鶴見 照彦 ヤマハ楽器音響(中国)投資有限公司総経理
企業市民として、感謝の心で中国の発展に貢献を

百年以上の歴史をもつヤマハ株式会社は、1985年に中国・北京に駐在員事務所を開設し、自社のピアノ等を中国に持ち込み、音楽教室を普及させ、音楽教師の育成を始めた。90年代、中国各地の販売取次店や少年宮と提携してエレクトーン教室を開設し、中国にエレクトーンブームを巻き起こした。高額の授業料を惜しまない親たちによって、多くの「80後(80年代生まれ)」がヤマハ音楽教室に通った。中国ヤマハの発展は、中国大陸の「80後」の成長の歩みとともにあったと言えよう。先ごろ、上海・静安区にあるヤマハ楽器音響(中国)投資有限公司の本社に、鶴見照彦総経理を訪ねた。

ヤマハを中国のブランドに

―― ピアノの代表的ブランドとして、ヤマハは世界的に認知されています。中国に進出してすでに30年です。「ピアノ大国」と言われる中国市場での御社の強みは何ですか。また、市場戦略についてお聞かせください。

鶴見 世界最大のピアノ市場を有する中国は、ヤマハにとって非常に重要な市場と考えています。中国の親御さんは非常に教育熱心で、音楽教育への投資を惜しみません。日本以上に音楽教育が進んでいると認識しています。

そうした中で、当社はソフトとハードの両面展開で中国での事業の拡大と、音楽文化の発展に貢献させていただきたいと考えています。ソフト面では主に、ヤマハ音楽教室の展開や、国内外の有名アーティストによる講習会や演奏会を開催したりして、音楽に触れる機会を提供し潜在能力を引き出します。ハード面では、市場に最高品質の楽器を提供し続け、中国の皆さんのニーズに応えられるよう努めています。

もう一つは、中国のブランドでありたいということです。こちらで販売する商品の大多数は中国製です。中国国内には4つの工場があり、ピアノ以外に鍵盤楽器、管弦打楽器、音響製品などを製造しています。

 

中国本土の市場ニーズは大きい

―― 日本の高度経済成長期において、ピアノはステイタスの象徴でした。経済成長が著しい中国においても、日本型のビジネスモデルを採用していますか。

鶴見 中国は小中学校でも楽器の演奏を教えており、そこには根強い需要があります。近年、中国経済は目覚ましい発展を遂げ、国民の生活レベルも先進国と肩を並べるようになり、ステイタスというか生活レベルのシンボルとして、ヤマハの楽器を購入される方も多いのかなという感じがしています。

中国でも日本でも、我々は本格的な楽器や音響製品を提供することにこだわっています。弊社の楽器や音響製品は高品質で耐用性があり、万全で正確かつ迅速な真心のアフターサービスとホットラインにより、中国の消費者及び市場から高い評価をいただいています。

 

音楽で中国の子どもたちに新たな扉を開く

―― 日本の子どもの多くは、趣味として楽器を習いますが、中国の場合、楽器ができれば入試に有利なため、多くの親は強制的に習わせるという面もあります。中国と日本の音楽教育の違いについてどう思いますか。

鶴見 確かにそういう一面もあるかと思います。入試に有利とされるピアノのグレード試験のためにピアノを習うことも多いと聞いています。しかし、今後は趣味で楽器を習う子どもたちが増えるのではないかと思っています。

我々の理念のひとつは、楽しく音楽を学び、子どもたちに総合的な音楽の素養を育み、音楽を通じて感性豊かな人間に育って頂くことです。今後、こうした国を越えた音楽の輪、喜びの輪が広がっていくことでしょう。

 
全国音楽大学向けピアノ奨学金授与式

中国に恩返しを

―― 早くから中国に進出した日本企業として、環境保護事業や社会福祉活動にどのように取り組んでこられましたか。

鶴見 我々は海外事業を展開する中で、現地の環境基準を精査、理解した上で、あらゆる努力をしています。中国国内の工場では、日本から無鉛溶接技術と排水循環処理システムを導入したり、集塵機等の生産設備を改良し、機械のメンテナンスを強化するなどの省エネ対策で廃棄物を減少させるなど、現地の環境保護のために然るべき措置を講じています。

当社は中国の軒先をお借りしている外資ですので、感謝の気持ちを常に心に留め、中国社会に恩返しをと努めています。2013年から、36の農民工(農村出身の出稼ぎ労働者)の子弟が通う学校に、5000万円相当のピアノとエレクトーンを寄贈し、2009年の四川大地震と2010年の上海マンション火災には義援金を贈りました。さらに、「ヤマハアジア音楽奨学金」制度を設立し、2000年からこれまでに中国の300名近い学生に奨学金を授与してきました。

 

中国で良き「企業市民」に

―― 中国にどのような印象をおもちですか。以前、インドネシアでもヤマハ現地法人の責任者をされていましたが、華僑と中国本土の中国人とではどのような違いを感じますか。

鶴見 実は2005年から2年間上海に駐在した経験があり、今回が二度目の駐在ですが、ハードとソフト共に、わずか10年でさらに大きな発展を遂げ、とても驚いています。

インドネシアの華僑は人口の10%に満たないのですが、教育熱心という点では中国本土と同じです。ヤマハ音楽教室に通う生徒数は中国よりインドネシアの方が多いのですが、それは40年の歴史があるからです。中国ではまだ10年です。しかし、私自身は中国の方がポテンシャルが高いと思っています。

当社の目標は中国にしっかりと根を生やしたブランドになることです。中国に恩返しをと考えており、今後も教育支援活動を継続し、良き「企業市民」でありたいと思っています。

 

取材を終えて

記者は1988年に私費留学生として来日した。1990年に初めて帰省した折、5歳の息子に、日本の贅沢品であるヤマハのエレクトーンをお土産として買って帰った。現在、ヤマハの目標は中国のブランドになることだと伺い、感慨無量であった。また、そこに中国と日本の経済力の変化を見るとともに、中日両国の強い経済的相互補完関係と互恵関係を再確認した。