安斎 隆 セブン銀行代表取締役会長
人民元の国際化を焦る必要はない

銀行は国家経済を支える重要な金融機関である。いかなる国であれ、銀行のトップは大きな影響力を持っており、その一言一句が注目を浴びる。日本経済を観るときに、近年新しい事業モデルを広く展開しているセブン銀行は注目に値する。同行はほとんど営業店舗を持たず、全国の1万8000台を超えるATMでのサービスを事業の柱としており、日本の経済界、金融業界に大きな影響を及ぼしている。そして、セブン-イレブン等を基盤とし、全国規模のネットワークを誇る。セブン銀行は、中日経済、また世界経済をどう観ているのだろうか。4月9日、初代社長も務めた安斎隆代表取締役会長を訪ねた。

 

―― 日本銀行の香港駐在員や理事を務めてこられた経験から、今の中国の経済発展、中日の経済関係をどのように見ていますか。

安斎 ここ数年の中国経済の発展には目覚しいものがあります。実は、日本銀行香港駐在員の頃、その予感はすでにありました。1974年~1976年頃でしたが、アジアに住む華僑は非常に合理的に整然と動いていると感じ、この時から彼らが中国と手を組めば中国経済は伸びると確信するようになりました。

私はアジア、中東など多くの国を見てきました。経済面では、中日の両国関係が良好であれば、両国の経済発展にも利することができます。中日の二国間より優れた条件を持つ隣国同士はありません。例えば、日本政府が中国への政府開発援助(ODA)を決定したのは、隣国との関係がうまくいかなければ日本にも未来はないと認識したからです。同様に、中国も日本の援助なしに現在の発展はなかったのです。しっかりとした協力関係があれば、両国の経済は共に世界で重要な地位を築いていけるのです。

しかし、急速な経済発展に伴って必ず飛躍的な技術革新が起こります。技術革新は情報革新でもあり、経済のグローバル化と同様に人間の本能です。この点を軽視してわきまえなければ、知恵を用いず技術の進歩を止めてしまうに等しく、経済の発展も減速するか、衰退してしまうでしょう。世界に目をやると、自国だけが利するような政策をとっている国も多く見られます。彼らはやみくもに税金を安くして外国資本を誘致し、かえって情報革命の潮流の中で淘汰されていきました。中国の経済発展もこれを教訓としなければなりません。

もう一つは国債の大量発行です。これが悪循環を呼ぶのです。政府は国民の要求に応えるために、絶えず社会保障のレベルを上げていかなければならない。そこで、国債を発行してそれを賄う。外国資本が入り雇用を生んで国民所得が増えれば国も助かる。従って、世界各国がこの競争をし、日本のような“借金経済”を引き起こしているのです。日本もアメリカもこれで経済的苦境に陥り、ギリシャなどでは財政破綻を引き起こしました。

一方で、金融資本のグローバリゼーションによって、賃金が安く、税金の安いところへ資金は流れます。金融資本自体は大きくなり、経営者や株主にとっては良いことですが、本国で働く人々の賃金は現地の賃金との比較において上がらず、これが所得格差の根本原因となっています。中国もこれらの問題に直面しているところで、問題意識を高め、対策を考えなければなりません。

―― 中国経済の発展に伴って人民元の国際化が加速する中、人民元で貿易を行うケースも多くなっています。人民元が日本円に取って代わり、アジアの決済通貨になるとの見方もありますが、展望はいかがでしょうか。

安斎 通貨の国際化は必然です。今、人民元取引が国外でも行われていることは至って正常なことです。その場合、人民元の互換性が極めて重要です。加えて、国内市場の自由度が保証されていることが必須条件です。

更に一歩進めて論じれば、通貨の国際化自体が良いことなのかどうかも議論の余地があります。良しとする方が大勢を占めていますが、今はまだ米ドルに対抗できる通貨はないと考えます。また、しばらくは現れないでしょう。さらに資産価値から観たときに、通貨の決済に最も重要なのは、安全性、効率性、信用性です。米ドルはこれらの要素を備えているゆえに国際通貨に成り得たのです。

外交、防衛、通貨は国力の3つの重要要素です。自国の通貨の普及によって安心を生み、利益の流出を防ぎ、国際的評価も得られます。さらに、通貨は中央銀行の債務であり、それに見合った債権を保有しています。この資産は、ゼロ金利に近くなれば利益は出ません。米ドルのような信用性のある通貨は国際化が進み、発行残高が増えるほど利益が出るのです。

問題なのは、通貨は国際化の過程で調整を加えると、市場に混乱を招くことです。ですから、中国でも人民元の安定化が保証されなくてはなりません。日本も同じです。円安が必ずしも良いとは言えません。アベノミクスで円安が進んでいますが市場の不安は消えない。なぜなら、円が下がりすぎた時に止める方法は限られているからです。ドルを売って円を買うしかないわけですが、日本には1兆ドルほどの外貨準備しかありません。危機に直面したときには、それでは間に合わないのです。

通貨決済の際のリスクも付きまといますし、起こりうることです。それは、その国の地理的条件、市場状況、政治情勢、軍事力等と密接に関連してきます。アメリカは全てにおいて安全で、多くの同盟国があり、それによって米ドルの国際化は実現しているのです。ですから、人民元の国際化を急ぐ必要はないと考えます。リスクに備え、国内市場を完全にオープンにして安定を保ち、より信頼される通貨になるよう堅実に進んでいけば、人民元が国際通貨に成る日が必ず来ると信じています。

―― 会長は常に“信頼”こそが経済と金融において重要な後ろ盾だと言われています。信頼の上に成り立ってきた中日関係も、現在この信頼が失われつつあります。

安斎 経済の急速な発展に伴って、中国人の文化、文明、生活レベルも上がってきました。日本語に“民度”と言う言葉があります。民度と経済発展との関係もハードとソフトのようなものです。しかし、経済の発展が急激過ぎると民度が追いつかないという問題も出てきます。日本におけるバブル経済の形成と崩壊はこのことが起因していたとも言えます。ここ数年、中国はまさに同じ様な問題に直面しています。民度を上げ、物事の考え方を転換していく必要があります。

例えば、人々は経済的に豊かになると、美を追求するようになります。日本でもある時期、子どもを生み育てることを嫌う風潮がありました。子どもを持たず、金銭や精力を自身の生活の向上のために費やすのです。中国の沿海地域の大都市でもこの傾向が見られます。しかし、兄弟がいて勉強の競争相手にもなり、兄弟喧嘩をして人との付き合いや仲直りを学ぶのです。

国と国の関係も同じです。中日両国はお隣同士、大事な競争のパートナーです。良好なライバル関係によって競争の仕方を学ぶことができます。弟が兄の成功体験や失敗の教訓を学ぶようなものです。これが共に発展するための秘訣です。

逆に、自己中心に陥ると関係は悪化します。世界に目を転じると、こういった例は多く見られます。経済こそ国と国を健全に競争させる最良の手段だと思います。多くの国の失敗にこそ学ぶべきです。