鈴木 和江 観音温泉女将・社長
母の力を感じさせる温泉

唐代の詩人・賈島が「この水は我が師」と詠んだ温泉は伝説を生み、詩の意味を際立たせた。白居易も『長恨歌』で「春寒くして浴を賜ふ 華清池 温泉 水滑らかにして 凝脂を洗ふ」とうたった温泉は、肌を潤し、情緒に溢れるものであり、康煕帝も北京の小湯山温泉を好み、そこで養生したという。それほど中国の温泉の歴史は古く、独特の雰囲気を持ってはいるものの、やはり島国である日本にはさらに多くの温泉があることは認めざるを得ない。北から南までなんと列島には2万8154カ所の温泉が散在し、宿泊施設のある温泉が3157カ所にのぼる日本は世界に名だたる「温泉王国」である。11月14日、有名な温泉地である伊豆半島の下田市を訪ね、日本の温泉ランキング(風呂部門)で250カ所中第13位となった観音温泉の女将である鈴木和江社長にお話をうかがった。女将は「温泉には母の愛も湧いている」と話した。

 

母性本能が女性の成功を助ける

―― 観音温泉の二代目社長として、小柄な体で30年間温泉事業をこのような規模にまで発展させたということに敬服いたします。安倍政権は女性が起業することを奨励して、多くの政策を打ち出し、女性が日本の未来を創造すると述べています。優秀な女性事業家としては、これらの政策をどのように評価なさいますか。

鈴木 個人的には、安倍政権が女性の社会進出を推進しているというよりは、時代の流れだと思います。現在は、世界へ、宇宙へと向かっていく時代ですから、日本も伝統的な考えに束縛されることなく、グローバルな角度から女性の社会進出を進めていかなればなりません。

私は27歳のとき、はじめてこの地へ移り観音温泉にはいりました。その時、この温泉は必ず人々の役に立つと肌で感じました。当時父に「この事業は50年計画だから、おまえの時代は苦労する代だ」と言われましたが、私は強い使命感を持ちました。温泉は個人の財産ではなく、日本の財産であり、アジアの財産でもあると考えますので、私はこの財産を保護し、社会に貢献できるようにしなければなりません。さらに多くの人のために癒しと健康を提供することが私の観音温泉経営の基本理念です。

私は自分自身を優秀な女性事業家とは思いませんが、女性として、事業の発展には、一種の母性本能を持つことで、別の角度から問題を検討することができるのではないでしょうか。顧客が求めれば、できるだけ応えたいと思っています。ですから、私は女性が社会進出するときには、男性と体力や力を競うのではなく、母性本能をさらに発揮することで、成功しやすくなると思います。

 

多角化のインスピレーション

―― 日本は有名な温泉王国で、長年日本に住んでいる私も多くの温泉に行きました。しかし、観音温泉のように多角化経営しているところは少ないですね。ここには体を鍛える武道館があり、各種の温泉があり、飲用の温泉水やスキンケア製品を販売したり、温泉を利用してハウス野菜の栽培もするなど、一連の温泉産業を形成しています。この多角化経営のひらめきはどこから来たのでしょうか。

鈴木 1963年、私が高校生のときに父・小林運正はここの山林を購入し、温泉を掘りました。掘削のときに観音様像が出土したので、観音温泉と呼ばれるようになったのです。

武道館は父が建てたものです。父は武道によって精神を鍛えることを好んだので、ここに体育館と宿舎をつくり、青少年のスポーツマンがトレーニングで汗びっしょりになった後、温泉に入って疲れをとれるようにしました。美しい山水、静かで空気もよい環境で、雑念を振り払い、集中力を高めることによりトレーニングで高いパフォーマンスが発揮できます。防衛大学校の剣道部の学生もここで合宿しますし、オリンピック選手の精神修養の場としても定着しています。

ここのお客様方が、観音温泉多角化のインスピレーションの源です。お客様が私に、胃腸が悪いのでいつも温泉水を家に持ち帰るとおっしゃいました。温泉水でコーヒーを淹れると大変香りがいいとのことでした。多くの方たちの胃腸のために、また温泉水を飲みたい方に安全に、便利に飲んでいただくためにも国の食品の安全規格を取得し、源泉の近くに工場を建て、温泉水を空気に触れないようにしてボトリングしています。ヨーロッパの国々では早くから温泉水の飲用が流行っていましたが、日本政府は大きく遅れて1998年にようやく正式に許可しました。

