策を肯定的に評価しています。

 

池田勇人元首相が最高点

―― 今年は戦後70年の節目です。戦後日本の国家再建と経済成長の過程とともに生きてこられた会長は歴史の生き証人ともいえます。これまでの日本の歴代首相で最も高く評価される方はどなたですか。

宮内 とても難しい質問ですね。もし一人選ぶとすれば、それは第58代首相の池田勇人氏でしょう。就任してすぐに所得倍増計画を打ち上げ、日本経済を積極的に成長させようという姿勢を示しました。

彼の前の首相たちはみな戦後問題、復興問題の解決に力を入れていましたが、池田元首相ははじめて経済に注力し、国民所得を倍増させ、国民生活水準を向上させることを最優先課題とした首相です。

所得倍増のスローガンは日本の社会と国民にプラスの影響を与え、また非常に成果を挙げました。戦後日本経済の急成長の大きな一歩だったといえるでしょう。

 

中国は日本の成長を参考に

―― 現在、中日両国はともに経済改革と体制改革に直面しています。両国の改革には共通点はありますか。中国は日本のどの点を学び、参考にすべきでしょうか。

宮内 私は専門家ではありませんので、掘り下げて比較したことはないのですが、個人的には、どの国も独自の問題を抱えており、日本の課題と中国の課題とは方向性も、内容も、異なる部分があると思います。

日本は国際社会のなかでは「課題先進国」と言われています。これは日本が近代化、工業化、都市化の発展の過程のなかで直面してきた課題は遅かれ早かれその他の国でも課題になるということです。例えばバブル経済、環境問題、長期的なデフレ、人口減少、高齢化、少子化などです。日本はそう願ったわけではありませんが、いつもそうした課題を解決する最前線にいるのです。

それゆえ、日本は中国の手本、参考となり得ます。例えば環境汚染の解決など、日本は中国にとって同じ轍を踏まないように反面教師となっています。

またバブル経済の処理もそうです。現在、中国にもバブルの兆しが現われていますが、もしこれがある日突然はじけたら、経済はすぐに停滞、後退してしまい、バブル経済破綻後の日本と同じになります。まさに日本の失敗例がありますから、中国ではバブルをはじけさせないようソフトランディングさせなければならないことは明白です。

 

日中経済は相互補完関係

―― オリックスは中国の改革開放後、最も早く中国市場に進出した日本企業の一つで、現在は上海、天津、大連などに子会社があります。今後、中国大陸でどのように展開していくお考えですか。また、数年来、一部の日本企業は中国から撤退していますが、この変化をどう見ていますか。

宮内 私はオリックスグループを経営してきたなかで、企業には国籍はないと考えています。たとえば、日本市場がよくない、成長が難しいと思えばすぐに他の国で事業を展開するでしょう。企業は自由であり、ある企業が移転したり、撤退したりすることでその企業は良くないと判断できないと思います。

経済活動においては、企業のマーケットへの出入りを簡単にしておくことが最も賢いやり方ではないでしょうか。日本企業がかつて次々に中国に進出した大きな原因は、中国の人件費の安さです。

しかし、ここ数年、中国の労働コストは上がっており、一部の日本企業が撤退や他の国に移転しています。これは別の側面から見れば、中国の実力が一段階上がったことを表していて、中国はもう「世界の工場」ではなくなり、「世界の市場」となったということを証明しています。中国はこのことを喜ぶべきなのです。

オリックスは1981年に最も早く中国大陸に進出した日本企業の一つですが、時期が早過ぎました。当時、中国の外資企業に関する法律はまだ未整備で、日中両国のビジネス習慣も異なり、中国市場は金融リース事業に適応したものではありませんでした。

そうした失敗から教訓をくみ取り、オリックスは再び中国市場にチャレンジし、中国市場に根を下ろしました。今後、われわれはさらに多くの業務を展開していきたいと考えています。中国は日本の隣国であり、オリックスが無視することのできない潜在的な巨大市場でもあります。

日中両国経済はライバル関係にあるのではなく、一種の相互補完関係にあると思います。日本と中国は互いに必要であり、寄り添い、補完し合うところが非常に多いのです。例えば、以前日本は安い労働力を求め、中国は大量の就職口を必要としていました。これは経済的な相互補完関係だといえます。今後、日本と中国はその他の経済分野においても、継続して相互補完関係を形成していくでしょう。

 

中国の若者は穏やかに、日本の若者はアグレッシブに

―― シニア・チェアマンは間違いなく成功したビジネスマンで、多くの人がお手本としている方です。中国の若者は、「早く出世する」ことをモットーにし、起業しようと努力している人が多い一方で、日本の若者は比較的安定志向で、消費意欲や出世意欲が希薄です。ご自身の経験から、日中両国の若者にアドバイスをいただけますか。

宮内 日本の若者と比べ、中国の若者はチャレンジ精神とフロンティア精神にあふれ、アグレッシブであり、本当に素晴らしい、激励したいと思います。

もし彼らに何か参考になることが言えるとすれば、人生は長く、成功を急ぐ必要はない、急ぎすぎるなということです。一歩一歩堅実に進んで自己を充実させ、長期的な角度から見れば、もっと穏やかに進んで行けば、もっと遠くまで行けるのです。若者の、早く自分自身を証明したい、早く成功したいという気持ちはとてもよく分かります。私自身もそうだったからです。あせって待つことができないのが若者の特性ともいえます。でも人生は長く、時間は十分にあるのです。

