冨田 哲郎 東日本旅客鉄道株式会社代表取締役社長
「日本の鉄道も中国から学ぶ」

3.11東日本大震災四周年の一月前にあたる2015年2月10日、招きを受けて、東日本旅客鉄道株式会社(通称:JR東日本)による「鉄道スタディーツアー」に参加し、福島や仙台等を訪れ、JR東日本の復興支援、地震対策、脱線事故防止対策を学んだ。その夜、日本の鉄道界の重鎮の一人であるJR東日本の冨田哲郎社長が東京ステーションホテルで報道陣と会った際、インタビューの申し入れを快諾いただいた。3月10日、冨田哲郎社長はJR東日本本社の最上階にある応接間でインタビューに応じて下さり、単刀直入に「近年の中国の鉄道技術も世界の最先端をいっていますね。日本も学ぶべき点が多くあります。我々はお互いの鉄道技術の相違点を強調するのではなく、交流・協力を強化し、ともに世界の鉄道発展に貢献していくべきです」と語られた。

安全は経営の最優先課題

―― 安全は人間の最も基本的かつ最重要の要求です。日本の鉄道会社の安全管理には定評があります。JR東日本は5年毎に安全管理計画を策定し、近年、安全投資は増加傾向にありますが、安全管理の鍵は何だとお考えですか。人でしょうか、それとも技術でしょうか。

冨田 安全は鉄道会社の最優先課題です。私たちはずっとそう訴えてきました。まず、安全は受け身では勝ち取れません。従業員一人ひとりが日々の仕事の中で築き上げていくものだと思っています。私も常々、安全は消極的に護るものではなく、積極的に創造するものだと従業員に訴えています。

次に、安全は一人では実現できません。皆の協力が必要です。私は安全をよく掛け算に例えます。例えば、鉄道が100人で成り立っているとして、99人が真面目に職責を果たしても、1人の不注意でゼロになってしまいます。従業員一人ひとりが職責を果たすと同時に、お互いの協力が必要なのです。

最後に、安全こそが最高の増収策だということです。安全問題と言うと、一部の企業や人々は、まずコストの問題を考えますが、実はそうではありません。お客様に安全上の信頼をいただいて初めて、営業収入も増収も保障されるのです。JR東日本は毎年約40%の予算を設備の安全対策に投資し、会社発足からの28年間で、その額は3兆円にのぼります。

どの国であれ、鉄道の安全は一人ひとりの従業員が、その仕事に取り組む姿勢で決まります。従業員がJR東日本の安全は自分が担っているという責任感と使命感をもって仕事に従事できるかどうかは、我々マネジメント層のリーダーシップにかかっています。

しかし、従業員と言っても人間ですから常に完璧ではありません。ですから、従業員の安全意識や責任感を高めると同時に、我々は絶えず「フェイルセーフ」の構築と改善に取り組み、リスク回避のための最大限の努力をしています。我々はこの方面の投資を惜しんだことはありません。

絶えず変化に果敢に対応

―― 日本社会が「高齢化」、「少子化」の時代を迎える中、JR東日本の社会の変化に対応したサービスモデルは世界的な評価を得ており、多くの西側諸国が視察に訪れています。どのような取り組みをされていますか。

冨田 日本社会の急速な高齢化の進展に対して、各界で積極的な対策が講じられています。お客様の中には高齢者も障がいのある方もおられます。こういった方々に駅や車両でご不便がないように、JR東日本では、自治体等と協力しながら一日の平均利用客数が5000人以上の駅へのバリアフリー設備の導入を進めており、すでに90%の駅をカバーしています。

山手線、中央線など首都圈線区と新幹線の車両には車いす専用のスペースが設けてあります。十分な広さが確保してあり円滑に乗下車ができます。駅構内には点字ブロックがあり、眼の不自由な方のご移動を円滑にし、また、車両のドアには点字で乗車しているのが何号車か分かるよう情報を提供しています。

評価いただけることは光栄ですが、まだまだ完璧にはほど遠いと思っています。今後もお客様の意見やニーズに耳を傾け、改善を続けて参ります。

中国人観光客の東北地域訪問に期待

―― 近年、日本政府は「観光立国」政策に力を入れています。2014年の訪日中国人観光客数は延べ241万人に達しました。20年の東京オリンピックで外国人観光客数はピークを迎えると思われます。日本の代表的交通機関として、外国人観光客へのサービスや誘客についてどのように考えていますか。

