澤田 秀雄 株式会社エイチ・アイ・エス代表取締役会長、ハウステンボス株式会社代表取締役社長、澤田ホールディングス株式会社代表取締役社長
観光産業の本質は「平和産業」

「観光産業は、レジャー産業と思われていますが、コミュニケーション産業、さらには平和産業とも言えます。平和でなければ観光産業は存在できません」。1月10日、インタビューに答えて、日本最大の旅行会社である、株式会社エイチ・アイ・エスの澤田秀雄代表取締役会長は感慨を込めて語った。1980年に澤田会長が同社を創業して33年。今ではグループ連結で年商約4800億円を上げる日本の代表的旅行会社に成長した。98年、澤田会長はスカイマークエアラインズ(Skymark Airlines)を就航させ、それまでの高額航空券の常識を打ち破り、格安航空券の火付け役となった。99年には、山一證券系の証券会社を買収して証券市場でも腕を振るい、わずか5年で上場させた。さらに、2010年には長崎ハウステンボスの社長に就任し、18年間続いた赤字経営をわずか1年で黒字経営に転じた。日本経済界の「大御所」である、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長は不可能と思えることを一つ一つ成功に導いてきた。

 

 

中華料理もいずれ

世界無形文化遺産に

―― 澤田会長は若いころ、ドイツのマインツ大学に留学し、ヨーロッパを旅してまわられました。その後、格安旅行代理店エイチ・アイ・エスを立ち上げました。旅先で「感動」を得たいという思いは日本人も外国人も同じだと思いますが、「感動」の観点から、日本の魅力の発信について教えてください。

澤田 私は、旅は人に感動を与えると、ずっと信じてきました。誰もがそう感じているでしょう。国によって文化も歴史も異なり、感動も異なります。日本の魅力は変化に富んだ大自然にあると思います。

北は北海道から南は九州まで、春には桜を、秋には紅葉を愛でることができます。日本の四季は味わうほどに美しい風景を観光客に見せてくれます。そして、中国と同様に数千年の歴史を留めた遺跡があり、日本独特の文化があります。

さらに、歌舞伎、能、狂言、浄瑠璃などの伝統芸術もあります。また、最近、「和食」がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたばかりです。これも日本の大きな魅力です。「和食」は食材だけでなく、視覚にもこだわります。“眼と舌で味わう日本”と言えるでしょう。

さらに、健康にも留意されています。このバランス感覚はなかなかのものです。しかし、決して中華料理が良くないと言っているのではありません。私は中国の多くの地方を訪ねましたが、行った先々で中華料理を食べました。中華料理は種類が豊富で味も異なり、大好きです。中華料理も早晩、世界無形文化遺産に登録されることでしょう。「和食」が少し早かっただけです。

 

企業経営の鍵は「バランス」

―― エイチ・アイ・エスは、従来の数社による航空業界の独占を打破し、スカイマークエアラインズを就航して新たな空路を開拓し、一般の航空会社の半額ほどの価格を設定し、格安航空券の火付け役となりました。御社が観光業界だけでなく、証券業界等でも、不況下にあって大きな成長を遂げてきた鍵は何でしょうか。また、「アベノミクス」についてはどうお考えですか。

澤田 成功を収めるには、「バランス」が鍵になると思います。人の体と同じです。栄養のバランスが崩れると病気になります。同じように企業にもバランスが必要です。売上が芳しくない時に頑なに売ろうとしてはダメです。

反対によく売れているからと言って力を抜いてもダメです。バランスが最も大事なのです。

企業が大きく成長することは喜ばしいことですが、そのスピードが速すぎてもいけません。食事でも食べ過ぎると具合が悪くなります。長い目で見て、企業を発展させるには、一歩一歩着実にバランスのとれた経営を心掛けねばなりません。

「アベノミクス」については、この1年、日本経済全体に数年来見られなかった活力をもたらしました。人心を鼓舞したという面では評価しています。しかし、具体的に実行する過程においては様々な問題に直面するでしょう。

心配なのは4月の消費税増税後です。日本は過去に一度、消費税増税の経験があり、心構えはできているのかもしれませんが、今回の増税が日本経済に与える影響は前回より大きいと見ています。

 