また、アレルギー肌でも、温泉に入った後は肌がつるつるになって赤くもなくかゆくもないので、毎日温泉水で洗顔しスキンケアしたらいいのでは、というお客様の声を参考にして、専門家に依頼し、温泉水スキンケアシリーズを開発しました。

未来の地球温暖化に対応するため、私はここに太陽光発電機を3台設置し、自給自足し、その上6カ所の野菜の栽培ハウスを建設し、1年中新鮮な野菜が収穫できるようにしています。

中央温泉研究所の甘露寺泰雄先生は、「温泉の維持は、大自然の維持であり、温泉浴ができ、動物、植物と触れ合える環境の維持である」と私におっしゃっていました。ずっと私はそのように自然を利用し、自然を保護し、観音様の「慈湧」のように温泉水のめぐみを分け合っているのです。

 

温泉の恩恵とは

―― ヨーロッパにも温泉に入り、温泉水を飲む習慣があります。イタリアには300カ所以上の温泉がありますが、日本の温泉はヨーロッパとどのような違いがありますか。

鈴木 日本とヨーロッパの温泉が違うだけでなく、日本の温泉にも違いがあります。同じ地域でも、地質によって、源泉の泉質、成分はまったく違います。しかし、それと同時に、すべての温泉には一つの共通点があります。それは、人の健康によいということです。ですから、温泉業への投資は皆に恩恵を与えることができる事業ということになります。

観音温泉には三つの源泉があり、それらの成分もすべて異なります。しかし、すべて超軟水なのです。

 

中国人観光客はみな友人

―― 実は中国にも昔から温泉文化があり、唐の玄宗皇帝と楊貴妃は、「春寒くして浴を賜ふ 華清池 温泉 水滑らかにして 凝脂を洗ふ」という物語を残しています。近年、日本を訪れる中国人観光客は増加し続けており、そのなかではわざわざ日本の温泉文化を体験するために来る人もいます。日本の温泉文化の魅力はどこにあると思われますか。

鈴木 温泉には、いろいろな特色があります。さまざまな文化的背景や歴史的背景がそれぞれ異なる温泉を育んできました。

日本では昔から温泉には、療養、保養、休養という三つの役割があると言われています。薬がまだ発達していない時代、温泉はいろいろな病気の治療に重要な役割を発揮したのです。現代では、病気になれば薬を飲み、医者に行き、医療環境は良くなっていますが、人びとが感じるストレスは大きくなっていますので、温泉はストレスを軽減し、神経を鎮めるということでほかにはない役割を担っています。

私は、温泉は母なる地球が人類にくれた贈り物だと思っています。温泉は人類の美と健康を追求することを助けてくれるのです。観音温泉では、多くの中国からのお客様をお迎えしていますが、私は「中国からのお客様、いらっしゃいませ」ではなく「アジアからのお客様、いらっしゃいませ」とご挨拶しています。日本と中国はともにアジア人であり、兄弟姉妹です。日本政府があれこれ言うことに、私は関心がありません。私たちは政治の世界に生きているのではなく、人類の世界に生きているのです。

 

温泉をもっと多くの人に楽しんでもらいたい

―― 現代人はもっと健康に投資したいと思っており、温泉も健康と関連付けられています。女将は温泉産業を健康産業と命名なさいましたが、今後健康産業の発展にあたっての抱負をお聞かせください。

鈴木 今、ヘリコプターで温泉に入りにいらっしゃる方もいますので、専用のヘリポートも設けています。みなさんお忙しく、時間に追われているのですが、仕事に追われている人ほど健康に気をつかうので、体の状態も良くなる、ということに気づきました。

温泉産業は健康産業だということを、温泉が語っています。観音温泉には多くの健康を促進する成分があり、アレルギー性皮膚炎の治療や、大腸ガン摘出手術の後の療養にいらっしゃる方もいます。

お客様をはじめ皆さまがつくってくださったものが文化になり、さらに歴史になるように邁進していく所存です。

―― 中国にいらしたことはありますか。中国の印象はいかがでしょうか。

鈴木 中国は日本から一番近い国ですから、私は最後まで残してあります。遠い国から旅をしています。

私の父は中国が大好きで、晩年は中国人だと見られていたほどです。私は中国に行くのをとても楽しみにしています。

 

編集後記

インタビュー終了後、女将は一番好きな言葉「慈涌」を揮毫してくださった。温泉水を観音様の慈悲のように湧かせ、恩恵を広めたい、というのが温泉のめぐみを社会に還元している古稀の女将の願いである。観音菩薩と同じ母性のパワーを感じた。

写真/本誌記者 呉暁楽