松本 大 マネックス証券代表取締役社長CEO
ネットが導く中国の将来性ははかりしれない

インターネットが世界の隅々にまで浸透するのに伴い、オンライン証券会社が主流となって、最終的には伝統的な証券会社に取って代わるのだろうか。「オンライン証券会社はボトルネックを突破し、もっと大きなマーケットを開拓しなければなりません。ネットが飛躍的に成長している中国はまちがいなく第一候補であり、当社は世界で唯一中国に駐在員事務所を持つオンライン証券会社です。中国には現在ネットで口座開設から取引まですべてが完結する証券会社はようやく現れつつある段階ですが、近い将来このモデルが中国マーケットでも成功すると信じています」。4月11日、マネックス証券の東京本社を訪ね、日本の金融業界の風雲児である松本大代表取締役社長CEOにお話をうかがった。

 

 

ネットと人口規模が国をさらに強くする

―― マネックス証券ではさまざまな金融サービスを提供する中、中国株も取り扱っていますが、きっかけは何でしょうか。また、GDPで世界第2位になった中国経済の現状をどのように捉え、今後の中国市場の成長性について、どのように見ていますか。

松本 一貫して中国文化の世界への影響は非常に大きいと言えます。今後は世界経済での中華商業圏のプレゼンスはますます重要になっていき、逆に世界経済における日本経済の比重はますます軽くなっていくでしょう。

もし日本国内だけを見るなら、生産能力と効率を上げることにより、経済は確かにまだ伸びる可能性があります。ただ、人口などから考えると、世界市場における日本市場の比重は徐々に下がっていくでしょう。

しかし中国は日本とは正反対です。十年ほど前、私はブログに中国の将来の経済規模は日本を越え、中国のGDPは500兆円を超えるだろうと書きました。現在、中国のGDP はすでに900兆円を超えています。

中国経済を強くした最大の原因はインターネットと人口にあると思います。産業革命以前には中国とインドのGDP が世界の三分の二を占めていましたが、産業革命後は欧米の国々の生産性が飛躍的に向上したため、中国とインドの占める比重は下がりました。インターネットが普及しフラット化が進んだ現在、再び中国はその人口規模を要因のひとつとして経済は盛んな活力を示し、大きく成長しています。

一般的に、GDPの7割前後を占めるのは個人消費です。近年、中国は固定資産投資に大きな力を注いでおり、それが経済成長をけん引する働きをしています。もし中国経済が安定して成長すれば、今後個人消費も拡大し、GDPもさらに大きなものになるでしょう。

また、ネットの発展によって人々は多くの情報をスピーディーに手に入れることができますので、中国の人口規模に情報のグローバル化が加われば、経済成長の将来性ははかりしれないものがあります。

さらに、中国の政治は安定していて、指導者層は基本的に10年周期で交代します。そのような長期的周期によって、多くのものを調整、変えることができることも、中国の持つ強さの一因でしょう。

 

日中の若者の交流が「ソフトパワー」を生む

―― 今、「世界村」という概念が話題です。グローバル社会のなかで日本人の国際感覚はどのように変化してきたと思われますか。また、日本は中国に対してどのような貢献ができると考えますか。

松本 実はこの30年間で日本人の国際感覚は後退し続けていると感じています。以前、日本人は言葉が通じなくても、またその土地のことを知らなくても、大胆に海外に飛び出しました。今、こうしたことはますます少なくなっています。戦後の荒廃から世界有数の経済大国に成長した、当時の日本人は確かに大変努力し、大胆にチャレンジしていました。

しかし、その後の日本では海外に留学する人もだんだん減り、商社に入社して外国で仕事をしたいという人さえ少なくなりました。みんな、日本にいても生活していけるし仕事もできるので、海外に行く必要はないと考えているのではないでしょうか。

しかし、昨今そうした状況は変わりつつあると私は見ています。例えば、当社グループの新卒採用で日本人学生が英語でプレゼンテーションをしたり、発音が悪かろうと頑張って英語を使う若い人が増えてきていると感じますし、英語ができなければダメだとより多くの人が考えるようになってきているのではないでしょうか。今の二十代の日本の若者はグローバルな方向に進んでいると思いますが、総じて、三十代より上の日本人は最も遅れている世代だと思います。中国は経済成長の後、日本のグローバル化の後退と似た段階を経てリスクを抱える可能性がないとは言い切れません。