日本の若者には出世しようという欲望がなく、現状に甘んじています。これは二つの側面から見ることができます。一つは日本社会がすでに成熟しているからで、これは大変喜ばしいことです。一方、それゆえに日本の若者がチャレンジする意欲を失いつつあり、これは大変残念なことです。チャレンジ精神、イノベーション精神こそが国と社会が進歩する前提だからですから。

『経済白書』で「もはや戦後ではない」と宣言した1956年以来、日本経済が35年間にわたって成長し続け、一躍世界第二の経済大国となったことは世界でまれに見る快挙です。

この日本経済を牽引したのは、積極的に投資を進め、大胆に海外戦略を取り、豊富な研究開発費を出した日本企業です。これらの企業はリスクを取り、イノベーションを大胆に進めた創業者精神を持っていましたから、国家の成長を推進し、世界の一流企業が多く生まれ、日本に経済大国という栄誉をもたらしました。

バブル経済の崩壊に伴い、そうしたチャレンジ精神やイノベーション精神は徐々に希薄になり、現在の日本企業の自己資本利益率(ROE)は欧米の半分しかありません。企業の関心は新分野へのチャレンジ、新事業開拓からリストラによる支出削減へと変化しました。ですから、日本企業と日本の若者は再度冒険心、イノベーション精神を持って欲しいと私は思います。そうすれば「失われた20年」の損失を取り戻し、社会に活力をよみがえらせることができるのです。

 

中国人観光客を歓迎

―― 近年、中国の国力アップと日本のビザ緩和政策により、訪日中国人観光客は急激に増加しています。2014年にはのべ241万人に達し、今年はさらにその倍になるといわれています。このような状況をどうご覧になりますか。また、人口減少などの要因によって、日本政府は移民問題を検討し始めていますが、これについてはどうお考えですか。

宮内 中国の人口は、今や14億人に到達しようとしていますから、241万人という数字には驚きません。私は日本政府がさらにビザの緩和政策を拡大し、さらに多くの中国人観光客が日本を訪れてくれるといいと思います。1年に2,000万人来てくれれば最高ですね。私は心から中国人観光客を歓迎します。

それと同時に、さらに多くの日本人が中国に行くといいと思います。中国は見どころの多いところです。そうそう、2カ月前に船で揚子江の三峡下りをしましたが、とても刺激的でした。

移民問題については、日本はたしかに十分検討する必要があるでしょう。私の個人的な意見ですが、人口の不足を補うためだけに移民を受け入れることはよくないのでしょう。

良い人材を選択し、外国の優秀な人材に来てもらいたい。三顧の礼を尽くし、優秀な人材に来日してもらわなければなりません。外国人の研修生制度は支持しますが、外国人労働者を雇って日本人がやりたがらない3K(きつい、汚い、危険)の仕事に就かせることには反対です。外国人には日本で本当の技術を学んでもらい、帰国後にそれを役立ててもらえるようにすべきです。

それは国家だけでなく、企業も同じです。同じ教育環境を経て、似たような生活をしている者同士が集まって仕事をしても、大した知恵は生まれません。異なった生活背景の人たちが一緒にやっていく中でこそ、互いに学び、互いに刺激し合い、ともに向上していけるのです。

男性社員が多い企業は女性社員を積極的に雇用し、中高年が多い企業は若者を多く雇用し、日本人が多い企業は積極的に外国人を雇用することによって、進歩しつづける社会と企業が構築できるのです。私は常々言っているのですが、オリックスグループにはまだまだ外国人が少なすぎます。

 

人間関係こそ企業の第一の生産力

―― 著書『“明日”を追う』の中国語版の出版に際し、今回のインタビュー内容が「序」に代えて掲載される予定です。中国の経営者と中国の読者にメッセージをお願いします。

宮内 経営者の皆さんに対して申し上げたいことは、企業は人をもって基本とするということです。日本には百年を超える多くの老舗企業がありますが、それらの企業がこれほど長い間存続できた最大の要因は、社員を大切にして、社員を重視したからです。経営者としては、会社をマネジメントすると同時に人をマネジメントしなければなりません。人のマネジメントを上手にやることこそ、企業経営の前提なのです。

中国の読者の皆さんに申し上げたいことは、『“明日”を追う』は私の経営者としての経験、人生観と思うところを誠実に公に記したものです。もし何か少しでも皆さんの参考になる点があれば、とても光栄に思います。

 

取材後記

思えば2015年2月26日午後、筆者は中国東方出版社の許剣秋編集長とともに東京都内に宮内氏を訪ね、『“明日”を追う』の翻訳出版の許可を得た。インタビュー終了後、中国語版『追遂明天』のゲラ刷りをお見せすると、宮内氏は「仕事が早いね! 今、中国人はやることが本当に早い」と喜ばれた。その後、恒例の揮毫をお願いしたところ、「ではこの本の中国語名を書こう」とおっしゃったが、その際に「私の『義』という漢字は中国の簡体字にはなくなってしまったので、私はやっぱり繁体字のほうが好きだな」とこぼされた。