山内 雅喜 ヤマト運輸株式会社社長
中国の成長の強みは結束力と求心力

「黒猫」といえば、中国人が思い出すのは改革開放の総設計師、鄧小平の「黒猫白猫論」だが、日本人が思いつくのはまず「クロネコヤマトの宅急便」だ。「クロネコヤマトの宅急便」は世界500強企業である日本のヤマト運輸の宅配サービスとして、既に日本人の生活の欠くべからざる一部分になっており、社会のインフラとして認知されている。「家で待っていれば、店から荷物が届く」というサービスモデルは日本の社会に衝撃を与え、人々の生活形態を変えた。2010年1月18日、宅急便は正式に中国上海に進出した。8月8日、日本の銀座に本社を構えるヤマト運輸株式会社に山内雅喜社長を訪ねた。

 

 

「バリュー・ネットワーキング」構想が物流の新たな価値を創造

―― グローバル化が急速に進む時代に国際競争力を高めるため、ヤマトグループは「バリュー・ネットワーキング」構想を打ち出しました。内容をご紹介願えますか。

山内 いわゆる物流とは、本来、荷物をある地点から別の地点に移動させること、すなわち輸送することを指します。私たちは物流を進化させ、新しい価値を創造したいと考えています。「バリュー・ネットワーキング」構想によってスピードを上げて質を高め、コストを下げることで、「物流」の新たな価値を実現出来るのです。

私たちが提唱する「バリュー・ネットワーキング」構想には、具体的には五つの「エンジン」があります。

第一の「エンジン」は「止めない物流」です。羽田クロノゲートや厚木ゲートウェイ、沖縄国際物流ハブを活用し、輸送を止めることなく、組み立てや修理などの価値を生み出すのです。例えば、製造工場が海外に部品を発注する場合、荷物が日本に着いた後、まず倉庫に入れ、組み立てて、その後再び出荷します。私たちはこのプロセスを省略し、輸送の過程で荷物を組み立てられるようにし、倉庫そのものの必要をなくします。こうすることで、スピードを高め、お客様のコスト低減にもなるのです。

第二の「エンジン」は、「クラウド型のネットワーク」です。たとえば、大手のアパレル輸入会社は、荷物が到着すると自社の倉庫で荷物を仕分けし、分類し、再梱包した後、それぞれの販売店へ出荷しなければなりません。しかし会社の本来の業務はアパレルの輸入販売であるにもかかわらず、仕分け、再梱包のために倉庫を借り、社員を雇わなければならないのです。私たちはヤマトのネットワークの中で荷物の保管に最適な場所を提供し、スピードの速い仕分け、再梱包を提供し、販売店への輸送を行います。お客様は私たちに荷物を渡すだけで、本業に専念していただけるのです。

第三の「エンジン」は国際クール宅急便のスタートです。既に沖縄国際物流ハブを使って、日本とアジアの国々の間の輸送スピードを向上させ、国際宅急便を発送した翌日には届くようになっています。10月には香港に向けて生鮮食品を発送することができる国際クール宅急便を発売します。小口であるからこそ多頻度に輸送でき、しかも一貫保冷輸送の仕組みは世界でも初めてかもしれません。

第四の「エンジン」は情報の見える化です。例えば、お客様の発注情報を一元化することでお客様がネット上で自社の荷物が現在どんな状態にあり、どこまで届いているのかを確認できるようにします。

最後の一つは「需要者目線」です。一般の物流システムはSCM(サプライチェーンマネージメント)が主で、供給側の視点から問題を考えるようになっています。私たちはDCM(デマンドチェーンマネージメント)を主として、受け取る側の視点に立って問題を考えます。受け取る側が一番望む形に荷物をより集中させ、最適な時間を選んで、最もスピードの速い方法でお届けするのです。

こうした「バリュー・ネットワーキング」構想は物流に新たな価値をもたらすだけでなく、アジアの国々の間の荷物流通から不要なプロセスを効果的に減らし、日本の産業の国際競争力を高め、同時にアジアの国々の経済発展にも貢献出来ると考えています。