中国への貢献ということですが、ポジティブな面から見ると、日本における空気や水の浄化などの環境保護分野の経験と技術は中国が必要としているものでしょう。これらの技術、経験は中国と分かち合うことができます。

文化交流の分野では、私は留学が一番良い方法だと思います。若者たちの交流からは一種のソフトパワーが生まれるからです。

若者たちはともに各種の問題を解決するための経験と方法を共有しています。そういった交流は国家レベルではなく、企業レベルでもなく、個人同士の率直な話し合いです。日本の学生が中国に行って「家庭訪問」をすれば、さらに中国を理解できるでしょう。こうしたソフトパワーは大変重要だと思います。

―― 現状の中日関係をどのように見ていらっしゃいますか。どうすれば改善できるとお考えですか。

松本 日中関係の改善には交流しかないと思います。現在、東京・北京間の定期便は一週間に20便を超えています。日本と中国全土を往来する便数は毎日100便を超えています。

これほど頻繁な交流が続いていけば、多少のことがあっても、最終的には問題の解決方法を見つけることができるでしょう。両国の交流の中では、若者の交流と企業間の交流は特に重要です。

最近、日本のある法律事務所が、中国からの事業撤退のためのセミナーを開いたところ、参加者は少なく、また好評ではなかったという話を聞きました。このことは、日本企業は依然として中国を重視し、友好な交流とビジネスを継続したいと考えていることを示す一例ではないでしょうか。

 

見定めたことは勇気を持って決断する

―― 社長は世界的に有名なアメリカの大手証券会社ゴールドマン・サックスの要職を捨て起業されましたが、なぜそこまでして起業されたのですか。

松本 私が創業した当時、インターネットは普及が始まったばかりでした。それ以前は専門家でなければ多くの情報にアクセスできなかったのが、インターネットの普及で、個人がさまざまな分野の情報を得て世界のあらゆる情報を直接入手することができようになりました。

つまり、金融商品の取引においては、以前は機関投資家にしかできなかったことが、個人でもインターネットの力を借りてできるようになったのです。ですから、個人向けのオンライン証券会社はとても有望だと思い、ゴールドマン・サックスでこれを手掛けるよう会社に提案したのですが、実現しませんでした。それでもなお私は、インターネットを使い個人が証券取引をするマーケットは非常に大きく、個人投資家に世界中の良質な金融商品を低コストで提供することが自分のすべきことだと思ったのです。周囲の人からは「君はインターネットのことを知らないし、株のビジネスも知らないから、できるはずがない」と言われましたが、もしやらなければきっと後悔すると思い、最終的に退社して自分の会社を興したのです。

 

起業の成功にはチームと協力が必要

―― 現在、マネックス証券を始めマネックスグループはグローバル水準の金融サービスを世界的に提供されています。これまでを振り返り、「起業家」として成功した第一の理由は何ですか。

松本 起業には二つのことが必要だと思います。一つはチーム、パートナーを持つことです。もし一人だけで、手伝ってくれる人がいなければ、何もできません。社外にしても、顧客が必要だしメディアに頼る必要もあります。もしサポートがなく、誰にも信頼されなければ、すべてが難しくなります。

私がゴールドマン・サックスを退社する時、多くの人に「(もうすぐ手に入る上場益の)数十億円を捨てて辞めることはない、金を手に入れてから辞めろ」と言われました。でも、すでに退社を決めていて、会社に残れば金は手に入りましたが、私にはやりたいことがあったので、残りませんでした。もし金を手にしていたら、周りの人たちの私に対する信頼は失われたでしょう。信頼は何よりも重要です。信頼があれば、多くはやり直せますが、信頼がなければすべてはゼロになります。

もう一つは足場です。事業を成功させようとしたら、よい足場がなければダメです。例えて言うと、上りのエスカレーターに乗っていればすぐに高いところに行けますが、逆に下りのエスカレーターに乗っているのに上のほうに行こうとすればとても大変だということです。

マネックス証券を起業したころは、他のオンライン証券会社と競争をしながら共に前進し追い風を作っていったので成功できたのだと思います。特に起業時は、自社の成功だけを考えていてはだめで、周囲と一緒に成長していくことが成功の要因のひとつではないでしょうか。