北尾 吉孝 SBIホールディングス株式会社代表取締役執行役員社長
中国は諸問題の解決に日本の経験を活かしてほしい

明治時代「日本企業の父」、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一は『論語と算盤 』の中で、中国儒教の「仁義」と、企業の「利益」は両立するものとした「道徳経済合一説」を説き、時代が求めた理想的人物であった。今日の日本においては、実業家・北尾吉孝氏も同じような生き方を追求している。彼は金融グループを発展させるとともに、中国の古典を論じ、学校を設立し儒学に基づく人材育成も推進している。9月9日、SBIホールディングス株式会社東京本社を訪ね、左手に「論語」、右手に「算盤」の「現代儒商」――北尾吉孝氏にインタビューを行った。

 

金融イノベーター・新産業

クリエーターとして

―― 野村證券では“伝説の証券マン”として、ソフトバンクでは孫正義氏の“軍師”として活躍されましたが、ネット金融の最大手として、SBIグループは日本社会でどのような役割を担っていくお考えですか。

北尾 我々の展開する事業は主に3つです。第一の支柱は証券、銀行、保険等のオンライン金融取引サービスです。

14年前、会社を設立した際に、私は以下の5つの経営理念を掲げました。一、正しい倫理的価値観を持つ。社会正義に照らして正しいかどうかを判断基準として事業を行う。二、金融イノベーターたれ。従来の金融のあり方に変革を与え、インターネットの持つ力を利用し、銀行、証券、保険等のオンラインサービスをより効果的に結合させ、相乗効果を生み出し、安価で顧客にサービスを提供する。三、新産業クリエーターを目指す。21世紀の中核的産業であるITやバイオテクノロジー産業の発展を促進する。投資のみならず事業参入もしており、既に我々の開発した医薬品が厚生労働省の認可も受けました。今後も継続して医療の発展に貢献する新薬の開発に取り組みます。四、セルフエボリューションの継続。経済環境の変化に柔軟に適応する組織を構築する。五、社会的責任を全うする。企業は社会の一構成要素として社会性を認識し、さまざまなステークホルダー(利害関係者)の要請に応えながら、社会の維持・発展に貢献していく。

 

「信、義、仁」が物事の

判断基準

―― ご自身の多くの著述の中でも、一貫して、ビジネス思想と人生観に中国古典の『論語』を据えていると強調されています。中国の古典である『論語』にこれほど影響を受けたのはなぜですか。『論語』の今日的魅力とは何でしょうか。

北尾 私は中学に上がる前、『論語』を含む中国の四書五経に興味を持ち、学び始めました。そして儒学が次第に私の精神的支柱になっていったのです。

「見利思義」、「義為利本」を説く「義利の弁」(道義と功利の峻別)を学んで、正しい方法、正しい手段で企業利益を求め、社会と人類に貢献したいという志を立てました。事業に成功しても、自己の利益だけを求めるのは志ではなく野心です。野心のある人は一時的な成功は収めても、早晩失敗します。

企業のトップとして、私は重要な意思決定を下す必要がありました。私が判断規範としたものこそ、『論語』の「信、義、仁」でした。これらの観点で物事を考えれば間違いないと信じています。

 

日中は「小異を捨てて

大同につく」精神で

―― 中日関係は現在、1972年の国交正常化以来最悪の状態にあります。国交正常化の際、両国の政治家、周恩来と田中角栄は会談の席で『論語』に言及しました。中日関係の改善のために『論語』の知恵から学ぶことは何でしょうか。

北尾 非常に難しい問題です。現在、日中両国はそれぞれが自分の言い分を主張し合っています。この状況下では、お互いが長期的視野に立って、自国にとって一体何が一番大切かを冷静に考えるべきです。

日本は優れた技術開発力と学習能力を持っています。日本人の特質は他国の技術を習得した後、改良・改善を加え、更にレベルアップできる点です。さらに、日本人にはきめ細やかなサービス精神がありますし、日本のような安全で安心な国は世界でも少ないでしょう。

中国は日本の25倍の広さで、人口は13倍です。このような大きな国を統治している中国のリーダーの知恵は驚嘆に値します。悠久の歴史の中で、中国は多くの思想・哲学を生んできました。二千数百年も前の孔子の思想は、今も多くの人々に影響を与え続けています。

現在、中国と日本は世界第二位と三位の経済大国になりました。文化的側面においても抜きん出ており、アジアと世界をリードしていく使命を担っています。これが「大同」です。領土問題はある意味「小異」です。21世紀は人口・経済規模で見てもアジアが中心の時代になります。今こそ我々は「大同」につくべきではないでしょうか。

 