 

「羽田クロノゲート」で

日中貿易の推進に期待

―― ヤマト運輸が羽田空港の近くに建設した日本最大規模の物流施設――「羽田クロノゲート」が間もなく竣工します(※9月20日竣工)。これは日本の物流サプライにどんな変化をもたらすのでしょうか。

山内 一言で要約すると、物流のスピードと品質を上げ、物流全体のコストを下げると同時に、生産性を上げることが出来るという事です。

たとえば、ある工場が何かの機械を作る場合、様々な国や地域のパーツメーカーにそれぞれ発注します。中国やその他アジアの地域から日本に送られてきたパーツは全国各地のサプライヤーの倉庫に分散され、分類し、組み立てた後にようやく工場に送ることができるのです。これが現在の一般的な物流です。

「羽田クロノゲート」が本格運用すれば、荷物は輸送の過程で組み立てを行い、発送することが出来ます。これは荷物輸送のスピードを大幅にアップさせ、さらに工場のコストを削減します。何故なら工場はそのために倉庫を用意する必要がなくなるからです。

陸海空の結節点である「羽田クロノゲート」はより頻繁な日中両国の貿易取引を推進する上でも期待が持てます。

 

クール宅急便は

中国市場でますます歓迎

―― ヤマト運輸の宅急便は2010年1月から中国の上海でサービスを始めています。中日両国にはビジネス習慣の違いがありますが、宅配便サービスについてはどうでしょうか。

山内 中国の宅配便市場の規模は今後も引き続き拡大すると思っています。現在、中国には地元の宅配企業が数多くあります。中国の宅配サービスで最もよく見られるのは、ネットショッピングで買った品物を職場に届けるサービスですが、宅急便が中国市場に進出してお客様にもっとも喜ばれているのはクール宅急便で、生鮮食品を自宅に届けるものです。

ここから、今後の中国宅配便市場の発展の趨勢が見てとれます。人々は自分自身の価値観やニーズに応じて、美味しいもの、面白いものを買うようになるでしょう。ですから、荷物の受け取り場所も職場から徐々に個人の家庭にシフトしていくのではないでしょうか。

現在、私たちは上海と香港で宅急便サービスを展開しています。テストの結果、私たちは中国のお客様は国際クール宅急便を使って日本の牛肉、北海道のタラバガニなどを購入することを好むということが分かりました。食文化を重視する中国人の特徴は私たちのクール宅急便に新たな市場を提供しています。

 

宣伝ではなくサービスで

市場を開拓し顧客を獲得

―― 「クロネコヤマトの宅急便」というブランドとサービスを中国市場で打ち出す上で、どのような宣伝を行ったのですか。

山内 私たちは開業時を除いて中国のメディアで宣伝をしたこともなければ、広告を制作したこともありません。私は大規模な広告を打つよりも、むしろお客様に十分満足していただくことに力を尽くすべきだと考えています。私たちのサービスを利用していただいたいことのあるお客様なら、必ずそのスピードとメリットを感じていただけるはずです。

そのために、私たちはセールスドライバーに対するトレーニングに特に重点を置いています。セールスドライバーは個人のお客様、あるいは企業に荷物をお届けした後、「何かあれば、何でもお申し付けください。必要な時には何時でもおっしゃってください」と心を込めた一言を添えますが、これがクチコミとなって広がり、最も効果的な宣伝になるのです。

 

中国人社員に手とり

足とりの「付き添い指導」

―― 確かに、宅配便業界ではセールスドライバーが会社の成功の鍵を握っていると考えられています。中国人の社員をどのように訓練されているのですか。

山内 トレーニングは非常に重要です。お客様の荷物を心を込めて慎重に扱わなければならないということをセールスドライバーの一人一人がはっきりと理解していると信じています。

トレーニングの時に私たちが強調するのは、セールスドライバーがお届けするのは荷物だけではなく、送り手側の気持ちを届けることでお客様が満足し、喜んでいただけるサービスであるということです。会社のモットーは「サービスが先、利益が後」。終始お客様を第一に置き、「顧客第一主義」を実行しなければなりません。

