川村 和夫 株式会社 明治 代表取締役社長
食品会社のコア・コンピタンスは安全と健康

株式会社  明治は、一世紀を誇る日本の老舗食品メーカーであり、多くの日本人に親しまれ、愛されてきた。「明治牛乳」と言えば、日本人はすぐに子どもの頃味わった幸せな味を思い出すだろう。長きにわたって風雪に耐え業界をリードしてきた理念は何なのか。川村和夫代表取締役社長の答えは「安全と健康」であった。末端の平社員から40年かけてたたき上げで社長に登りつめた「明治人」は、常に「トップでいたいなら、立ち止まって風景を眺めることは許されない。山頂に向かって前進あるのみ」を信条とし、「進一歩」を座右の銘とする。これは、禅の教えで、高い境地にあっても安住することなく、さらに一歩、歩みを進めよとの意味。彼が率いる明治が中国市場で発展する秘訣は「もっと安全に、もっと健やかに」にあるのかもしれない。6月6日、株式会社  明治本社を訪ね、川村和夫代表取締役社長にインタビューを行った。

 

 

食品会社の最大の強みは商品の安全性

―― 御社は中国、東南アジア、アメリカなど世界中に幅広く事業を展開しています。競争が激しい業界で御社ならではの強みは何ですか。

川村 当社の最大の強みは商品の安全性と、それを支える技術力やノウハウだと考えています。乳製品については先進的なチルド(冷蔵)生産体制を整えることにより、品質を確保して賞味期限の延長を成し遂げ、日本市場における乳製品の消費拡大に努めてまいりました。とりわけ品質面については、工場内の衛生管理や商品管理を徹底することはもとより、原料の受け入れや配送における管理体制も充実させ、商品をお客様にお届けするまでの安全性の確保に万全を期して参りました。

ヨーロッパやアメリカなど気候が冷涼な地域と違って、蒸し暑いアジア地域ではその気候に適した品質管理体制やノウハウが求められます。アジアでの安全な生産を実現するには、気候が似通った日本で培われたこれらの体制やノウハウがビジネスの土台になると思っています。

 

中間所得層が中国市場の主力に

―― 近年、中国では食品の安全問題が露呈してきています。最近、中国政府も食品の品質強化のための多くの措置を講じています。現今の中国市場をどう捉えていますか。また、今後の中国戦略についてお聞かせ下さい。

川村 中国市場は質・量ともにアジア最大のマーケットです。GDPは世界第2位、消費市場の観点から見てもアメリカに次いで第2位で、アメリカを凌ぐ勢いがあります。同時に、質や価値を重視するマーケットに変わりつつあり、これは重要かつ喜ばしい変化です。

今中国は所得水準が上昇する中で、中間所得層と呼ばれる人々が増えています。以前の中国市場は新興国特有の富裕層中心の市場でした。今は厚みを増している中間層主導の市場に変化しつつあります。彼らは価格だけでなく食の品質や安全をとても重視しています。ですから、我々も質・価格・安全・安心の面において市場の要求に応えるべく、事業を進めていかなければと思っています。

現在当社は中国に4つの工場をもっています。広州のアイスクリーム工場、広州と上海の菓子工場、蘇州の牛乳・乳製品工場です。これらの工場より生産される商品には、我々が日本において磨いてきた技術やノウハウが活かされており、商品の質と価値の両面にこだわった事業展開を進めています。これからもこの戦略を軸に事業の強化・拡大を図りたいと思います。中国は巨大市場であり、今後も大きく発展していくと思います。気候や食文化の面でも中国と日本は歴史的に影響しあい、多くの共通基盤をもっていると思いますので、日本で培ってきた技術を中国のお客様にも評価していただけると期待しています。

 

グローバル企業の「現地化」に必要な試行錯誤

―― 海外でビジネス展開する多くの企業から、「現地化が課題」という声を聞きます。御社は中国事業における「現地化」について、どのように考えていますか。

川村 当社商品の強みの一つは「現地化」を最優先に位置づけたことです。中国と日本には共通した土壌がありますが、求めるものは違います。中国の皆さんが喜ぶものを提供することが商品の現地化です。

アイスクリーム事業も随分と試行錯誤を繰り返しました。当初、日本で一番売れていた商品をそのまま中国に持ち込んだのですが、全く売れませんでした。その後、中国市場向けに多くの新商品を開発し、その中で評価の高かった物が売れ筋商品として残りました。

それは日本での主力商品と少し違っています。中国の皆さんはスティックアイスを好みます。練乳と小豆を使った「北海道あずき」というスティックアイスはこれまでの中国市場にはあまりなかったタイプの商品で、大変好評でした。多くの外資系の会社はチョコレート商品を主力に展開していますが、我々は中国のお客様の嗜好にあった商品を提供していくことが、一番大事な「現地化」だと思っています。

一方、経営面での「現地化」には、中国事業のスタート時点から取り組んできました。従業員はすべて現地の方を採用して研修を行い、特に幹部社員に関しては日本で研修を受け、中国に戻って各職場のリーダーとして働いてもらっております。中国の労働市場は流動化しやすいと言われていますが、当社は研修に力点を置き高い定着率を誇っています。

―― 御社は日本国内において社会貢献活動にも積極的に取り組んでおられますが、中国における社会貢献についてはどのように考えていますか。

川村 グローバル企業にとって、企業市民として地域に貢献することが重要と考えています。私どもは消費者の皆さまが毎日口にする商品を扱っていますので、安全・安心で、環境に対する配慮、従業員の皆さんに対する配慮など、トータルで地域に溶け込んだ存在になっていかなければと思っています。それが当社の目標であり使命です。中国社会に貢献するために更なる努力をしていきます。

 

企業は民間交流を促進する重要な力

―― 現在、中日関係は国交正常化後、最も冷え込んでいると言われています。日本企業は中国でどのように経済活動を行い、いかにして関係改善を図っていくべきとお考えですか。

川村 当社はビジネスを通して中国と関わっています。現在、中間層が増え、市場も成熟してきていますので、日本企業の貢献できる分野は増えてきていると思います。そういう意味では、今後もさらに民間交流を行い、日本企業とお客様との関係を築き、草の根交流をさらに発展させていくべきと考えます。 長い歴史の中で日本と中国は深い関係を築いてきました。今後更に深く強い関係になることを望んでいます。

―― 社長は中国には何回行かれましたか。中国人にはどのような印象をお持ちですか。

川村 何回も行っています。2008年の北京オリンピックは鳥の巣のメインスタジアムで観戦しました。日本人が個人かカップルで来ているのとは異なり、中国の人たちは大抵、親子三世代の大家族で観に来ていました。中国の人たちの家族の絆に感動しました。

また、マラソン競技は天安門広場からスタートし、メインスタジアムまで走るのですが、場内で待っている観衆を退屈させないように、各民族・地域によるマスゲームが演じられ、地域の大きな祭典のようでした。中国の人は人との絆が非常に強く、団結した大家族という印象を受けました。