経営者の人格で

従業員の資質が決まる

―― SBIグループは傘下に140余りの企業を有しています。社長は言うまでもなく、実業家としての成功者ですが、社会に認められた成功者として、企業経営者、企業リーダーはどのような品格を持つべきとお考えですか。

北尾 我々はベンチャー企業への投資を行っていますが、投資するかどうかは経営者との最終面接で決定し、決定には私自らも参加します。私が見るのは経営者の人格です。経営者の人格で企業全体の従業員の資質がわかります。『論語』に「徳不孤、必有隣」とあります。徳のある人には、同じく徳のある人たちが周りに集まり、ともに仕事をすることができるのです。ですから経営者の人格が大事になるのです。

『資治通鑑』には「徳が才に勝れているものを君子とし、才が徳に勝るを小人と謂う」とあります。 私は徳の優れた者を管理職に就けることにしています。なぜならば、才が有って徳のない人物が上に立てば組織全体が混乱に陥るからです。

 

「グローバル人材」とは文化的・

歴史的な違いを理解する人

―― 日本の企業家で海外の大学を出た人は少ないようです。北尾社長はイギリスのケンブリッジ大学を卒業され、海外での仕事の経験も豊富です。グローバル化が進む今日、グローバル人材としての条件は何でしょうか。

北尾 「グローバル人材」と言うと、皆、英語が堪能な人、多言語が話せる人を想像するようですが、私は真のグローバル人材とは自分と相手の外国人との様々な差異を理解できる人だと思っています。

グローバル人材になるには、少なくとも、相手の国を理解するとともに、日本文化の特質をわかっていなくてはなりません。外国語が話せなければ通訳を付ければ良いわけで、自国の文化のことを分かった上で相手の国の文化を理解していなければ、外国人との交流も表面的なものになってしまうでしょう。

 

大学を設立し

日本で儒学教育を行う

―― 社長はソフトバンクから独立するかたちで現在のSBIグループを起こし、学校も設立されました。SBI大学大学院は日本社会に多くの優秀なビジネスマンを輩出してきました。実業家として、なぜ文化教育分野に乗り出そうと思われたのですか。

北尾 日本は戦後教育において、学校教育でも家庭教育でも日本を象徴する精神――「武士道」をないがしろにしてきました。

日本の学校では英語、国語、数学、理科、社会の5科目を教えることに力点が置かれています。親も子どもがテストで高得点を取るようにしか言いません。ですから、日本の多くの若者は大学を卒業しても、知識はあっても知恵や徳がないのです。

徳育を推進するために、文部科学省の認可を受けてSBI大学院大学を設立しました。学生たちはみな、起業を志す未来の実業家です。うまくいけば彼らは将来数十乃至数百人の従業員を抱えるようになります。ここで学んだことを従業員に還元しその人たちを感化し、社会の中で有益な人材になって欲しいのです。

「一つの灯りは隅しか照らせないが、それが集まって万の灯りとなれば国全体を照らすことができる」(一燈照隅、万燈照国)と言います。優れた学生が増えれば国にも希望が生まれます。これが私の目的であり理想です。

 

中国の課題は世界に

尊敬される国になること

―― SBIグループは中国で投資事業などを展開し、大連でITセミナー、上海ではバイオセミナーも開いたそうですが、現在、中日関係は芳しくありません。中日関係の現状をどう見ておられますか。日中両国はどのようにつきあっていけばよいと考えますか。

北尾 現在、中国人はみな「中華民族の偉大な復興を成し遂げよう」と口々に言います。確かに、長い歴史の中で見ると産業革命からほんの一時期を除いて、中国は常に世界一の大国でした。

しかし、規模が最大だから世界の大国だとは言えません。世界から尊敬されてこそ世界一なのです。今後の中国の課題は、如何に世界から尊敬を勝ち取るかです。

中国も日本同様、少子高齢社会に突入します。少子高齢社会は先進国では一般的に、国民の平均収入が一定レベルに達した後に現出します。ところが、中国は一人っ子政策のために、平均収入が一定レベルに達する前にこの問題が現れています。中国にとっては一つの試練です。さらに、貧富の格差や環境汚染の問題も出てきています。諸問題の解決に日本の経験が役立てればよいと思います。

編集後記:社長室には曽国藩の真筆と、書の巨匠・啓功の揮毫が掛かっていた。北尾社長の中国文化に対する愛情と探究心を見た思いがした。お願いした色紙には「自我作古、積小為大、敬天愛人」と揮毫して下さった。この12文字には、中国の思想哲学と、明治維新の先哲の遺訓が込められている。それは即ち、SBIホールディングス株式会社の発展の軌跡であり、北尾吉孝という日本の「儒商」の人生哲学である。