大下内 徹 新日本有限責任監査法人常務理事
日中両国の企業をサポートする監査法人

新日本有限責任監査法人常務理事に聞く 新日本有限責任監査法人(以下、新日本監査法人)は、全世界150カ国以上で約17万5千人を擁するグローバルファームEY(Ernst & Young)の日本における中核的なメンバーファームである。日本全国に拠点を持ち、日本最大級の人員を擁する監査法人業界のリーダーとして、品質を最優先に、監査および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバイザリーサービスなどを提供している。2013年夏には中国業務に特化した部門を強化しているが、中日関係が冷え込む中で両国の経済交流をどのように展望しているのか、7月25日に同監査法人を訪れ、大下内徹常務理事にお話をうかがった。

―― 日本を代表する監査のリーディングファームとして、世界の監査法人の中における貴監査法人の位置付け、強みは何でしょうか。

大下内 現在はBIG4(四大法人)と呼ばれていますが、私がこの業界に入った頃は、BIG8(八大法人)と呼ばれていました。その後、諸要因により徐々に統合が進み、私たちEY、PricewaterhouseCoopers(PWC)、Deloitte Touche Tohmatsu(DTT)、KPMGの四法人となっています。最新のグローバルベースでの収入データによれば、収入規模では1位がPWC、2位がDTT、3位がEY、4位がKPMGとなっていますが、このBIG4と5位以下の法人との差は大きな開きがあります。

BIG4はそれぞれに特色を持っていますが、EYの特色としては、EY Entrepreneur of the Year(EOY)の開催等、Entrepreneur(企業家)支援に力を入れているということがあげられます。新日本監査法人としては、主たる業務である監査業務のみにはとどまらず、クライアントのニーズに応じた非監査業務を提供し、EY Japanとしては、アドバイザリー業務、トランザクション・アドバイザリー業務、税務サービス業務等を提供しています。

グローバル連携という観点では、昨年EYグローバルのCEOに就任したマーク・ワインバーガーを中心として、「Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)」というpurpose(理念)を達成すべくグローバルメンバー全体で同じ理念を持って活動しています。これは目には見えないものですが、とても大きな力を持っていると思います。

また、国内に目を向けると、私たち新日本監査法人は、前述のEYの理念「Building a better working world」のもと、「信頼され、社会に貢献する監査法人」を経営理念とし、プロフェッショナル ファームとして、社会や日本経済の発展に貢献することが社会的使命だと認識し、その達成のために「信頼」と「品質」を重視しています。

監査法人は民間企業ですので、当然に利益の獲得を考えなければなりませんが、利益を獲得することだけが求められているわけではありません。監査法人として、信頼され、日本社会の経済発展のために貢献する、私たちはそれをミッションとして活動しています。 

中国ビジネスグループを強化

―― 2013年夏、中国ビジネスグループを発足させましたが、その背景と事業内容について教えてください。中国市場、中国企業向けのサービス業務での目標は何でしょうか。

大下内 中国ビジネスグループについては、正確に言うと発足ではなく「強化」ということになります。監査法人内部にはもともとアウトバウンド、つまり日本企業の海外進出をサポートするグループ(Japan Business Service:JBS)があり、日本企業の中国進出についてもここでサービス提供してきました。しかし、ここ近年の中国企業の急速な成長に伴い、中国企業の日本への投資、進出を検討される機会が増えてきており、新たなインバウンドへのサービス体制を整備する必要性を感じ人員強化を進めていました。一方、グローバルベースでも、華人・華僑経営の企業も増加していることにより、EY Chinaが中国企業の海外進出に対応するために、China Overseas Investment Network(COIN :海外に投資する中国企業へのサービス)を立ち上げたこともあったため、このタイミングで日本国内でも従来のチームを強化する形で中国ビジネスグループとしてサービスをスタートしました。日本の四大監査法人では初めてのケースではないでしょうか。当法人には、日本での公認会計士資格を持つ中国人メンバーも含む、約30名の中国人スタッフがおり、中国語でのサービスを提供しています。今後はさらに「人財」を育成し、このグループを強化していきたいと思っています。