冨田 諸外国と比べて島国である日本社会は内向きな傾向があります。それは企業内においても同様です。より多くの外国人観光客を迎え入れ、日本人が外の世界にもっと関心を寄せ、日本社会全体の思考が変わればと思っています。

日本政府が中国に対して観光ビザの条件を大幅に緩和していることを、私は高く評価しています。中国からの観光客の皆さんには、日本最大の都市東京と、最も伝統的な古都奈良や京都だけでなく、新潟、長野や東北など、日本の原点ともいえる光景・文化が残っている地域もぜひ訪問して欲しいと思います。

2014年には、1341万人の外国人観光客が日本を訪れました。ところが、その内、東北地域を訪れた外国人観光客はわずか20万人程度で、全体の約1.5%に過ぎませんでした。聞くところによると、多くの外国人観光客はリピーターだといいます。ですから、次に日本を訪問した際には、異なった体験をし、新鮮な魅力を感じてもらえればと思います。

3月14日、北陸新幹線の長野-金沢間が開通し、北陸に行くのも便利になりました。来年は北海道新幹線も函館まで開通します。今後、更に宣伝に力を入れ、サービスを充実させて参ります。

日本の鉄道も中国から学ぶ

―― 1978年、鄧小平氏が日本を訪問し京都に向かうのに新幹線を利用した際に、中国は立ち遅れていることを認め、日本から学ばなければならないと述べました。JR東日本は中国と技術協力をするお考えや計画はありますか。

冨田 近年、中国の鉄道技術は急速に進歩し、世界的に見ても高い水準にあります。鉄道技術に関して、日本、中国、欧米諸国は競争関係のみにあるべきではなく、お互いに刺激し合い学び合う関係で、積極的に技術・経験を交流し、お互いの長所を取り入れ、ともに技術を高めあっていくべき存在と考えます。

鉄道は都市を結び人を運び、地域経済を活性化させ、沿線も含めた多くの人々に利益と利便を提供する事業です。東南アジア諸国は経済発展とともにインフラである鉄道建設にも力を入れていますので、我々はしっかりと技術支援をしていくべきです。

中国の鉄道等ではすでに、無線通信による列車運行を行っていますが、日本ではまだあまり事例がありません。我々は常に謙虚に中国をはじめ世界の鉄道の良い点を学び、鉄道の安全性、利便性、サービスの向上に努めています。私個人は「日中鉄道友好推進協会」の副会長を務めていますし、当社は中国の鉄道部門の研修生を受け入れたこともあります。今後も中国の鉄道部門との関係をさらに強化していきたいと思います。

エネルギー発電と省エネに取り組む

―― 環境保護は世界中の企業と国際社会の共同責任であり、多くの大企業が環境問題への対応を重要な経営課題の一つにしています。世界に影響力をもつ旅客鉄道事業者として、御社はどのような取り組みをされていますか。

冨田 鉄道は環境優位性が高いと言われていますが、大量のエネルギー消費に支えられて成り立つ事業ですから、当社にとっても環境問題は重要課題であり、再生可能エネルギー発電の研究等を進めてきました。あまり知られていませんが、当社は自営の火力発電所や、新潟県に水力発電所も所有しています。

そして、発電とともに、省エネにも力を入れています。首都圏内の鉄道車両では、運行に必要とするエネルギーを、20年前の半分近くにまで引き下げました。また、このビル内や駅の電灯の多くはLEDを使用しています。電車は制動時に回生エネルギーが発生します。我々はこの回生エネルギーについても有効活用しています。

現在、自家用車においてはハイブリッド車や電気自動車、水素自動車が実現しました。鉄道も負けていられません。

中国は「大国」

―― 中国に行かれたことはありますか。中国にどのような印象をおもちですか。

冨田 大変残念なことに、中国大陸にはまだ行ったことがありません。しかし、中国には大いに関心を抱いています。ひとつの言葉或いは一文字で中国の印象を表現するとしたら、「大」です! 中国には大局観があり、中国人には強いバイタリティを感じます。まさに「大国」です!

取材後記

インタビューを終えて、冨田社長に恒例の揮毫をお願いすると、「無限」の二字を記された。安全への努力にも社会の変化に対応する努力にも、鉄道技術向上のために謙虚に学ぶ精神にも終わりはない!

写真/本誌記者 張桐