社員のトレーニングを行う中で、私たちはまずこの理念を社員の心に深く刻ませます。日本と中国では文化面で異なる部分があるため、初めは抵抗もありました。

例えば、私たちはセールスドライバーが荷物をお客様の手にお届けする際、お客様にお辞儀をしてお礼を言うことを求めます。しかし中国人の社員は、自分がお客様のために荷物を届けに来たのだから、お客様が自分に感謝するのが当然で、どうして自分がお客様にお辞儀をしてお礼を言わなければならないのかと考えます。

私たちは逆に社員に尋ねます。もしあなたがお客様だったら、セールスドライバーがあなたにお辞儀をしてお礼を言ったら気持ちよくないですか? 何はともあれ、まずやってみなさい。果たして、実際にそうしてみると、セールスドライバーはお客様から好評をいただいて、大きな達成感を感じるのです。人と人が触れ合う時、相手がうれしいのを見れば、自分もうれしいでしょう。ですから、お客様の満足そうな笑顔とお褒めの言葉をもらった後は、中国人社員たちも自然と「クロネコヤマト」式サービスの良さを理解し、自ら実行しようと思うのです。

私たちが社員をトレーニングする時、第一のステップは「理念研修」で、社員たちに私たちの創業とサービスの理念を理解させます。

第二のステップは「ロールプレイング」で、お客様の家の前ではどうするか、荷物はどうやってお届けすべきかといったことを先輩について何度も反復して学びます。

第三のステップは「付き添い指導」で、日本でセールスドライバー(SD)の立候補を募り、選抜した社員を「SDインストラクター」として上海へ派遣し、上海の中国人社員と「マンツーマン」で実際に働き、一緒に荷物を届けて、一連の望ましい完璧な仕事のモデルを中国人社員に手とり足とり教えています。

 

中国の安全安心に対する

要求はますます強くなる

―― 現在、中国社会は食品の安全問題に直面しています。こうした問題について、どうお考えですか。

山内 これは本当に私たちと密接に関わる問題です。中国の安全、安心に対する要求、特に食品の安全に対する要求はますます強くなっています。

クール宅急便は日本市場での宅急便に占める比率は一割くらいですが、上海市場では二割以上です。つまり、中国社会では食品の鮮度について非常に関心が高いのだと思っています。中国市場では私たちが今後も引き続き安全、安心な食品をより多くの中国のお客様にお届けして行きます。

 

日中両国は

大局的観点を持つべき

―― 現在、中日関係はあまり芳しくありません。このことは中国市場で事業を展開する上で影響がありますか。今後、日中関係をどのように改善していくべきだとお考えですか。

山内 ほぼ影響はありません。(中国で大規模反日デモが起きた)2012年の9月でさえ、私たちは中国での宅配便サービスを一時停止することはありませんでした。私たちの事業内容は人々の暮らしに直結するものですから、両国間の政治上の紛糾が大きく波及することはないと私は考えています。

中国と日本は重要な協力パートナーの関係です。今後、日中両国はともにアジアのより一層の発展をリードし、アジアも全世界をさらにリードして行かなければなりません。

日本は製造業で有名ですが、中国は膨大な資源を備えており、日中両国が上手く協力することが出来れば、アジアの発展、アジアの人々の幸福な生活の実現に貢献することが出来ます。私は日中両国がどちらも大局的な観点を持つべきだと思います。

 

中国の強みは結束力と求心力

―― 中国へは何度行かれたことがありますか。中国の印象はいかがでしょうか。

山内 中国ヘはこれまでに20回以上出掛けています。中国へ行く度に、発展のスピードに驚かされます。中国の強みの一つは結束力と求心力です。大きな方向が決まれば皆が全力を集中して、その方向に向けて努力する。これは非常に凄いことだと思いますよ。

中国は発展目標が明確なだけでなく、新しいことに直面しても急速に吸収し、進化させ、絶えず新しく、良くなります。この能力は称賛に値しますね。