大西 洋 三越伊勢丹ホールディングス社長
日中関係の好転に期待

三越伊勢丹ホールディングスは日本最大の百貨店グループであり、二大有名百貨店であった三越と伊勢丹が統合して発足した。日本の人口はおよそ1億2700万人。毎年、三越伊勢丹グループ百貨店への来客数は延べ2億人を超え、その実力がうかがえる。急激に変化する社会環境の中で、三越伊勢丹は常に流行を先取りし、日本人に絶え間なくより新しい生活文化・より質の高い生活を提供してきた。また、日本屈指の百貨店グループとして、20年以上前から海外に事業展開し、上海、天津、成都にも出店するなど、最も早く中国市場に進出した日本企業の一つである。長年の努力を経て、各地での知名度も高い。だが、オンラインショッピングが世界を席巻する中、百貨店業界も世界規模で大きな打撃を受け、業績も大幅に落ちている。そんな中で、三越伊勢丹は社長のリーダーシップの下、業績を伸ばしている。「大西洋」とは海域名であるが、三越伊勢丹の社長のお名前も大西洋である。伊勢丹が出店していた瀋陽に、生まれ育ちが瀋陽であったお母様を連れていこうとしていた矢先に亡くなられたのだという。その後、瀋陽店は撤退を余儀なくされた。しかし、お母様同様、大西社長の中国への思いは一貫して変わらない。先ごろ、三越伊勢丹に大西洋社長を訪ね、お話をうかがった。(聞き手は本誌編集長 蒋豊)

百貨店の最大の強みは独自性

―― 御社は中国や東南アジアをはじめ世界に事業を展開していらっしゃいますが、競争が激しい百貨店業界の中で御社の強みを教えてください。

大西 当社の最大の強みは、商品と販売の圧倒的な独自性です。一言で言えば他にはない独自性です。具体的に申しますと、商品をある一定程度自分たちで作り、自分たちで売っていくというサプライチェーンを有しているということです。これは他の多くの百貨店にはない強みで、我々が日本市場で成長できた最大の要因でもあります。

しかし、それが海外市場に反映されていなかった現状があり、課題も多く存在します。したがって、今秋から日本の独自性のある商品を中国や東南アジアにプロモーションしていく仕組みをスタートさせます。これらの地域では今まで当社の強みを十分に発揮できていませんでした。

百貨店にとって最も重要なのは「原点回帰」です。本来あるべき姿を取り戻して初めて顧客を得ることができます。お取組先に任せきりでは価格と品質の管理はできませんし、消費者に最高の商品を提供することもできません。ですから、自社独自の商品を持つ必要があるのです。

いま、百貨店業界の低迷で、多くの百貨店が次々と原点を離れていますが、当社はそのようなことはありません。適切な発展形態さえ見つければ百貨店業界に発展の余地は大いにあると思います。

企業は海外で得た収益は現地に還元すべき

―― 御社は早い時期から中国に出店され、上海の人は三越伊勢丹がとても好きだと聞いたことがあります。中国市場をどう捉えどのような戦略をお持ちですか。

大西 中国には早い時期から進出し、すでに20年以上になります。店舗の面積も規模も大きくありませんでした。上海にも2店舗出店しましたが、現在1店舗になりました。瀋陽と済南も撤退しました。北京にも出店計画があったのですが、中止しました。今は、上海、天津、成都に店舗があります。

中国の店舗の中で、天津の1号店と成都店に比べ、上海店は一番面積が狭いのですが、働く女性の美をコンセプトに“ビューティー”と“キャリア”に的を絞り、百貨店というよりスペシャリティストアといった様相が強いですね。

やはり、天津や成都くらいの大きさのものを上海や北京に出店しなければ、中国で百貨店を経営していると言うにはおこがましいのかなと思っています。現在、日本と中国はさまざま政治の問題でぎくしゃくしていますが、マーケットとしては世界最大で、人口1000万以上の都市もありますから、注目しない企業はないでしょう。今はまだ様子見の段階ですが、また一から出直したいという思いはあります。

―― 中国に進出している百貨店業界は、成功しているところも撤退しているところもありますが、成功するためには「現地化」が必要だと思います。「現地化」についてはどのようにお考えですか。