日本企業の海外進出時もそうでしたが、やはり文化、習慣の異なる国への進出には困難が生じます。このような際には、やはり両国の文化、習慣を理解し、同じ言語を話す人財は非常に有用だと考えています。したがって、特に日本に投資、進出を検討されている中国企業、社員に対して、安心して相談や業務を依頼できる環境を提供することが目標になります。

日中両国企業にサービスを提供する

―― 日本へ投資しようとする中国企業が増え続けている今日、両国の経済交流における相互投資の時代が来ていると言えます。しかし、すでに中国に進出した日本企業の数に比べると日本進出を果たした中国企業はまだ少ないようです。その原因は何だと考えますか。どのような「壁」があるのでしょうか。

大下内 私見にはなりますが、長いスパンで見ると現在が全ての状況を表しているのではなく、一時点の偏りなのではないでしょうか。日本の現在の状況は、第二次世界大戦後から日本経済が飛躍的に発展してきた結果だと思います。一方で長期的に見れば中国は安定的に発展してきており、歴史的にみれば、日本が中国から学んできたものも多いと思います。

日本は経済発展の過程で、まず生産コスト削減目的で中国に進出しました。現在はこれに加えて中国での消費(売上)を求めて進出しているケースも増加しており、その結果日本から中国への進出企業数は多くなっています。一方で、中国から生産コスト削減目的での日本進出というケースは考えにくいのですが、経済の発展に伴って中国企業も日本のマーケットでのビジネスチャンスを狙える状況になってきていると思います。日本経済は成熟しており、中流層も多く、最低限の生活レベルでもやはり世界の中では高いレベルにあると思うのですが、中国企業が日本市場向けのハイエンド製品を生産できれば、日本のマーケットでビジネスチャンスも増えるはずなので、これからは中国から日本へ進出する企業も増えてくるのではないでしょうか。

これからの企業が考慮すべきことは、どこの国だからということではなく、どこのマーケットで勝負するのかということではないでしょうか。国家の概念ばかりにこだわれば、国際市場に適応できなくなるリスクがあると思います。

日中両国では法規も異なり、文化、ビジネス習慣も違います。中国企業が日本市場に進出するには、日本国内の既存のネットワークが強いがゆえに生じる障害があるかもしれません。日本を理解していないことが「壁」になるかもしれません。すべての中国企業が日本への進出を希望するわけではないかもしれませんが、チャレンジ精神のある企業も多いと推察しますので、私たちは日中両国に通じた人財によるサービスを提供する法人として、そのような企業をサポートしていくのが役割だと思っています。

一つになるのではなく、同じ方向を見る

―― 現在の日中関係は国交正常化以来最悪の状態と言われています。しかし貴監査法人は、まさにこうした時期に中国ビジネスグループを強化させました。これからの日中関係にどのような期待をしていますか。中国関連の事業を通じて両国の経済交流をどう改善したいと思われますか。

大下内 最悪の状態というのは、どの物差しで測るかによると思います。先日上海である女性官僚に会いましたが、政治は政治、経済は経済、という考えでの同意をみました。2、30年前にはそのような考えは少なかったのではないでしょうか。ですから、私は両国の関係が経済面では必ずしも最悪の状況にあるとは思えません。歴史、文化、習慣、教育が違いますから、考え方も自然と異なります。お互いに尊敬できる点にフォーカスすればいいのではないでしょうか。

私自身、グローバルベースで業務を行うことも多いのですが、私たちの世代では日中韓でもお互いにパートナーとして共に将来を見ています。経済人である我々ができることは「よりよい社会の構築を目指す」ために共働するということで、そのために私たちは共に努力すべきだと思います。特に経済面、民間交流においては、日本も相手に学ぶことも多く、隣国をビジネスパートナーとすべきだと思います。そのためには相手の価値観等を理解することが最も重要なのではないでしょうか。私たちはその実現のためにも「信頼」と「品質」を重視したサービスを提供していきたいと思います。