観光産業は即ち「平和産業」

―― 会長は、「エンターテインメントが楽しめる空港をつくり、そこから3時間以内のところに飛行機を飛ばせば、中国、香港、台湾、韓国、東南アジアに安価で利便性の高いアクセスが増やせる」と話されています。いま、社会は「1時間生活圏」というのが現状です。「3時間娯楽圏」構想と地方都市の活性化について教えてください。

澤田 国の都市建設にはバランスが大事だと考えます。日本を例に挙げれば、東京に一極集中するのではなく、地方都市の活性化も考えなければなりません。人間が脳と心臓だけでは動けないのと同じです。地方経済の活性化には、製造業だけでなく観光業も必要です。

観光産業は「平和産業」であり、「コミュニケーション産業」でもあります。個人や地域だけでなく、国にとっても有益です。観光客は旅先で心身をリフレッシュし、現地の魅力を満喫できます。観光客が地方経済を牽引し、新たな雇用を生み出します。

さらに、観光産業の発展によって国と国の相互理解を深めることができます。そうなれば、国家間の誤解や摩擦もなくなるのではないでしょうか。ですから、我々は今後も、観光産業の拡大を図ります。

特にアジア地域に力を入れます。航空券とホテル代をできる限り安くし、お客様に喜んでいただける旅を提供します。これも観光産業の本来あるべき姿ではないでしょうか。

 

経営者の必須要件は対処能力

―― 国際メディアはアジアの時代の到来を報じています。会長は「アジア経営者連合会」の理事長を務められ、2013年9月に「アジア経営者ビジネスサミット」を開催し、アジアの経済界の代表に交流の場を提供されています。グローバル次世代リーダーの要件について、どうお考えですか。

澤田 我々が「アジア経営者連合会」を創設したのは、アジア経済の一体化を促進し、アジア諸国に進出している日本企業と日本に進出しているアジア諸国の企業が交流し、提携する機会を提供するためです。当会は発展を続け、現在600社以上の企業が所属していますが、年内に1000社を超える見通しです。更なる成果を期待しています。

次世代リーダーについては、一国のみのことを考えるのではなく、アジアと世界全体を見る広い視野を持って欲しいと思います。世界は日々変化しています。

これまでとは情報量と情報手段が格段に異なります。経営者には広い視野と対処能力が不可欠です。同時に今の経営者にはさらに人情味と行動力を持って欲しいと思います。それではじめて次世代リーダーを育成することができます。

 

日中はともに「アジアは一つ」との観点を

―― 日本のメディアは、中日関係は国交回復以来、最悪であると報じています。中日関係の現状をどのように見ていますか。両国の関係改善に向けて、民間レベルでできることは何だと考えますか。会長自身、これまで何度も中国を訪問されていますが、中国にどのような印象をお持ちですか。

澤田 私も日中関係の現状は芳しくないと思います。中国に行く日本人も日本に来る中国人も減少しています。これからはアジアの時代です。アジアの国々は団結し、一つにならなければなりません。

日本には日本の得意分野が、中国にも中国の強みがあり、それぞれがアジアで力を発揮しています。日中両国は小さなことに固執せず、もっと遠大な視野から、アジアは一つとの観点を持って欲しいですね。

日中関係改善については、民間レベルでできることはまだたくさんあります。相互利益の結果が日中友好です。民間交流の重要性は言うまでもありません。しかし、近年度々起こる出来事を見ていると、両国の民間レベルで苦労して積み上げてきたものが政治的な影響を受けるのは、心が痛みます。

それぞれに立場があり判断は難しいですが、まず我々は、こういった妨害に屈して民間交流をやめてはなりません。そして、政府にはこういった民間レベルの交流の成果をもっと重視し大事にして欲しいと思います。

これまで中国には数十回行きました。初めて行ったのはおそらく30数年前で、広州に行きました。当時の広州は今とは全く違いました。中国は本当に変わりました。中国は広大で、都市の発展も一様ではありません。中国の地方都市はそれぞれの特色を活かした活性化が重要です。

 

編集後記:

インタビューを終えて、いつものように澤田秀雄会長に記念の揮毫をお願いすると、「明るく、元気に」と記してくださった。アジアに大きな影響力を持つ経済界の大御所のモットーは「明るく、元気に」であったが、彼の経営哲学は「バランス」であり「応変」であろう。簡単なことのように見えるが、この世界では簡単なことをきちんとやることが最も難しいと感じた。