大西 中国も含めて海外市場に進出する際は、なるべく現地化をして、収益は現地に再投資し、できる限り現地で雇用して就業機会を創出し、現地の開発に貢献することです。すなわち企業が海外で事業展開するとき、人とお金と物を現地化していくことが大事だと考えています。当社はいま、5~8名の日本人スタッフを派遣して、現地でおよそ1000人以上を雇用しています。

―― 今日、グローバル企業の社会貢献がより注目されています。御社は中国における社会貢献の意義をどのようにお考えですか。

大西 百貨店が大衆に奉仕し、社会貢献するのは当たり前のことだと考えています。日本ではCSR(企業の社会的責任)に則り、様々な社会貢献活動を行っていますが、あえてアナウンスはしないようにしています。中国での社会貢献も国内と同じように考えています。利益が上がれば、何らかの形で地元に還元するとか、端的に言えば様々な寄付を行うなどです。

日中関係をこのまま悪化させてはならない

―― 1972年の国交正常化以来、今が日中関係が最悪の時代と言われています。そうした中で、日本企業はどのように中国企業と付き合っていくべきでしょうか。

大西 現在、このような状態になっていることは非常に残念です。政治と経済を完璧に切り離すことは非常に難しいです。政治関係は悪化していますが、経済交流は良好な状態を維持していく必要があります。政治がうまくいっていない時に、他のことでも争えばますます事態は悪化します。両国はこのままではいけません。良好な政治の関係を築いていかないといけませんね。

実際、中国大使館の方々は日本に長く滞在され、両国の関係改善のために努力を重ねてきてくださっていますので、今のこの状態はとても残念です。日本の一番大事な二つの隣国である中国と韓国との関係が悪化しています。これは大変なことで、外交だけにとどまる問題ではありません。日本はまず隣国との良好な関係を築いていかなくてはなりません。

中国人観光客に最高のサービスを提供

―― 昨年、2年ぶりに日本への中国人観光客が大幅に増えました。御社では中国人観光客に対するサービスとして何か対策をお考えですか。

大西 昨年の観光客数は1000万人を超え、おそらくこのままいけば今年は1200~1300万人に達すると思います。中でも中国、韓国などが一番多いわけですが、中国人観光客は韓国を抜いてトップになりました。

購入していただく金額から見れば中国が圧倒的で、韓国の2~3倍で、単価も大きくリードしています。中国の方々により便利でスピーディーなサービスを提供するために、タックス処理の簡素化や中国語によるカウンター業務を行っています。

今後さらに中国のお客様が増えることを見込んで、カウンターの数も大幅に増やしました。2015年秋には、銀座三越に本土で第1号店となるデューティフリーショップをオープンさせます。

外国人観光客は消費税だけでなく、関税も免税になります。このようにカウンターを広げたり、サービス面を強化することで、中国のお客様によりコンビニエントでリーズナブルなサービスを提供していきたいと考えています。

上期の時点で、中国語を話せるスタッフは20人ほどいますが、下期には倍になる予定です。その内の6、7割は中国の方を採用していきます。中国語を話せるスタッフは今のところ、新宿、銀座、日本橋店にしかいませんが、これから他の店舗にも少しずつ増やしていく予定です。

―― 今まで中国には何回行かれましたか。一番印象深いエピソードをお聞かせ下さい。

大西 もう10回以上になります。初めて行ったのは80年代中ごろの改革開放政策が始まったばかりの頃です。中国の友人たちが次々と私にお酒を勧め、とても友好的な雰囲気だったことを覚えています。中国人は海外と本土にいらっしゃいますが、本土の方の印象が強いです。

中国の方は頭が良くて勤勉ですね。実は私の母は中国生まれの中国育ちなんです。奉天、今の瀋陽の生まれです。子ども時代をそこで過ごしましたので、中国は母にとってとても身近な国なのです。

母は奉天から日本の大学に来ていました。それから引き揚げ者として戻りました。瀋陽にお店がオープンしたら、母を以前住んでいた所に連れて行こうと思っていたのですが、オープンする直前に亡くなってしまい、本当に残念でした。ですから、私は日中関係が少しずつでも好転してくれることを心から願っているのです。

(撮影/本誌記者 林道国)