熊谷 正寿 GMO インターネット株式会社代表取締役会長兼社長・グループ代表
人材を結集して共に夢を実現

2013年6月24日、インタビュー予定時間の一時間前に渋谷のGMO インターネットグループに赴き、様々な福利厚生施設を見学させていただいた。そこでは0歳~3歳児を預けられる社内託児所があり、若い父親や母親は安心して働くことができ、24時間無料で利用できるコミュニケーションスペースがあり、スタッフたちはいつでも空腹を満たすことができる。また、BGMとアロマつきの仮眠ベッドがあり30分間の小休憩がとれる。さらに、プロの手によるマッサージで筋肉をほぐして次の仕事に向かう。「ささやかな制度ですが、優秀な人材が集い、同じ夢を抱き、同じ方向に向かって走れるようにとの思いからです」と熊谷正寿氏は語った。

 

 

創業理念は幸福社会の創出と人々の笑顔

―― 競争の激しいIT業界でリーディングカンパニーとして成功されていますが、創業理念等についてお聞かせください。

熊谷 当社グループは「すべての人にインターネット」という創業の精神を掲げ、日本を代表する総合インターネットグループを目指し、お客様に喜んで頂けるサービスを提供するグループです。具体的に提供しているサービスには4つの領域があります。①WEBのインフラサービス。特にドメイン、サーバー、EC、決済、セキュリティの事業はそれぞれ業界シェア日本一です。②ホームページに集客するメディアサービス。③ネット証券事業。④スマートフォン関連事業。スマートフォン向けアプリやゲームの開発です。こうしたサービスを通じて社会に利益をもたらし、人々に笑顔を増やしていただくことが当社グループの目標です。

 

経営者に最も肝要なのは忍耐と責任感

―― 先ほど食堂や託児所などで、様々な形の可愛らしい小熊の模様を目にしました。これは会社のイメージキャラクターですか。社長のお名前にある“熊”の字と関連があるのでしょうか。

熊谷 その通りです。当社は小熊をイメージキャラクターにしようと考えているところです。確かに私の名前に因んでいるということはありますが、小熊は中国のパンダと同じように、誰もが見ただけで好きになります。さらに言えば、熊は英語で“bear”です。“bear”には忍耐、責任を負うという意味もあります。実際、経営者に最も肝要なのは忍耐と責任感です。

 

共感と確かな技術をもった人材が求められる

―― 人材は企業発展の重要な要因です。経営者として、企業はどの様な人材を最も必要としているのでしょうか。

熊谷 我々の立場で言えば、まず大切なのは共感できるかどうかです。すべての仲間が同じ夢を抱き、同じ方向に向かって努力してこそ、その企業は発展できると思います。次に確かな専門技術です。当社グループのサービスはすべて独自に開発したものです。自己開発による優れたシステムやソフトを生産しなければ業界では勝ち残れません。当社グループには現在3200名を超す仲間がいますが、そのうちの1000名以上が、エンジニアやクリエイターです。優秀なエンジニアとクリエイターが新しい価値を創造し、育てることで企業が発展します。当社グループではエンジニア、クリエイターをグループの宝とし、尊敬する風土があります。

 

誇りがあれば人材は流失しない

―― 優秀な人材を確保するために、具体的にどのような措置をとっておられますか。

熊谷 優秀な人材を確保するために最も肝心なことは、その企業が社会に利益をもたらすことができているかどうかにあると思います。その企業に明確な目標や夢があり、提供するサービスが世の中、社会に利益をもたらし、人々に喜んでいただくことで、優秀な人材たちの共感を得、誇りを持つことができます。賃上げや手厚い福利厚生だけで人材をつなぎ止めておくことはできません。企業が利益をあげることはもちろん重要ですが、それは我々の目標ではなく、努力によって得た必然的結果に過ぎません。スタッフが自身の会社や自身の仕事に誇りを感じられるかどうかが、その企業の魅力であり人材確保の根本条件です。企業の立地環境や福利厚生は良いに越したことはありませんが、付属品に過ぎません。

 

人々の喜びを循環させられる人が成功者

―― 社長はソフトバンクの孫正義氏や楽天の創業者である三木谷浩史氏と同年代の代表的な企業家として知られています。成功者には何か共通点があるとお考えですか。

熊谷 私もそうですが、今あげていただいた方全員“成功者”だとは感じていないと思います。しかし、“成功したとみられている人”にはいくつか共通点があるように思います。それは、大きな夢があり、夢の実現に向けて断固として励むという点です。

ソフトバンクの孫正義氏、楽天の三木谷浩史氏と私の共通点は、自身の夢を持ち、その夢によって社会に貢献し人々を幸福にできると信じている点です。こういった夢は間違いなく仲間の共感を得られると信じています。

当社グループが業界一のサービスを提供し、お客様に満足していただくことが、仲間への評価・激励になり、嬉々として仕事に打ち込むことができます。お客様に満足していただき、私たちがさらに励めば、自然と企業に利益をもたらします。利益が出れば結果として株主様にも喜んでいただけます。

“成功者”となるための最低条件、それは、夢の実現に向けて継続し続けることです。

 

「夢手帳」の発案者が夢の実現を語る

―― 最近では中国でも日本でも若者は携帯電話を持っても、手帳は持たなくなりました。「夢手帳」の発案者として、この様相をどうお考えですか。

熊谷 携帯電話も手帳も携帯しておくべきと思います。今ここでお見せしましょう。私はいつも3台の携帯電話とパソコン、「夢手帳」を同時に使って人生を管理しています。

携帯電話やパソコンは主に通信や連絡に用いています。この2つは、検索としての機能が優れています。しかし一覧性に優れていません。手帳は自らの手で情報を記録して何度も確認し、記憶を呼び覚ますことができ、瞬時に多くの情報を理解・整理するのに役立ちます。手帳は想起デバイスです。これはスマートフォンやパソコンでは無理です。

常に「夢手帳」を持ち歩いているのは、自分の夢を忘れないためであり、夢の実現に向けて努力するよう自身を鼓舞するためです。実際、夢は言い聞かせるほど、人に語るほど、行動に移せるようになり、夢に近づけます。そして最後に夢を実現できるのです。

 

目標が変わらなければ朝令暮改は問題ない

―― 高校を中退して創業し、今日に至るまでの人生は波乱万丈だったことでしょう。これまでを振り返って人生の転機はいつでしたか。

熊谷 確かに、私の人生の歩みは大多数の人とは異なります。しかし、人と違ったものを追い求めてそうなったわけではありません。私には夢があり、その夢を信じていました。夢を実現するために、特に他人の価値観を気にすることはしませんでした。どうすれば最速かつ最良の方法で夢を実現できるかどうかを常に考えていました。

中国の成語に「朝令暮改」とありますが、しょっちゅう意見や主張が変わる人を揶揄した言葉です。しかし、私は経営者として、目まぐるしく変化する情報時代において企業を経営するにはスピードが鍵だと思っています。夢や目標=ゴールを変えなければ、絶えずスピード感をもって変更してよいし、「朝令暮改」でもかまわないのです。

もしも、退学しないで、多くの人と同様に大学を卒業し就職していたら、大きな社会貢献はできなかったかもしれません。今、創業して社会に多くの便利なサービスを提供することができ、自身の選択は間違っていなかったのだと思います。人には皆、夢を追う権利があり、その夢が自分本位でなく、多くの笑顔を生み出す夢であればあるほど、夢は実現するのです。

 

最も尊敬する人物は父

―― 50年間を振り返って、最も尊敬し最も影響を受けた人物は誰ですか。

熊谷 父です!父とは多くの摩擦がありました。不愉快な記憶もありますが多くのことを学びました。これは生涯にわたって恩恵となるでしょう。私は父を本当に尊敬しています。

―― 高校を退学してする際、お父様の反対はありませんでしたか。

熊谷 私は最高得点で国学院高校に合格しました。父だけでなく教師も私に大きな期待を寄せていました。まさか私が開校以来初の中途退学者になるとは思わなかったでしょう。

私は皆の期待を裏切り、特に父の失望は大きかったようです。しかし、結果的に私の当時の決断は間違っていなかったのです。

 

中国との“縁”を深める

―― GMOインターネットグループは中国でも事業展開されていますが、これまで中国には何度行かれましたか。また、どのような印象をお持ちでしょうか。

熊谷 個人旅行や仕事で何度も訪れました。2002年には、中国共産党全国青年連合会の招請で講演も行いました。その時の経験が深く印象に残っています。

現在、中国にはいくつかのグループ会社があり、50名ほどの仲間たちが働いています。中国のIT業界にも深く交流している友人がいます。奇虎360を創業した周鴻?氏もその一人で、ヤフーチャイナに奉職した時からの付き合いです。

私は中華料理が大好きで、少なくとも週に一度は中華料理店に行っています。これも中国との“縁”を深めることになっていると思います。

*     *     *

インタビュー終了後、ホール入口で記念撮影を行った時、表紙に熊谷氏の写真が掲載されたアメリカの『ニューズウィーク』誌が目に留まり、世界のIT業界をリードする風雲児の一人なのだと改めて知った。彼が著わした『一冊の手帳で夢は必ずかなう』の中国語版も中国大陸で好評である。